及川徹と付き合っている

隣を歩く及川のことをじっと見つめる。私よりうんと高い位置にある横顔はそれはそれは綺麗だった。鼻も高くて整った顔立ちをしていて、本人にもその自覚があるしもちろん私も彼の顔だってカッコいいと思っているから付き合っているし、こんなにカッコいい人と付き合えているのが不思議でしょうがない気持ちもある。手も繋がずに、ただ並んで歩く帰り道。すれ違う人たちから私たちはちゃんと彼氏と彼女に見えているのだろうか。

1週間の始まりである月曜日。クラスのみんなはどこかやる気がない顔をすることが多い日だけれど、私は月曜日が好きだ。朝は目覚ましが鳴る前に布団から飛び起きてしまうし、髪型だっていつもよりずっと念入りにセットをする。朝から授業が終わる夕方まで、ずっとニヤニヤしてしまうのも仕方ないこと。だって、月曜日は1週間のうちで唯一及川と並んで帰ることができる大切な1日だから。

綺麗な横顔を見つめながら、そんな感情に浸っていれば突然視界が真っ暗になってしまう。


「ちょっと、そんなに見られると流石に照れるんだけど」


聞こえてきた及川の声。どうやら私の視界は及川の手によって塞がれているらしい。ほんのり触れている掌は、少しだけひんやりと冷たい。


「見られなれてるくせに」
「そーだけど!そんな間近で見てくる奴そうそういないよ」
「私以外いたら困るよ」
「…困る?」
「困りますよ」
「そっか」


離れていく掌の隙間から見えるのは、どこか満足気だけれどもほんのりと頬を赤く染めて嬉しそうにへにゃりと笑う顔。そんな顔をされるとは思ってなかったので、不意打ちを食らって心臓がぎゅうっと苦しくなってしまった。苦しいけれど心地良い、この不思議な感覚を教えてくれたのは及川だ。多分今、私の顔も同じようにぽぽぽと赤く色づいているのだろう。
2人並んで歩く帰り道のこの時間。部活のことやクラスのこと、他愛もない話をしながらゆるやかに過ぎていく時間の中で私の心の中がぽかぽかとあたたかくなって、満ち足りていく。ぎゅっと、また、心臓が苦しくなる。
こうやって、心臓が苦しくなると私はどうしようもなく及川に触れてみたいな、と思ってしまうのだ。大きな手に触れて、指と指を絡めて手を繋いでみたいなぁなんて。女の子だって、そう思うのは悪いことなんかじゃないと思う。だけど思ったところで実際に行動できるかといえばそれは難しくて…恥ずかしさもあるし、ちょっとした意地もある。私から手を伸ばして、大きな手に指を絡めるのは難しくない。及川に拒否されるはずも、おそらくない…と思う。さっきあんな顔をしていたんだから、きっとまた同じように顔を赤くしてゆるやかに微笑んでくれるんだろうなってことは想像できる。


「及川」
「なぁに」


名前を呼べば、甘ったるい声が返ってくる。顔を上げればへにゃりと幸せそうな笑顔を向けられて、またまた私は締め付けられたように心臓が苦しくて、だけどどこかむずむずするような不思議な感覚。心地いいだけじゃなくて、もどかしいようなそれ。笑顔だけじゃ足りなくて、もっともっと及川が欲しい。触れたい。
だけど、私はわがままだから。私は及川から私を求めてほしいのだ。


「及川」
「なんですかー?」
「さみしいなぁ」
「…え?」
「さみしいから、どうにかしてほしい」
「えっ」


歩いていた足をぴたりと止めて、そんなことを言ってみる。私よりも一歩分足を進めていた及川はビックリした顔をしてこっちを振り返った。じぃっと及川の目を見つめながら、頭の中でビビビとテレパシーを送る。さみしいから、手を繋ぎたいんですけども。手を繋いでここから引っ張ってほしいんですけども。もうむしろ、指と指を絡める恋人繋ぎがしたいなんて贅沢は言わない。私の手首を掴むだけでもいいから、及川から私に触れてほしいなぁ、なんて。
そんな私を見て目をぱちくりとさせた及川はしばらく固まったかと思うと、突然ボンッと顔を赤くさせ、眉間に皺を寄せているにもかかわらず口元は口角が上がるという何とも変な顔をして私から視線を逸らし、両手でその顔を隠してその場に蹲ってしまった。私は突然のことにびっくりして、慌てて及川との1歩分の距離を詰めて及川の目の前にしゃがみ込む。


「お、及川?大丈夫?」
「…だいじょーぶじゃないでしょ」
「え?」


両手で顔を隠しているせいで、表情が分からない。覗き込むように私が顔を近づければ、チラリと長い指と指の隙間から見えた及川の目と目が合った。さっきまでとは、何かが違う。どこか、熱を感じるような視線に今度は私が固まってしまって、そのまま及川の目を見つめ続けることしか出来なくなって…そうすればいつの間にか詰められた距離。
あ、と思った時には、もう遅い。鼻と鼻が触れた瞬間、ピクリと肩が跳ねたけれどそんなのはお構いなしに、今度は唇と唇が触れる。目の前にあるのは、伏せられた長いまつ毛。


「…」
「…ちょっと名前ちゃん…?そんなじっと見つめないで?せめてなんか言ってよ」
「…いや、ちょっと、混乱してて」
「俺だって名前ちゃんに強請られて混乱してたんだけど!」
「え?私、手を繋ぎたいなって思ってただけなのに」
「えっ!?」


いくら人通りが少ないからって、こんな帰り道でキスを強請ったりはしませんけれども。
どうやら及川は本気で私がキスを強請ったと思ったらしい。勘違いが恥ずかしいのか、それともこんなところでキスをしたのが恥ずかしいのか、サッと立ち上がると私を置いてスタスタと歩いて行ってしまった。私も急いで、小走りでその後ろ姿を追いかける。短い襟足から見える首も、耳も真っ赤にする彼氏のなんと可愛いことか。思わずにやけてしまう顔のまま、広い背中に飛びつくように抱きついてぐりぐりと顔を埋めてみる。


「及川、好き」
「ちょっと、もうホントやめて!」
「手、繋いでいい?」
「なにそれ!良いに決まってるじゃん!」


照れを通り越して顔を真っ赤にしたまま勢いよく差し出された左手に、自分の右手を重ねてみる。そうすれば自然と及川の方から、指と指を絡めるようにしてキュッと結んでくれるのだから今度はこっちが恥ずかしくなってしまった。それを隠すように、ぶんぶんと繋いだ手を振り回すように歩けば隣の及川がくすりと笑う。


「名前ちゃん」
「なぁに」
「好きだよ」


甘い甘い声に、ほら、また、心臓がきゅうっと締め付けられたように苦しくなる。きっと今は、私の顔が真っ赤に染まっているのだろう。


「可愛いカップルだね」


すれ違った人たちのそんな会話を聞いて、2人で目と目を合わせて笑い合う。

今の私たちはちゃんと、彼氏と彼女に見えるみたいだ。









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