チキチキ大作戦スタートです



真っ白なベールに包まれて、みんなに祝福されながら長い長いヴァージンロードを歩くしーちゃんはまるで別人のようだった。
元から綺麗な顔だし美人さんだけど、私が知っているしーちゃんよりもずっとずっと綺麗で美人さんで、歩いているその姿を見るだけで胸がキュッとする。腕を組んでいたお父さんから、受け渡されるしーちゃんの手。ベールがあげられて露わになったしーちゃんはやっぱり綺麗だ。私が知らない顔をして男の人を見つめるしーちゃん。
そのまま目を閉じて、たくさんの人の拍手に包まれながらキスをして永遠を誓い合う瞬間を目の当たりにして、私はこれが幸せってことなんだなって思ったのだ。世界中のみんなに祝福されて、今日から2人で歩いて行く。結婚するってすごいことだ。

これからずっと、何があっても永遠に隣にいる。一緒に乗り越えていく。牧師さんが唱えた言葉。病めるときも健やかなるときも。

あなただけを愛すると誓うこと。

それはそれはとても素晴らしいことだなぁと、そう思ってしまって、気付けば涙が止まらなかった。


「改めておめでとうしーちゃん」
「ありがと」


嬉しさと幸せで胸いっぱいになったしーちゃんの結婚式から数日が経った頃の平日の夜、私はしーちゃんと居酒屋さんで乾杯をしていた。カチンと触れ合ったグラスとジョッキ。ビールを一気に飲み干したしーちゃんが机に勢い良く空のジョッキを置くのを見て、まるでCMみたいだなぁと思うと同時にあんなに綺麗で儚かった数日前のしーちゃんはどこへ行ってしまったんだろうとも思う。いや、いつだってしーちゃんは美人なんだけれども。
仕事終わりにこうして2人でご飯を食べるのはしーちゃんが結婚式の準備やら何やらで忙しくしていたのもあって久しぶりのことになる。高校を卒業して、大学生になって、社会人になってからも定期的に2人でご飯を食べるようにしていた私たち。お互い東京で一人暮らしをするようになってから数年。仕事の愚痴だとか苦労話の他に、しーちゃんの口から出てくる彼氏さんの話を聞くのは楽しかった。高校時代は私ばっかりが恋愛話をしてしまっていた分、しーちゃんの口から聞ける惚気話やなんかは新鮮でどれだけ聞いても飽きることなんかない。


「ふふ、しーちゃんが結婚なんて…なんか嬉しいなぁ」
「なんで沙夜がそんな喜んでるのよ」
「いやぁ、だって今日も帰ったら彼氏さ…いや、旦那さんが待ってるんでしょ?いいなぁ新婚!」
「もともと一緒に住んでたし、そんな変わらないけどね」


そうクールに受け流しつつしーちゃんが少しだけ恥ずかしそうな顔を見るのが好きだ。しーちゃんもなんやかんやで旦那さんのことが大好きなんだなっていうのが分かる。
社会人になってから出会ったという歳上のしーちゃんの旦那さん。結婚式以外でも何度かお会いしたことがあるけれど確かにかっこいいし優しいし素敵な人で、でもちょっとだけ抜けていて…そんなところがしっかり者のしーちゃんにピッタリだなと思った。お似合いで結婚するのも納得出来るんだけど、私にはどうしても聞いてみたいことがある。


「ねぇねぇしーちゃん」
「ん?なに?」


エイヒレを突くしーちゃんに問い掛ければ箸を止めてこっちを見つめてくれる。


「やっぱり…プロポーズってさ、指輪持って、跪いて、パカって!パカってやってもらったの!?」
「…え?」
「ほら!よくあるじゃん!?指輪が入った箱持ってさ!箱をパカってして、結婚してくださいってやつ!」
「…あんた、そんなこと夢見てんの?」
「見るでしょ!憧れなの!」


そう!やっぱりプロポーズといえば指輪が入った箱を持った彼氏が彼女の前で跪いて、箱をぱかりと開けてその中にはキラキラ光るダイヤの指輪がひとつ。それを見て涙を堪える彼女に一言、「俺と結婚してください」って言葉をもらうのが女の子の憧れでしょ!
フライドポテトを口に運びつつそんな夢を語る私を見つめるしーちゃんの目はどんどん冷ややかなものに変わっていってしまう。そんなのはいつものことなので特に気にすることなく、はぁーっと息を吐いては自分で妄想を続けてみる。
夜景の綺麗なホテルの部屋の中。大きな窓からキラキラした夜景を見下ろす私。そんな私を後ろから呼ぶ声がする。大好きな声に反応して振り向けば、私の目の前に広がるのは夜景なんかよりもずっとずっとずーっと綺麗でかっこいい彼氏の姿。
クセのないサラサラした黒髪。キリッとした目元。少し恥ずかしそうにそっぽを向いている。あーとかうーとか繰り返した後、意を決したように一度息を呑んでから、私を真っ直ぐに見つめる真っ黒な瞳。跪いているせいで上目遣いになっているのにドキリと高鳴る心臓。よくよく見れば、手元には小さな箱があって、彼の大きな手がそれをぱかりと開くと中にあるのはきらりと光る一粒のダイヤモンドがついた指輪。


「俺と結婚して下さい…って!やばいな!え!?うそ!カッコよすぎて死ぬかもしれないその場で!えっ!無理なんですが!どうしよう!」
「落ち着いて。絶対そんなことしないよ荒北くん」
「分かんないじゃん!してくれるかもしれないじゃん荒北くんはカッコいいし絶対似合うもん!」
「世間一般的に見たら1番似合わないよ」


はぁっとため息を吐いて私の妄想を一蹴したしーちゃん。ひどい。そんなことないし高校の時から今でも荒北くんは世界で1番カッコいいし荒北くん以上の人なんてこの地球上、いや宇宙にもいないと断言してもいいくらいには私は変わらずに荒北くんのことが大好きだし荒北くんとのお付き合いは順調に進んでいる。
大学生で東京と静岡の遠距離になっても4年間ずっとお付き合いが出来ていたし、その後お互い社会人になった今も遠距離は続いているけれどそれでも何事もなく順調に、お付き合いをしながらお互い仕事に精を出す日々。私も高校時代から夢だった仕事に就くことができて、忙しいけれど充実した日々を送っていて社会人3年目を迎えた今年。年齢的にもまぁ、そろそろかなと思うことはあるけど私と荒北は特に変わりなく、それでも楽しい毎日を過ごしているので不満なんて一つもない。
勿論、いつか結婚するなら荒北くんとがいいなぁと思うけれど荒北くんは静岡で私は東京。もしも結婚するってなったら、私たちはどうなるのかなぁとぼんやりと思う。


「荒北くんになんか言われないの?それっぽいこととか」
「うーん、特には…?」
「この前結婚式で持って帰ったブーケは?見せた?」
「あ、うん!写真で見せたら…ほら!」


机の上に置いていたスマホを手に取り、荒北くんとのトーク画面を遡れば数日前に私が荒北くんに送った写真。しーちゃんの結婚式で見事ブーケトスを受け取った私の写真が出てきたのでその画面を目の前のしーちゃんに見せてみる。


『見て!ブーケとった!しーちゃん綺麗!』
『よかったネ。酒飲み過ぎんなよ』
『はい!』


画面を見たしーちゃんの顔が、みるみる般若のような恐ろしい顔へと変わっていく。机に置いている手がグーになって、ブルブルと震えているせいで机もガタガタ揺れるのが怖い。


「ちょ、しーちゃん?!」
「こんの…ヘタレ野郎!沙夜!次の作戦はこっちよ!ゼクシィを買って荒北くんの部屋に置いておくの!」
「えっ、重っ」
「あんたに言われたらゼクシィも終わりね」


そう言ってから隣を通る店員さんを呼び止めてビールをもう一杯頼むしーちゃんは多分だけど酔っ払っている。何度も一緒に呑んだことがあるからわかっているけど、しーちゃんは酔っ払うとかなり荒北くんに対して厳しくなるのだ。前からずっとこう。自分が結婚することになった時からずっと私のことも気にかけてくれる。優しい人なのだしーちゃんは。優しくて、そして誰よりも私のことを分かっている大親友だから、私が心の奥底でほんの少しだけ感じている不安にも気づいてくれている。どれだけ明るく振る舞って見せたって、しーちゃんにはバレバレなのだから困ってしまう。


「…荒北くんに、一生一緒にいたいって思ってもらうにはどうしたらいいんだろう」


もうすぐ付き合って7年。遠距離の間もずっと頑張ってきた。不安になることもたくさんあったけど、それでも私はずっと荒北くんのことを信じてきた。約束したんだもん。荒北くんのことを信じるって。その分荒北くんからもたくさんの愛情をもらって、幸せをたくさんもらった自覚もある。楽しくて、大好きで仕方なくてその気持ちは7年経っても全く色褪せることなくて、むしろどんどん大きくなるくらいに、私は荒北くんのことが大好きで仕方ない。荒北くんも同じだって、信じてる。

信じてるけど…じゃあどうして、私たちはいつまでこのままなんだろうって、時々怖くなることがある。


「だーかーらー!ゼクシィを買うの!荒北くんの部屋のベットの下に隠して帰れ!」
「それはマジで嫌われない!?」
「ゼクハラじゃ!ゼクハラして結婚を意識させるのよ!」


それをしたところで、果たして荒北くんは私と結婚したいって思ってくれるのだろうか。
荒北くんが私と結婚したいと思うには、どうしたらいいんだろう。もっと真剣に考えなきゃいけない気がする。理系で論理的な思考の荒北くんには、きっとしっかりとしたメリットを示さなければいけないのだ。私と結婚することで得られるメリットを、荒北くんにアピールしなければ。


「よし!決めた!」
「なに?ゼクハラする気になった?」
「しないよ!そうじゃなくて…チキチキ!荒北くんのお嫁さんになりたい大作戦!」


ピースサインをしてそう叫べば、さっきまでの勢いが嘘のように静かになるしーちゃんと突然静かになる店内。静かにやってきた店員さんが、何も言わずにビールだけをそっと置いてまたどこかへ去っていってしまう。

なんだそれ!ひどい!何ですかこの空気は!私はいつだって真剣なのに!







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