侑に振り回される

「俺はお前を友達やなんて思うたこと一度もないで」


私の目の前でデカいお弁当箱に詰められた色とりどりのおかずを口にばくばくと詰め込みながら、なんでもない風にそう言った侑。
私はその言葉の意味を理解して、お箸で掴んでいた卵焼きをポロリと落としてしまった。ころころ床に転がっていくそれを見て、侑が「うわ!もったいな!ふざけんなよお前3秒ルールやはよ拾わんかい!」とか騒いでいるけれどそれどころではないしそもそも教室の床に落ちた卵焼きに3秒ルールもクソもない。ピシリと固まって動かない私に痺れを切らした侑が卵焼きを指でつまんでんっ、と差し出してきた。それも無視していれば「なんやねん」とお弁当の蓋の上に転がしてくる。侑の物と比べたら小さい私のお弁当箱の中で唯一私が自分で手作りした卵焼きだというのに。勿体無いし、ぞんざいに扱われたそれがなんだかとても可哀想に見えてしまう。
少し前。きっかけは席が前後だったからとかそんな単純なことだったと思う。仲の良い友達が休みだったために仕方なく教室で1人寂しくお昼を食べていた私が気になったのか、前の席の侑が突然くるりと振り返り、私のお弁当箱の中から勝手に卵焼きを奪った挙句「あんまー!なんやコレ!あま!おやつか?!」と騒ぎ散らかした。そうして3つも入っていた卵焼きを「あま!あま!」と言いながらも全て食べ尽くしてしまったのである。
文句を言っておいて完食かよ。なんて思いつつ、あの日以来必死に早起きして卵焼きを作る自分はなんて滑稽なことか。
友達だから。美味しそうに食べるから。仲良くなりたいから。好きだから。理由なんてたくさんある。私は私が好きな甘い卵焼きを気に入ってくれたことが嬉しかったし、私を見て笑う侑の子供みたいな無邪気な笑顔が好きだ。

関東から越してきて、なかなかクラスに馴染めず仲の良い友達にべったりになっていた。みんなと仲良くしたいけれど、そんな勇気はなくて。一歩引いたところにいた私をクラスの中へと引っ張ってくれたのが侑だ。多分侑の気まぐれだったとは思うけれど、クラスの中心であり校内でも有名な宮兄弟の片割れが声をかけたとなればすぐにクラスに馴染むことができた。仲の良い友達だけじゃなく女の子の友達も増えて男の子とも普通に会話ができるようになって、学校が楽しくなったのも全部侑のおかげだと思っているし、そんなきっかけを作ってくれた侑が好きだったし、ほんの少しだけ、他の子よりも特別仲の良い友達になれているんじゃないかなって思ってしまっていた。


「…私たちって友達じゃないの?」
「ちゃうやろ」
「侑は友達じゃない人と、お昼を食べてるってこと?」
「そうなるなぁ」


ショックで固まる私のことなんて見向きもせず、ただただお弁当を口にかき込んでいく侑。
別に、好きになって欲しいとかそんな気持ちは持っていなかった。そりゃ、ほんの少しは期待している部分もあったかもしれないけれど…私は侑の友達としてそばにいられればそれで十分だと本気で思っていたのだ。ずるい考えだって分かってはいるけれど、侑にはバレーがあるしきっとこの人はそれだけで十分だとなんとなく感じていた。女の子たちからもモテるしかっこいいなんて騒がれてもいるし本人も自覚して調子にも乗っていたけれど、侑自身は誰とも付き合う気はなさそうだったから安心していたというのもある。
友達として仲が良い私。侑の中で他の子よりもちょっとだけ、上に置いてもらえているような気がしていて…調子に乗っていたのは私の方だったのかもしれない。


「…そっか…」
「おん」


私がどれだけ小さな声で話したって、侑は何も変わらない。悔しいなぁ。悲しいなぁ。


「…寂しいな」


ポツリと溢れてしまった声は少しだけ震えてしまっていた。やばい、と思った時にはもう遅い。あ、と侑が顔を上げたと同時に私の視界がゆらゆらと涙の膜で揺れてしまう。ズレたコンタクトのせいで、侑の表情が見えないけれど見えなくて良かったなぁとも思う。これでまた、侑が普通の顔をしていたら私は我慢することが出来なかったと思うから。


「ハ?何泣いとんねん」
「泣いてません。あくびです」
「泣いとるやろ」
「まだ泣いてません!」
「泣く寸前やんけ!何やねん!卵か?落としたん俺ちゃうぞ!」
「卵焼き落としたくらいで泣いてたまるか!」
「じゃあ何で泣いてんねん!」
「友達に友達じゃないって言われたからだよ!」
「…ハァ?」


何で今更卵焼きが出て来るのかも分からないしキレ出した侑も意味分からないし段々大きくなる侑の声に対抗するかのように声を張り上げて思ったことをぶちまけてしまった。そんな私を見て、眉間に皺を寄せた侑の手からポロリと今度はウィンナーが落ちて床に転がっていく。勿体無い。この前卵焼きと交換した時に知ったけれど、侑の家のウインナーは食べた時にパリッと気持ちの良い音が鳴る高いやつだった。


「…お前はアホか」


そんなウインナーには目もくれず、はぁーっと態とらしく大きなため息を吐いた侑。


「俺は男女の友情は成立しない派やぞ」
「いや…知らないしそんなの」
「そんな俺が、女のお前と向かい合って昼飯食うてんねん」
「…」
「この意味分かるか?」


そう言って私のことをジッと見つめる侑は相変わらず眉間に皺を寄せて怖い顔をしていたけれど、口元はぷるぷると震えているし耳は赤く染まっているし…考えなくても侑が言った言葉の意味が分かってしまった。
どうやら侑は、友達として仲良く出来れば十分だなんて思っていなかったらしい。


「…」
「…」
「…いや何か言えや」
「なんか」
「…ええ度胸しとるなお前」
「じゃあ私と侑は友達以上恋人未満ってこと?」
「アホか。友達以上の恋人になってくれ言うてんねん」


いやそうは言ってないでしょ。好きとか言われてないし。遠回しすぎだし。肝心なこと言ってくれないなんて酷い。
けれど侑らしいと言えば侑らしい。甘い言葉で愛を伝えてくる侑を一瞬想像したけれどかなり気持ち悪かったし嘘っぽかった。言葉よりも、侑の今までの態度を信じてみようと思う。友達としてではなく、女として私に接してくれていたこと。下心ありきで話しかけてくれたであろうこと。全部私にとっては嬉しかったことだし、侑のことを好きになったきっかけでもあることだから。


「侑」
「なにぃ?ここまで期待させといて、返事はハイかイエスしか受け付けんぞ」
「私も侑のこと好きだったよ、ずっと」


そう伝えれば、ボンッと顔を赤くした侑が「過去形にすんな!」と騒ぎ出したので慌ててその口に卵焼きを突っ込んでやった。そうすれば目をまん丸にしつつ、もぐもぐ大人しく食べた後に「あまぁ。俺この卵焼き好き」と言ってふにゃりと笑う。嬉しいから、明日からは侑の分も卵焼きを作ってきてあげよう。私のお裾分けじゃなくて、ちゃんと彼氏の分として。











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