角名が愛に溢れてる

面白いなぁと思う。彼女を見ていると、表情は豊かだし思っていることは素直に顔に出るし…そんな姿は見ていて飽きない。

そして何より、俺と目が合うとぽんぽんっと勢いよく彼女からハートが飛び出してくるのが見えるような気がするのだ。実際には見えていないし、スマホのカメラをかざしてみたって何も写りはしないけれど。色とりどり。大きさもさまざまなハートがぽんぽんと湧いて出ているように見えて、あぁ、この子俺のこと好きなんだなっていやでも思わされる。


「倫太郎くんっ!」


両手を広げて、走る勢いそのままに突撃してきた彼女を受け止める。俺の胸までもないほどの小さな身体だけれど、彼女はいつもなかなかの勢いで突進してくるのでちょっとだけ怖い。まぁ彼女がどんな勢いで突進してきたって負ける気はしねぇけど、一応心配はする。主に俺の肋骨とか。万が一名前の突進が原因で俺の肋骨が折れたりしたら北さんにすげぇ怒られるだろう。
だけど北さんの正論パンチを喰らう怖さよりも、名前が突進してくる時の面白さとかの方が勝つから「やめて」とは言わないでいる。

だって、面白ぇじゃん。目と目があったら走ってくるなんて、犬みたいだし。確かに、彼女の頭に犬耳、お尻にはぶんぶん揺れる尻尾があってもおかしくないのになぁなんて思ってしまうのだから俺も相当重症なんだと思う。認めたくはないけれど、名前を前にすると俺の偏差値は一気に急降下して頭の中は「可愛い」でいっぱいになってしまうのだ。
腕の中に閉じ込めた小さな生き物。顔を上げて上目遣いでえへへと笑う彼女からは、やっぱりハートが飛び出しているように見える。俺にしか見えない、ふよふよ辺り一面に広がるハートは彼女が俺に向けて発したもの。勿体無い。このハート全部とって置けたらいいのに。


「名前、何してたの?」
「倫太郎くんのこと待ってた!」
「そっか。偉いね」


丸っこい頭を撫でれば照れたように顔を赤く染めて笑う名前。手を離そうとすればもっと撫でてとばかりに擦り寄ってくるのが面白い。お望み通り、髪の毛が乱れない程度に撫で回せば満足したのか一度ぎゅっと抱きついてから距離をとって後ろで腕を組んでこっちを見上げてくる。
女の子らしい上目遣いは、計算されたものではないのだから驚きだ。名前にそんなこと考える頭なんてないし、そんなまどろっこしいことしなくたって名前だったら真っ直ぐに「可愛いって言って!」とおねだりしてくるに違いない。裏表がなくストレートに物事を捉えるし伝えてくる名前は一緒にいて楽だ。


「倫太郎くん、お昼一緒に食べよう!」
「疑問系じゃねぇんだ」
「拒否権なしです!」
「オッホ。名前らしくていいと思う」
「あざーす!」


突然体育会系になるのも意味が分からないけれど、楽しいからまぁ良い。名前といると飽きないし、予想もしないことが起きるから楽しい。

人の多い昼休みの廊下を2人で並んで歩く。俺の歩幅に合わせるように、小走りでついてくる名前はやっぱり小動物のように見えた。ペースを落としてやればいいって分かっているけれど、俺は一生懸命俺の隣をキープしようと頑張る健気な名前を見ると何だか満たされたような気持ちになる。性格の悪い男でごめんね、名前。


「倫太郎くん、お昼パンだけ!?」
「うん」
「私のお弁当分けてあげるよ!どれがいい?」
「え?いいの?」
「もちろん!」
「じゃあ、これ」
「…い、いいよ…」


小さい名前のお弁当箱の中身で一際目立つハンバーグを指差せば、眉間に皺を寄せて悔しそうな顔をしつつもお箸でハンバーグを一口サイズに切り分ける名前。イヤイヤなんだろうなってのとが見て分かる。
そうだよね。名前、ハンバーグ好きだもんね。
きっと名前は俺がハンバーグではなく卵焼きとか金平牛蒡を選ぶと思っていたんだろう。さっきまでのパッと明るい笑顔から、しょぼんと肩を落として見るからにショックを受けている名前は可愛い。そしてそんな顔をするくせに、ちゃんとハンバーグを俺に譲ろうとしてくれるところも可愛い。
俺は別にハンバーグじゃなくても良かったんだけど、この顔見たさと俺からのお願いなら何でも譲ってくれる名前からの愛に触れたくてハンバーグを選んだなんて、バレたら名前は俺のことを嫌うだろうか。多分、嫌わないと思う。優しくて素直な名前は「倫太郎くんが楽しいならいいよ」と言ってそんな俺も受け入れてくれるのだろう。


「はい、どうぞ!」
「ありがと」


口元に運ばれた、半分サイズのハンバーグ。いつの間にか笑顔に戻った名前の「あーん」に合わせて口を開ければ、また名前は嬉しそうに笑った。ぽんぽんとその周りを飛び交うハートが見える。大好きなハンバーグなのに、半分も俺に譲ってくれるなんて。そんなのもう愛しかない。

少し前までの自分は、名前のようなイレギュラーは苦手と感じていた。突拍子がなくて予想できない会話も、素直な態度も、隠すことなく振り撒かれる好意も、どこか裏があるんじゃないかと疑っていたころが懐かしい。
そんなものは名前が告白してくれたあの日、まるっと置いてきてしまったのだ。

顔を真っ赤にして、震える手をギュッと握り締めた名前が、俺の目を見て真っ直ぐに伝えてくれた「好きです!付き合ってください!」というありきたりで、だけどストレートで嘘偽りのない言葉にまんまと俺は落ちた。
侑には単純だと笑われたし、治には冷めた目で俺を見てくるし、銀は「流されてんちゃうか?」と心配そうな顔をしていたけれど、それでも良かった。


「倫太郎くん?」
「ん、なに?」
「今笑ってたから、何か良いことあったのかなって」


ニコニコ笑いながらも首を傾げて、真っ直ぐに俺を見つめている名前。
俺が隣にいるだけで、名前は幸せそうに笑う。大好きなハンバーグも譲ってくれる。ハートを撒き散らかして擦り寄ってくる。

隣にいるだけで心臓がうるさいとか、息が出来ないほどの苦しさとか、知らずに涙が溢れてしまうような愛おしさとか。そんなものを感じたことはない。
じゃあ俺はそこまで名前を好きってわけじゃないのか。そんなこともない。
ふとした時に名前のことを思い出す。「倫太郎くん」と俺を呼ぶ声と笑顔が、頭の中に浮かぶ。それくらいでもきっと、俺は名前のことが好きなのだ。


「名前」
「なぁに倫太郎くん」


ただ名前を呼んだだけで嬉しそうに笑う名前が、


「好きだよ」


たかが高校生同士の恋愛だ。
ずっと好きだったわけでもない。告白されて舞い上がって付き合ったのがきっかけかもしれない。この先ずっと隣にいるかなんて分からない。気持ちが変わらない自信もない。死ぬまでそばにいて欲しいわけでもない。永遠の愛を誓うだとか、運命の恋だとか、そんなもの微塵も信じていないけれど。
それでも思う。名前を見ていると湧き出るこの気持ちは、きっと恋というものなのだ。

俺の言葉に目を丸くして箸を落とした名前の手に自分の手を合わせる。指と指を絡めて、小さな手を包んで伝える精一杯の気持ち。


「私も、倫太郎くんが大好きですっ!」


ハートを撒き散らした名前からの言葉を受け止めて、2人で笑い合う。
らしくないと笑われてもいい。この恋が終わらなければいいなんて思ってしまうくらいには、名前のことが好きだ。




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