ちょっと意地悪な治

双子を見分けるのはとても簡単だ。
髪の色が金なら侑くん、銀なら治くん。一目瞭然なので誰でも見ればすぐに分かるけれど、 ここだけの秘密、私は彼らの髪色が同じてあっても見分けられる自信がある。
朝、コンビニで買った新発売のチョコレートを鞄から取り出してパッケージをじっと見つめる。今の季節にぴったりのマスカット味のチョコレートは、少しだけお値段が高かったけれど気がつけば手に取ってレジに向かっていた。今月のお小遣いは後わずか。別に私自身はチョコレートが特別好きってわけじゃない。もっと安くて量が多いポテトチップスの方がお得だなぁと思う。でも、手に取ったのはチョコレートなのだから我ながらバカだ。だけど仕方ない。このチョコレートを見つけた時に浮かんでしまったのは、ふにゃりと柔らかい笑顔。コロコロと口の中でチョコレートを転がしては、幸せそうに笑う姿に私はめっぽう弱かった。


「名前ちゃん」


名前を呼ばれて振り返れば、すぐ近くでチラリと銀髪が揺れる。制服のズボンのポケットに手を突っ込んで腰を屈めた彼の顔は椅子に座っている私のすぐ真横にあったようで、近すぎる距離に慌てて距離を取ろうと立ち上がれば勢いのままにガタンと椅子が揺れた。
そんな私を見ても表情が一切変わらない彼は、宮ツインズのうちの1人である治くん。侑くんは金髪。治くんは銀髪。侑くんはくるくると表情がよく変わる。治くんはあまり表情が変わらない。だけど食べ物を前にすると子供みたいに目をキラキラさせることを知っている。あのキラキラした視線と、見ているこっちまで幸せをお裾分けされそうなほどの笑顔。
そんな治くんが好きだから、私は宮ツインズを見分けることが出来るのだ。


「お、治くん…!」
「それ、美味そうやなぁ」


突然の治くんの登場に、慌てて前髪を整える私のことが治くんに見えているのかどうかは怪しい。彼は私などには目もくれず、私の手の中にあるチョコレートを指差してうずうずしているのが分かる。それが面白くて、チョコレートの箱を上へ下へと動かせば同じように治くんの視線が上下に動くのがさらに面白い。


「まだ食べてないから美味しいかどうかは分からないや」
「開けてへんの?」
「うん」
「そーなんや…」


あからさまにしょんぼりと肩を落とした治くんはやっぱり面白い。きっと、封が開いていたら貰うつもりだったんだろう。どれだけ食い意地がはっていても、封が開いていないお菓子をもらうのは流石に申し訳ないと思うらしい。
治くんは食べるのが好きだ。私では到底食べ切ることが出来ないであろう大きなお弁当箱にぎゅうぎゅうに詰められたお昼ご飯を食べるくせに、お昼前もお昼後もおやつを求めて私の元へとやって来る。それが嬉しくて、可愛くて、私はこうして毎朝コンビニで美味しそうなお菓子を探しては購入してしまうのだ。なるべく治くんが目を引きそうな、珍しいものやちょっとだけでお高いものを選んでしまう私も所詮は女である。
しょんぼりしつつも、ジッと私の手の中にあるチョコレートから視線を逸らさない治くんが可愛くて、私はピリリとチョコレートのパッケージを手で破いた。その瞬間、治くんの肩がピクリと跳ねて目をキラキラと輝かせる。


「ええのん!?」
「いいよー」
「名前ちゃん天使や…!それなん?マスカット?」


ここで「悪いからええよ」とか「ごめんなぁ」とかそんな反応をしないところが治くんらしいなぁと思う。変に遠慮したり気を遣ったりしてこないから、こんな私でも有名人の治くんに気後れせずに普段通りの私で接することが出来るのだ。


「期間限定マスカット味だって」
「名前ちゃんいっつも美味そうなん持っとるな」
「新商品って気になっちゃって」
「分かるわ


よくもまぁ、そんな嘘をつらつらと言えるものだな私よ。気になってるのは新商品なんかじゃなくて治くんのくせに。そんなこと、口に出せるわけがない。
さっきも言った通り治くんが見ているのは私ではなく私が持っているお菓子なのだ。私以外の女の子がお菓子を持っていたら、きっと今と同じように目をキラキラさせるだろうしふにゃふにゃと笑って甘ったるい声を出して「天使や!」と騒いでお菓子をおねだりするのだろう。別にそれを悪いことだとは思わないし、それを嫌だと言う権利だって私にはない。私と治くんはお菓子をあげる人ともらう人って、ただそれだけの関係だから。


「はい、どーぞ」


個包装されたチョコレートをひとつ、治くんの目の前に差し出してみた。けれども治くんはジッとそのチョコレートを見つめるだけで、受け取ろうとはしない。どうかしたのだろうか?不思議に思って首を傾げてみれば、治くんも同じように首を傾げてきた。可愛い、けどそうじゃない。


「治くん?いらないの?」
「さっき唐揚げ食うたせいで、手べたべたやねん」
「唐揚げ食べたんだ。やっぱりお腹いっぱい?」
「ちゃう!そうはならんやろ!俺の腹はいつだって腹ペコやぞなめんな!」
「え、ご、ごめん…?」

いつもゆったりと、穏やかに喋る治くんが少しだけ大きな声を出した。びっくりして私よりも随分上にある顔を見上げてみれば、なぜか治くんも同じようにびっくりしたような顔をして目をまん丸にしている。珍しい顔だなぁ。


「腹減っとんねん」
「そ、そう」
「でも俺はその袋開けられへん。手がべたべたやから」
「うん」
「名前ちゃんがあーんしてくれたらええと思うんやけど」
「うん…うん?」


思わず返事をしてしまってから、ハッと我に帰る。目の前にはいつもの優しい顔とは違って、ニヤニヤと意地悪い顔している治くん。あ、その顔侑くんみたい…なんて言ったらダメなことは流石に私でも分かるから口にはしない。こうなってくると治くんの手が本当に唐揚げの油でべたべたなのかも怪しいし、そもそも唐揚げを食べたことも本当かどうか怪しくなってきた。治くんは手を後ろで組んでしまっているので、確認することはできないけれど。
私は優しくて、穏やかでゆったりとした治くんが好きだけれど、どうやら治くんはそれだけではないらしい。今目の前にいるニヤニヤ顔するイタズラ好きな治くんも間違いなく治くんであって、私の心臓はうるさいくらいに跳ね上がってしまう。


「名前ちゃん。あー」
「…」
「うん言うたやろ?約束は守らなあかんよ?」


私が断らないって分かっているんだろう。腰を曲げるようにして高すぎる身長を私に合わせるようにした治くんの顔は私のすぐ目の前にあって、あーんと口を大きく開けて目を閉じている。
ほんの少しだけ緊張で震えた手で、チョコレートの包装を破った。一粒を指で掴んで、目の前の治くんに向き合う。大きく開けられた口の中に、このチョコレートを入れるだけでいい。ただそれだけなのに、どうしてこんなにもドキドキしてしまうんだろう。
手を伸ばして、治くんの口の中にチョコレートを投げ込もうとすれば突然手首をがっしりと掴まれた。少しだけ熱い治くんの大きな手。男の子らしく角ばった手に捕まえられると、私はピクリとも動けなくなってしまう。そのまま固まっていれば、閉じられていたはずの治くんの目がパチリと開く。ジッと私を真っ直ぐに見つめるその視線。


「ちょーだい」


あ、と声をあげる暇もなく。引っ張られた手は治くんの口元へと運ばれると、私の指ごとパクリとチョコレートが治くんの口の中に消えてしまった。指先に触れた舌の感触に、背筋が震える。


「…ん、うんま」


何が起こったのか分からず立ち尽くす私と、私の好きなふにゃりと優しい顔で笑ってそんなことを言う治くん。


「もう1個ちょーだい」


語尾にハートマークでもついてるんじゃないかってくらい甘ったるい声に、心臓が締め付けられたかのようにぎゅっとなる。そして遅れてやってきた羞恥心に死にそうになって、顔に集まる熱。


「っ…!あげる!」


チョコレートの箱ごと治くんに押し付けるようにして渡して、逃げるように走って教室を出た。
ぐるぐると頭の中を回るのは大好きな治くんの顔と、触れた熱と、甘ったるい声と…全部治くんでいっぱいで苦しい。


「名前ちゃーん!また明日、お菓子もらいに来るから。よろしゅうな」


背中から聞こえてくる叫び声。
そんなこと言われたら、きっとまた明日の私はコンビニでお菓子を手にしてしまうのだろう。なんて、バカな話。

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