新開が女子寮に向かって愛を叫ぶ


あー悔しい、なんて思いつつ心のどこかでやっぱりなぁなんて納得もしてしまった。

噂を聞いたのはついさっき。友達が慌てて、私に聞こえないように大きな声で違う話をしてくれたけど噂話はしっかりと私の耳にも届いてしまった。
新開くんが、隣のクラスの子と付き合ってるって噂。
自転車競技部でレギュラー。かつイケメンで女子からもモテる新開くん。そんな彼と付き合ってるのは隣のクラスの子じゃなくて、私だったはずなのにどうしてそんな噂が立ったのか。
答えは簡単。私と新開くんは付き合っているけど、そのことを公言してはいない。それは私の意思だったけど、今となってはとてつもなく後悔している。


「噂だから、気にしてちゃダメだよ」
「うん。ありがとう」
「…新開くんは、誰にでも優しいから」
「そうだねぇ…だから私にも優しいのかな」


私の捻くれた言葉に、友人は困ったように眉毛を下げた。そんな顔させたかったわけじゃないけど、やけになりたくもなる。

新開くんは優しい。人に優しいから女の子にももちろん優しい。困っている人がいたら手を差しのべて、その甘いマスクでにこりと微笑めば女の子はみんな虜になってしまうんじゃないか。
だから私にも優しかった。そんな新開くんに私も優しくしたかったし、何より負担になりたくなかった。
私は自転車の知識なんか全くないから、新開くんの力になることはできない。もちろん部活の話を聞くことは楽しいし、私の知らない新開くんを知れるのも嬉しいけど、新開くんの悩みとか苦しみとか、そういうのを分かってあげられないのがもどかしくなる。

私じゃ、新開くんに相応しくない。
そう思って、だけど手放すこともできなくて、私は新開くんにこの関係を公言したくないと伝えた。新開くんは一瞬驚いたような顔をしたけど、「沙夜がそうしたいならそうしよう」と受け入れてくれたのだ。


「…私、新開くんの彼女でいていいのかな」
「なに言ってんの、良いに決まってるでしょ!あんたが彼女なんだから!」


そう言って私の背中をバシンと叩いてくれた友人に手を振って校門の前で別れる。私は寮へ、彼女は実家から通いのためいつもここでお別れになるのが寂しい。
寮までは、運動部の部室の前を通らなくてはならない。私はいつもその道を歩く時、チラリと自転車競技部の部室を見ることがクセになっていた。
部活を頑張っている新開くんが好きだ。ひとつのことに一生懸命な彼はとってもかっこいい。だから見つけても話しかけることはしない。新開くんの邪魔はしたくない。


目に入ったのは、部室の前で話し込む男女。
鮮やかな茶色はの髪の毛ですぐに新開くんだと分かった。その隣にいるのは噂のあの子。自転車競技部のマネージャーでもあるから、2人でいることはそんなに問題じゃない。


「……そんな顔して笑うんだ」


会話は聞こえないけど、私から見えた新開くんは少し照れたように視線を逸らしてから笑った。はにかむような、本当に嬉しそうな笑顔は私が見たことないもの。
彼女なら、新開くんにそんな顔をさせることができるってことだ。私が分からない部活での悩みや、苦しみも分かち合える。嬉しいことも楽しいことも、その瞬間に一緒に分け合えることができるなんて、とっても素敵なことで死ぬほど羨ましい。羨ましくてたまらない。
いつの間にか握りしめていた手のひら。伸びっぱなしの爪が食い込んでキリキリと痛んで、ハッとした。

早く帰ろう。気づかれないうちに、部屋に戻って寝てしまおう。何も見ていない。忘れてしまえばいい。


寮の部屋へ駆け足で飛び込んで、制服着たままベットへとダイブした。もう何も考えたくない。
考えたくなんかないのに思い浮かぶのは新開くんのことばかりだ。私に分かるように、自転車について教えてくれた。新開くんはスプリンターってやつで、まっすぐの道がとっても速いんだって。誰にも負けないって、あの新開くんが自信満々に言うのに驚いたっけ。じゃあ新開くんが1番カッコいいねと言えば、嬉しそうに笑ってくれて、だけど山は苦手なんだと言った。
新開くんは優しい。優しいから、私に気を遣ってるのかもしれない。だったら私から終わらせないとだろうか。

スカートのポケットからスマホを取り出して、新開くんとのトーク画面を開く。
「別れませんか」と打ち込んで、そのまま送信ボタンを押した。画面がゆらゆらと歪んで、見えなくなっていく。
返って来るかもわからないけど、返事が怖くてそのまま電源を落として顔を枕に埋めた。このままでいい。何もないまま、なかったことにしてしまえ。





コツン、と何かが当たる音がする。
目を開ければもう部屋の中は真っ暗になっていた。どうやらあのまま寝てしまったらしい。時計を見れば寮の夕飯の時間はとっくに過ぎていて、自分はまだ制服のままだ。
はぁ、とため息をつけばまた聞こえる、何かの音。コツン、コツンと、それは窓から聞こえて来る。
気になって、少しだけ寝ぼけたまま部屋の窓を開ける。むわっとした空気が部屋に入り込んでくるのが気持ち悪くて、すぐに閉めようとしたら下から聞こえて来る声。


「沙夜!」


声のする方を見れば、新開くんがいる。彼もまだ制服のままで、足元には小石がいくつも転がっている。あぁ、これを投げていたのかなんてぼんやり思ってまた新開くんへと視線を戻せば、見たことないような怖い顔していた。


「…新開くん?」
「どういうことだよ!嫌だよ、オレ。絶対別れねぇ!」
「え?」
「別れねぇからな!」


必死な顔して、大声で叫ぶ新開くんに私の思考回路はぴたりと止まってしまって何を返したらいいかわからなくなる。
あぁ、そっか。私が連絡したんだけっけ。別れようって。だけど、それは新開くんのせいだ。


「…新開くんにはもっと素敵な人がいるよ」
「いねぇよ!オレは沙夜がいい!沙夜じゃなきゃ嫌だ!」
「…私じゃ、分からないことがたくさんあるよ」
「そんなの、オレが全部教える!全部話す!オレ、沙夜と話すの好きなんだ!なんでも嬉しそうに、楽しそうに聞いてくれるから!」


大きな声で私に向かって叫ぶ新開くん。
いつも穏やかでふんわりしてる新開くんがそんなに大声が出せるなんて知らなかった。顔もいつもより怖くて、垂れ下がってるはずの目尻がキッと釣り上がっている。

こんな時間だからか、響く声になんだなんだと隣の部屋や上の部屋の窓も開いて、ざわざわと騒がしくなってくる。キャーなんて声も聞こえてきて、新開くんの人気になんだかムカついてきた。だって、元はと言えば新開くんのせいだ。


「っ、私だって新開くんと話すの好きだったけど、新開くんは私じゃなくても楽しそうに話してた!」
「はぁ!?いつだ!?」
「今日!部活の時!」
「…そ、れは…」


黙り込む新開くんに、ほらねとなぜか勝ち誇った気持ちになるけど負けてるのはこっちだ。あぁやっぱりそうじゃん。思い当たる節があるんだね。


「あれは!…っ、沙夜の話してた!バラしてごめん!」
「…え?」
「沙夜のこと、本当はみんなに言いたくて、だけどおめさんが言うなって言うから我慢してて…どうしても我慢できなかったからマネージャーに話しちまったんだ!ごめん!」


なんだ、それ。あの子には私の話をしてたってこと?笑ってたのは、私の話をしてたから?
そんなの、疑った私が馬鹿みたいじゃない。自信が持てずにウジウジしてた私が馬鹿だ。
新開くんはたしかに、誰にでも優しいけど私にはとびっきり優しい。優しい目で私を見つめてくれる。私に笑いかけてくれる新開くんが1番かっこいい。
そんな単純なことでよかったんだなんて、本当にバカだ、私。

ざわつくギャラリーなんて何も見えないし聞こえない。私の目にはもう新開くんしか映らない。それはきっと、新開くんもおんなじ。


「…隼人くんのバカ!好き!」
「!っ、オレも沙夜が好きだ!」


嬉しそうに笑った後、パチリとウィンクしてバキュンと撃ち抜かれる私の心臓。
アレをするときは、絶対に仕留めるって合図なんだと教えてくれたのもちゃんと覚えてる。
そんなことしなくたって、私はもうとっくに隼人くんに捕らえられてるのに。

いてもたってもいられなくて、部屋を飛び出して階段を駆け降りる。
玄関を開ければ目の前に立っていた隼人くんにそのままギュッと勢いに任せて抱き付いたら、少しもよろけることなく強い力で抱きしめられた。


「私が1番、隼人くんのこと知ってたい」
「オレだって、沙夜に1番オレのことを知ってほしいさ」
「…自信が持てなくて、ごめんなさい」
「オレにここまでさせたんだ。自信、ついたろ?」


キャーだかギャーだか分からない悲鳴を背中で聞きながらも、隼人くんの言葉に私の心はぎゅうっとあたたかくなって満たされていく。


次の日から晴れて校内で公認カップルとなり、文化祭ではベストカップルとして表彰される未来が来るなんて、さっきまでの私なら絶対に信じないだろう。









Back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -