黒田と秘密の恋人


「付き合ってること、誰にも言うなよ」


告白してOKをもらえたすぐ後、嬉しくてその場で飛び跳ねてしまいそうな私を制するようにピシャリと放たれた言葉。ギロリと鋭い目つきにそう言われて、私はなんとなく色んなことを悟りその場でこくこくと何度も頷いて彼の言葉に従うことをアピールした。そうじゃないと、さっきのOKは取り消されてしまうと思ったのだ。だって私、OKをもらえるなんて思っていなかった。きっと「悪い」だなんて断れるんだろうなぁと予想していた。それならなぜ告白したのか、と聞かれると理由に困る。うまく言えないけれど、このまま高校の思い出として黒田のことを終わらせるのは少し寂しいなと思ってしまったからだ。
このまま何も言わずにいたって、きっと私は黒田のことが好きなままだったと思う。

男女混合の体育では黒田の姿を探してしまうし、席替えの時は自分の席よりも黒田の席が気になるし、全く知識がない自転車競技部の大会の予定が気になる。
そういうのをいつまでも続けるのは、自分の身が持たないと思ったのだ。
ずっと見つめていたって絡み合わない視線が寂しいこと。どんなに祈ってもなかなか黒田の隣の席にはなれないし、反対に黒田の隣に可愛い女の子が座ってしまった時には家に帰りベッドを殴るほどショックだったこと。自転車競技部の大会は観に行くことができなくて、次の日の教室で黒田が楽しそうに友達に語る成績をこっそり耳に入れることしかできないこと。
きっとこのままじゃ私の青春全部黒田にこっそり取られてしまう。それならば、どちらかにしてほしい。こっそりではなく、正々堂々丸ごと私の青春を黒田に捧げるか、それともキッパリ振られて黒田のことを私の青春から追い出すか。

だから意を決して、私は黒田に告白をすることにした。告白した時は緊張して自分が何を言ったのか全く覚えていなけれど、多分「好きです付き合ってください」とは言えたと思う。目を見て言うなんて出来なかったけれど、多分言えたから、それを聞いた黒田は「分かった」と言ったのだ。分かったということは、つまり付き合うということでいいのかを確認するために顔を上げれば、そこにいたのは思いっきり眉間に皺を寄せてこちらを睨みつけているかのような恐ろしい顔をした黒田。
あ、やっぱり分かったの意味違うんだ。分かった、ありがとうごめん。ってことなんだ。私振られる。と思ってぶわりと湧き上がってきた涙を必死に耐えていたら、黒田から言われたのは「付き合ってること、誰にも言うなよ」だった。それに必死にで頷く私をその場に残して、スタスタと歩いて行ってしまった黒田の背中を見送った私はそのまま家に帰り、ご飯を食べ、お風呂に入ってベッドですやすやと眠りについたのが、つい1ヶ月くらい前の話。

私は黒田に言われた言葉を忠実に守っている。親にもクラスメイトにも、仲の良い友人にも黒田と付き合っていることはおろか、黒田のことが好きだということも話していない。そんな状態でどうして、1ヶ月も黒田と付き合っているのかと言えば、黒田が意外にも優しいからだ。


「江戸川、ノート見せて」
「うん、いいよ」
「サンキュ。お礼に昼奢る」
「え、良いよ別に」
「この前も見せてもらったし」


な?なんで首を傾げて言われてしまえば私はあの時と同じようにこくこくと首を縦に振ることしか出来ない。それを黒田も分かっててやっているのだからタチが悪い。さらにタチが悪いのが、こういう時の黒田の顔が私が告白をした時とは真逆で普通の顔をしているからだ。あの時のような恐ろしい顔はどこにいってしまったのか、普通に私に話しかけてくれるのが嬉しいようで寂しい。


「黒田と沙夜仲良かったっけ?」
「あ?フツーだよフツー」
「じゃあなんで沙夜のノート借りるの?」
「前に一回たまたま借りたら見やすかったんだよ。男子に借りると字が汚くて読めねーし」
「オイ黒田!それ俺らのことかよ!」


私の友人からのツッコミも卒なくかわして、男子の輪の中に戻っていく黒田。囲まれながら、笑ったり怒ったりしているのを見ると、やっぱり好きだなぁと思う。


「黒田、沙夜のこと好きなんじゃないの?」


ニヤニヤした友人が耳元でそんなこと囁いてくるから、私は慌てて両手を振って否定した。


「そんなことないよ」


そうやって、私はちゃんと黒田との約束を守る。丸ごと私の青春を黒田に捧げると、告白を受け入れてもらった時に決めたのだ。それをわざわざ自分で壊すことなんてしない。

黒田が付き合っていることを内緒にしたい理由を、ベッドに潜ってずっと考えていた。もしかして私が彼女だと恥ずかしいんだろうか。男子から揶揄われるのが嫌なのかもしれない。目立つのが嫌とか?でもそもそも黒田は教室でも中心にいるような人物だし、目立つのが嫌そうな感じでもないしなんなら目立ってなんぼな性格をしている気もする。ならやっぱり私に問題があるのかもしれない。なんて、悩んだあの日が懐かしい。


「黒田」


昼休み、黒田とお昼ご飯を食べるために中庭へとやってくれば、もうすでに黒田はベンチに座っていた。大きなメロンパンの袋をあけようとしていた黒田は名前を呼ばれると、チラリと私に目線を向けてから、片手でトントンと自分の隣を叩いてくる。そんなことしなくたって、今から隣に座るに決まってるのに。と、思っても口にはしないようにしている。この1ヶ月、こうして黒田と過ごしてきて学んだこと。黒田から向けられるこうした小さな愛情、ひとつひとつ突っ込んでしまったらダメなのだ。そのまま受け入れて甘えてしまうのがいい。私が黒田の横にピッタリと腰を下ろせば、ふんっと満足そうに笑ってメロンパンにかぶりつく黒田。きっと突っ込んでいたらこんな満足げな笑顔を見ることは出来なかっただろう。


「チョココロネでいいか?」
「うん、ありがとう」
「いーえ。つーかこんだけで足りるのかよ。他にも買ってくるか?」
「大丈夫だよ」
「本当かよ」
「うん。それに黒田がまた買いに行っちゃったら一緒にいる時間減るじゃん」


そう言って隣の黒田を見つめれば、またあの時のような恐ろしい顔をしている。眉間に皺がよって、口は一文字に結ばれていてぱっと見はどう見たって怒っているようなそんな顔をしている。現に私もあの時は、この人は怒っているのだと思ってしまったわけだし。

けれど1ヶ月経って、黒田のことをただ見ているだけじゃなくなって分かったことがある。男女混合体育の時、どこからか視線を感じること。席替えをした後、隣の男の子と話していれば必ず黒田がその会話に混じってくること。部活の話をする時、黒田が一生懸命私にも分かるように簡単に自転車競技について説明してくれること。私が黒田、と名前を呼ぶと必ず眉間に皺を寄せてゆっくりと振り向いてくれること。そしてそんな時は必ず、顔がほんのり赤く染まっていること。今だってそうだ。よく見たら顔が赤いので今怒っているわけじゃなくて、この人は照れているだけなのだ。恥ずかしいのか嬉しいのか、そこまでは分からないけれど色んな感情を耐えるためにこの顔をしているのだとどうと、どうしようもなく面白くなってしまう。

私が好きになったのはちょっとクールで大人っぽい黒田だった。全体を引いてみているような感じのくせに輪に溶け込むときには真ん中に飛び込んで行き、誰に対しても上手いこと接することができる。スポーツだって何をしたって大抵クラスの中で上手なのが黒田だったし、褒められて満更でもなさそうにドヤ顔しているのもカッコいいなぁなんて思っていた。そうやって人付き合いは上手いけど、ダメなことはダメとしっかりしているところとか、人に流されない真っ直ぐなところとか、そういうところも良いなぁ、好きだなぁって思って告白した私はちょっと甘かったのだと今になっては思う。きっと私は黒田の一面しか知らずに好きになって、告白までしたけれどそのことに後悔なんてない。


「私、黒田のことやっぱり好きだなぁ」


一生懸命、俺はカッコいいんだぞと私に見せようと頑張っている黒田は可愛くてそれはそれで好きだなぁと思う。
本当は私の友達に突っ込まれてドキドキしてたんだろうなぁと思うと可愛いし、それでも話しかけてお昼に誘ってくれたことが嬉しい。


「っ、おま、っ…」
「もう1ヶ月経つし、みんなに言っちゃおうか」
「ダメに決まってんだろ!」
「なんで?いいじゃん」
「なんでって…」
「なに?私が彼女じゃ恥ずかしいの?」
「んなわけねーよ!んなわけねぇ、けど…ほら、あれだろ」
「あれ?」


あーとかうーとか言って誤魔化そうとしている隣の黒田を、辛抱強くジッと見つめて続きを促す。視線をふよふよと逸らしていた黒田が少しこっちを見た瞬間を狙って、ブレザーの袖をほんのちょっと引っ張って見せれば大袈裟なくらいに肩を跳ねさせてからパチリとかち合う視線。たっぷり5秒くらい、お互い見つめ合っていればみるみるうちに赤く染まっていく黒田の顔。もちろん私の顔だって同じように赤くなっているとは思うけど、私だってもう1ヶ月くらい耐えてきたのだ。
黒田が私のことを好きでいてくれること、見ていれば分かる。大事にされていることも分かる。きっと私が思っていたよりずっと、黒田も私のことが好きだったのだと思う。私なりのあざとい仕草に毎回振り回される黒田は可愛いけど、ちょっとちょろくて心配にもなる。私だからそうなのだと、ちゃんと言葉だって欲しい。


「…っ」
「……ダメ?」
「…多分、俺、めちゃくちゃお前のこと束縛すると思うけど」
「いいよ」
「それになんか、周りから揶揄われたらめちゃくちゃダセェ感じになると思う」
「ふふ、いいよ」
「それでも、俺と付き合ってくれんのかよ」


チラリと、自信なさげに長い前髪から覗いてくる瞳。普段の黒田ならありえないような態度と台詞だけれど、これが私が好きになった人なのだ。知れば知るほど好きになってしまう。私が、黒田のことをこうして乱しているのだと思うと堪らなく愛おしい。


「全然いいよ。私、そんな黒田のことも好きだから」


カッコつけてて、周りを気にしているような人だけれど、そんなところも好きだからいいよ。
だって私は黒田に青春捧げるって決めたんだもん。青春全部黒田にあげるよ。どんな黒田だって丸ごと受け入れてあげるから。


「その代わり、黒田も私に全部見せて、全部ちょうだいね」


そう言えば黒田はまた眉間に皺を寄せて、口を一文字にして顔を真っ赤に染めているのだから可愛らしくて困ってしまう。

私の可愛い恋人。





Back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -