引っ越しを手伝う荒北と思い出


届いた段ボールを一つずつ開けていく作業。昨日は家族が来てくれたから進みが早くて、今日はあと少し!きっと午前中で終わるだろうと見積もっていた私が甘かったらしい。


「うわ、お前こんなんも持ってきたのかヨ」


聞こえてきた声に振り返れば、靖友が段ボールの中から取り出した私の宝物がぎっしり詰まったお菓子の空き缶を開けて目を丸くしている。ひとつひとつ手にとっては珍しそうに見つめる靖友だけど、その缶は開けなくていいからそのほかの段ボールをさっさと開けて欲しいんだけど、という文句はグッと飲み込むことにした。そんな口を聞けばこの男はきっと「手伝いにきてやったのに何だヨその態度はヨォ」とメンチを切ってくるに違いない。
別に靖友にそんな怖い顔をされたって怖くもなんともないし普段とさほど顔も変わらないからどうだって良いのだけれど、ただでさえ進捗が遅れているのだから余計な喧嘩での時間のロスは避けたい。だからシカトしてあげる私のなんと大人で優しい女なことか。というかいくら彼氏だからって彼女の持ち物を勝手に開けないで欲しいところである。まぁ、それもデリカシーナシのこの男しか頼れなかった私の不徳の致すところなのでダンマリを決め込むことにする。偉いね、私。荷解きが終わったら駅前で見かけたケーキ屋さんのケーキを買いに行こうね。

一人暮らしをすることにした。
そろそろ親元から離れて1人で暮らしてみるかぁと、きっかけなんてそんなもんだ。社会人になってしばらく経ち生活や収入も安定してきた。今の自分ならきっと一人暮らしも出来るだろうし、いつまでも実家にいるのはいかがなものかと思い物件を探して、契約して引越をすることにしたのだ。
両親は特段大きなリアクションもなくこのまま平和に一人暮らしが出来る!と思っていたのだがそう簡単にいかなかったのもこの男、高校時代からの彼氏である靖友のせい。
一人暮らしをすると告げたところ、靖友は小さな目玉をこれでもかというくらい大きくしていて思わず笑ってしまったらめちゃくちゃ痛いゲンコツを食らった。それからお前は計画性がないだのお前1人で生きてけるわけないだのやんややんやとほぼ暴言のような文句を聞かされたけれど、私だって黙っていられない。靖友だって一人暮らしをしているのに私ができないわけないだろと啖呵をきり、「普段ご飯作ってあげてるの誰だと思ってるの!?」と一言文句を言えば靖友はぐっと悔しそうに押し黙り見事私は戦いに勝利したのである。
ただ、それだけで終わらなかった。靖友は私の内見にピッタリとくっついて来ては物件に対してあれやこれやと文句をつけた。1階はダメだとか駅から遠いとかコンビニが近すぎるだとか…まぁここら辺で流石の私も靖友が私のことを叱りたいのではなく心配しているのだと察することができて、なんだかむず痒い気持ちになったのを覚えている。


「靖友、それ後で開けてもいいから手も動かしてね」
「おー」


それを思い出してしまえば、もうこれ以上強く何かを言うことはできなかった。まさか一人暮らしすることをそんなに心配するほど、靖友に過保護に愛されてるとは思っていなかったので嬉しくなってしまった私は単純な女ですよね本当に。
仕方ないと、自分が開けていた段ボールが片付いたタイミングでのそのそと手のひらと膝をついたまままだピカピカのフローリングを移動して靖友の隣にピッタリと座ってみる。靖友はと言えばまだ缶の中身に興味津々な様子だ。


「なんかジャンル問わず色々ぶち込まれてッケド」
「宝物箱だもん。これはちっちゃい頃買ってもらったペンダント」
「ゴミじゃん」
「はぁ?これ今売ったら1万くらいするんだからね」
「マジかヨ!売れ!」
「売りません思い出なんですー!」
「わけ分かんネェ」


ジトリと幼女向けアニメのおもちゃであるペンダントを睨みつける靖友。それは私の大切な思い出だから絶対売らないからね。いや、まぁ、昔一度だけ悩んだことがあったけど。あの時は大学生でどんなにバイトを詰めたってなかなかお金が貯まらなかった。サークル代やら昼ごはんやら女友達との食事代にプラスして…あの頃は靖友とも遠距離恋愛をしていたので会いに行くには大学生からしたら相当のお金が必要だった。


ある年のクリスマス、必死にバイトをしてお昼も抜いて静岡までのお金を貯めていた私だけれど靖友のところまで行くには後一歩お金が足りなかった。あの頃の私は彼氏に会いに行きたいからお金を貸してくださいなんて両親にお願いする勇気もなく、この大切なペンダントのおもちゃを売るか本気で悩んで泣いた。そして靖友に会うためなら、思い出くらい…とネットに出品する一歩手前で靖友から連絡があったのをよく覚えている。あの靖友が「クリスマスくらいこっちが会いに行くに決まってンだろ」と言ってくれたとき、私の頭の中では恋人がサンタクロースが流れてちょっとだけ泣いた後、なんだか面白くて笑ってしまったことを今でもよく覚えている。
 

そのペンダントにそんな思い出まで詰まってるなんて、靖友は知るわけないけれど私だって教えるつもりなんてない。
そんなこと考えてジッと靖友のことを見つめていれば、視線に気づいてこちらを見つめ返してきたので私は慌てて靖友が持っている缶の中身へと視線を移した。


「あとは…あ、ネクタイ!箱学のやつ!」
「お前…そんなんもここに入れてンの?」
「うん見てこれ!ほら、卒業式に靖友にもらったやつ。裏に名前書いてある」
「当たり前だろ。俺以外のだったら今ここで修羅場だヨ」
「ボタンもあるし名札もあるよ。あ、ほらこれ!授業中に靖友に投げた手紙」
「それこそゴミじゃネ?」
「これは靖友から珍しく返事が返ってきたやつだからとっといてあるの」
「あ、そ」


そう言って冷たい返事なくせに、耳が赤くなっているのが私からよーく見えるけれど、可哀想なので黙っててあげましょう。
それにしても、宝物が入っている缶の中から出てくるのは靖友に関係するのもばかりだ。卒業式にもらったネクタイとブレザーのボタンに名札。ノートの切れ端の手紙に、昔プレゼントでもらったキーホルダー。やだやだ言う靖友をなんとか丸め込んで無理やりお揃いで買った謎のオコジョのキーホルダー。
まだそんなに長く生きていない私の人生の中で、大きな部分を靖友が占めているのだと改めて気付かされてしまって、なんだか恥ずかしくなる。高校時代から付き合って、それから社会人になった今も隣にいるなんて高校生の私は想像してなかった。そりゃあ、ずっと一緒にいたいと思っていたし別れるなんてことを考えたこともなかったけれど、けれど現実がこうなるなんて…よく頑張ったな私。たくさん喧嘩もしたし、嫌なところだっていくつもあるけれど、それ以上に好きなところがたくさんあって、靖友といるのが心地いい。


「こんなんばっか持ってきて…お前ちゃんと1人で暮らしていけンの?」
「頑張ります」
「今更だけど…一人暮らしなんてしなくても良かったンじゃネ?」
「うーん…だってさぁ」


そう言われれば、そうなんだけど。
その先を言い淀んでいれば、靖友がジッと私のことを見つめてくる。これは、言わなきゃダメなやつかなぁ。言うの恥ずかしいんだけどなぁ。
でもまぁ、さっき思い返せば靖友も今まで恥ずかしいなってことを口にしてくれてたし、肝心なことはキチンと伝えてくれる人だったから、私もそれに応えてあげないと。
ただ、顔を見て言うのは恥ずかしいので、すぐ隣にある細い腰にギュッと抱きついて、少し汗臭い胸板に顔を埋めてからボソリと呟く。


「一人暮らしなら、時間気にせず靖友に会えるじゃん」
「…エッ」
「急に帰りたくないなって時も、どっちかの家にお泊まりできるでしょ?」


そんな理由子供っぽいって笑われるだろうか。ドキドキしてギュッと抱き着く力を強くすれば、聞こえてくるのは靖友の心臓の音。さっきまでよりもドンドンと速く鼓動を打っているってことは…もしかして。
顔を上げようとしたところで、靖友の手に頭を押さえられてしまい私は胸板へと逆戻りすることになってしまった。
まぁ、今靖友がどんな顔をしているかなんて丸わかりなんだけども。


「…ふふ、ときめいた?」
「ッセ」


頭を押さえていた手が、するりと滑って頬っぺたへと移動する。そのまま自然と顔を持ち上げられて、すぐ目の前には大きく口を開けた靖友がいたので、後で合鍵を渡さなきゃなぁなんて思いながらそっと目を閉じた。










Back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -