いつまで経っても恋をしている




最寄りのバス停に着いて少し歩けば辿り着いた赤レンガ倉庫。イベントが開催されていることと土曜日ということもあってかなり人がごった返しているのを荒北くんと2人で入場口から1歩分くらい引いたところで見つめている。視線を横に向ければ、荒北くんはあまりの人の多さにちょっとげんなりとしているようなのが見てわかる。

荒北くんって、思ってることが顔に出ちゃうところもいいなぁ。分かりやすいというか、嘘がつけないところが好きだ。気持ちを隠されるよりも、真っ直ぐぶつけてくれた方が私も嬉しいし安心する。妙な勘ぐりをしたりとか、疑ったりとか気を遣ったりする必要がないこの空気が好き。好きなものは好き。嫌なものは嫌。そうやって言い合える関係って、私自身もすごく居心地がいい。


「思ったより人多かったね…」
「うへぇ…鼻曲がりそ」


そういえば荒北くんは人よりも匂いに敏感で、人混みもあまり好きではないらしい。付き合いだした当初、私が色んな場所へと荒北くんのことを連れまわして、荒北くんもなんやかんな文句を言いつつ付き合ってくれたけれど思いっきり顔に「キツイ」と書かれていたことをよく覚えている。当時の私はそんな荒北くんよりも付き合えたことへと嬉しさとか荒北くんとデートするということに浮かれている気持ちがあって全く気にせず荒北くんのことを振り回していたけれど、今は荒北くんの表情を読み取る余裕も気遣う余裕もあるんですよ私。荒北くんの彼女期間長いですからね。荒北くんのこと何でも分かっちゃうできる彼女なので。荒北くんのこと私以上に分かる女なんていないと思ってるしそんな女を目指しているので!あの頃の私とは違うんですよ成長してるんです荒北くんの彼女として!

今日このイベントを調べた時、荒北くんと行きたいなと思ったし荒北くんと回れたら楽しいだろうなって思ったし私も楽しみにしていたけれど、荒北くんが一緒に楽しんでくれなきゃ意味がない。別にここじゃなくたって、荒北くんと並んで歩いているだけでも私は楽しいし幸せなんだから。荒北くんがツラいなら無理してほしくはない。せっかくこっちに来てくれてるし、私といる時間は楽しいって思ってほしい。静岡に帰った時、やっぱり来なけりゃ良かったなんて思われたら嫌だしね。いや、荒北くんがそんなこと思うわけないって分かってるけど!荒北くんが私のことを大切にしてくれてるのも分かってるけど念の為ね!念には念をってやつ!


「やめとく?」
「ハァ?行くヨォ。行きたかったんだろ」
「…あーもう!荒北くんのそーゆーとこ!本当好き!かっこいい!」
「え、怖」


繋いでいた手を自分の方へと引き寄せて両腕で荒北くんの腕にギュッと抱きつけば荒北くんは身を捩るようにして抜け出そうとするけれどそんなの関係ないくらいには荒北くんがかっこよくて困る。宇宙一かっこいいこの人!私の彼氏です!

私が荒北くんの彼女として過ごしてきた時間だけ、荒北くんも私の彼氏として過ごしてきた時間がある。
お互いがお互いのためを思ってこうやって歩み寄る瞬間が、私は大好きだ。私は荒北くんのためを思って、荒北くんは私を思って。寄り添って上手く噛み合って、荒北くんに大事にされているなぁって実感する。好きとか言葉にしていなくても、あぁ荒北くんも私のこと好きで、大切に思ってくれているんだなぁって思うと心臓がきゅうってする。


「じゃあ、行きましょう!見て荒北くん!出店がたくさん!」
「見てるヨォ。江戸川待て、パンフレットもらうから」
「わ、見て荒北くんあの唐揚げでっかい!顔よりでっかい!」
「ハ?ンだそれぜってェ食う」
「…おおとり……はい?」
「江戸川!早くしろ売り切れたらどーすんだヨ!」


繋いだ手を引っ張られながら人混みの隙間を縫って2人で歩く。スタッフさんらしき人からパンフレットをもらった荒北くんはそれを広げると真剣な目をしてジィッと見つめだしたので私も覗き込むように荒北くんへと身体を寄せてくっつけば、私にも見やすいようにパンフレットの高さを調節してくれる荒北くん。ふふふ、優しい。好き。

パンフレットに書かれた色々なお店を確認してみると、どうやら出店によって色々メイン料理が違うらしい。さっき見かけて大きな唐揚げだったりかき氷があったり、小籠包や麺料理なんかもあるってとっても美味しそうだ。気合い入れすぎて朝ごはん食べ損ねたからお腹空いたし、色んなもの少しずついっぱい食べたい!


「荒北くん半分こしよ!」
「ん。江戸川どれ狙い?」
「かき氷!あ、でも小籠包も食べたい」
「俺はさっきの唐揚げと、麺だな。なんだコレ…なんか肉入ってるやつ」
「全部半分こしよ!」
「ヨシ。かき氷は溶けるから全部食い終わってからにすンぞ」
「あいあい!じゃあ私小籠包の方行ってこよっか?並んでるし、荒北くんも別のとこ行って席で合流する?」


その方が効率良いよね?と言葉を続けようとしたけれど、繋いでいた手を強くぐっと引かれて荒北くんと一緒に歩き出すことになってしまった私。いや、小籠包逆だよ荒北くん!と声をかけようと顔を上げたけれど…荒北くんの顔を見てやっぱり言うのをやめた。
さっきまで顰めっ面してたのに、今はどこかそわそわしていて楽しそうに口角が上がっている。繋がれた手にもギュッと力が込められていて、荒北くんが楽しんでいるのが見て分かるから。


「んふふ…ねぇ荒北くん!かき氷何味がいい?」
「メロン一択」
「えっ、待って私が見てたのはタピオカミルクティーのかき氷なんだけど!」
「ンなの邪道だろ!フツーにメロンが美味いに決まってンの」
「やだ!タピりたい!」
「オメェ一時期タピオカハマりまくってもう一生分のタピオカ食い尽くしたろ。メロンにしろメロン。コスパも1番良いだヨォメロン」


そんな言い合いをしながら2人手を繋いだまま荒北くんが食べたい麺のお店に並ぶ。ぎゅっと繋いだ手に力を込めれば荒北くんもぎゅっと力を込めてれる。
コスパとか気にするくせに、2人揃って並ぶ効率は気にしないんだね、なんて。そんなの野暮ですよね荒北くん。効率とかそんなのは放っておいて良いよね別に。今私たちは2人でいるんだし。わざわざ離れ離れにならなくても、一緒に全部見て回ったほうが楽しいに決まってるもんね。

荒北くんとデート。何年経っても楽しいし幸せ。私が行きたいところにも毎回付き合ってくれて、何やかんや文句を言いつつも毎回こうして一緒になって楽しんでくれる。こういうのってきっと、誰とでも出来ることじゃないよなぁって、しみじみ思う。
私は荒北くんといるからどこに行っても楽しいし、荒北くんが隣にいるから幸せ。きっと荒北くんじゃない人だったら…なんて考えたくないし考えたこともないけれどきっとつまんないって退屈に思ってしまうこともあるんだろう。でも荒北くんとはそれがない。
例えば、荒北くんに誘われて自転車のレース、インターハイを一緒に見に行った時。私も箱根学園出身ではあるけれど知り合いなんていないし、ロードレースのルールも未だによく分からないし役割?とかもあまり理解していない。けど隣でレースを見ている荒北くんの難しそうな顔とか、楽しそうな顔を見ているのは楽しいし一緒にいることをつまらないとか、苦痛だななんて感じたことは一度もない。自分が興味ないことでも、荒北くんが楽しそうなら私も楽しいし、私もその中で私なりの楽しみ方を見つけることができる。

一緒にいるだけで心地良くて、安心する。そんな人多分この先一生出会うことなんてないし、こんな好きな人と出会えることも絶対にないんだろうなって思うんだ。


「江戸川?静かだけど頭飛んだァ?」
「ううん、生きてる!」
「真波かヨ」
「……あ、あれだ!羽が生えるイケメン!」
「オメーの目にも真波はイケメンに見えンだな」
「えっ、荒北くん…もしかして…ヤキモチ!?」
「いいえ全く」


手を繋いでいるのとは逆の手で荒北くんのお腹を突いてみればその指を掴まれて曲げてはいけない方向へと曲げられそうになる。痛い!折れる折れる!っていうか荒北くんのお腹かたい好きー!腹筋割れてるのカッコいい!!


「次のお客様どうぞー」
「コレ一つ」
「あ、おねーさんそれお箸ひとつでいいです!」
「ふざけンなすんません2膳で」


苦笑いしたおねーさんがトレーの上にそっと割り箸を2膳置いたのを見てフッと鼻で笑う荒北くんと悔しくて地団駄を踏む私。
ひどい!コイツいい歳こいて間接チューとか狙ってると思ってるんでしょおねーさん!当たり前じゃん間接チューは何歳になったっていいもんでしょ!


「箸は1膳の方が環境に優しいよ!?」
「効率悪いだろ箸が一膳じゃ」
「ここでまさかの効率!なぜ!?」
「何言ってンの?」
「荒北くんは環境にも私にも優しくして!」
「してるしてる。ほら、次唐揚げ行くヨォ」
「わぁい唐揚げ!」


トレーを片手で持った荒北くんの大きな手に頭を撫でられればそんなことどうでも良くなってしまうのだから、困った話である。私って荒北くんがいなきゃ生きていけないかも。

やっぱり、私と一生一緒にいてくれなきゃ困るよ荒北くん。私は荒北くんといる時間と空間が、1番大切でこれからも大切にしていきたいなって、思ってるよ。

荒北くんも同じ気持ちだったらいいのになぁ。









4/8
prevnext




back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -