センチメンタルな気持ちの隼人


Tシャツに短パン、素足でベッドの上に寝そべり適当にテレビのチャンネルを回していたら聞こえてきた着信音。
そういえば、昨日動画を見た後マナーモードに戻すのを忘れてたななんてことを考えながらその場からは1ミリも動かずに手だけを伸ばして放置されていたスマホへと手を伸ばして画面を確認すれば表示されている名前。画面をたっぷり眺めて、理解するまでにゆうに5秒は使った。その前に着信音が鳴り響いていた時間も合わせると、どのくらい時間が経っているだろうか。もしかしたらそろそろ留守電に切り替わるか、もしくは相手が諦めてしまうくらいの時間は経ったかもしれない。
そう思ってからの俺の行動は早かった。さっきまでのだらけた態度が嘘みたいに素早く飛び上がって、ベッドの上に座り込みスマホを手にして通話ボタンを押す。


「もしもし」
「あ、ごめんね。寝てた?」


耳障りのいいソプラノに、柄にもなく心臓が跳ねるのが自分でも分かる。電話だから顔は見えないけれど、俺の頭の中には君の顔が浮かんでしまう。困ったように眉を下げて、俺の機嫌を伺うように低い場所から俺の顔を覗き込むように見上げてくる上目遣いが可愛くて好きだってこと、そういや君に言ったことはなかったな。


「いいや。起きてたから大丈夫だぜ」
「ほんと?よかった」


ダラダラと過ごしていたせいで時間なんて気にしていなかった。風呂に入るのが面倒でテレビを眺めていただけなのだけれど、部屋にある時計に目を向ければ時刻はすでに23時を過ぎてもうすぐ今日が終わるような時間になっている。これはまた随分とだらけてしまったようだ。

東京で一人暮らしを始めてから、寮のありがたみを知る機会が増えた。薄い壁の向こうには必ず誰かがいる心強さ。人の息がそこらじゅうにあったあの頃はそれを鬱陶しいと思うこともあったけれど1人になればそれはそれで物音のひとつもなく1人きりで過ごすことに違和感を覚えてしまう。
ドアを開けて廊下を歩いていれば誰かしらとすれ違いどうでも良い会話をすることが出来たし、ドアを叩けば友人が出てきて他愛のない話をしたりお菓子を持ち込んで映画を観たり。そんなくだらないことが青春だったことは終わってから気づいてしまう。当たり前に、自分で用意しなければ飯は出てこないこと。自分から動かなければ風呂に入ることはできないこと。消灯時間以外も誰の声もしないこと。朝になっても誰とも会話をせず、大学に着くまで1人きりなこと。


「隼人?」
「…あ、悪い。ぼーっとしてた。なんか言ったかい?」
「大丈夫だけど…やっぱり寝てた?」
「いや、本当に寝てたわけじゃないんだけど…なんだろう。感情に浸ってたってやつかな」
「ふふ、なぁにそれ」


電話の向こうの彼女が笑う声がする。ころころと笑う声も可愛いなぁと思う。たくさんいる女の子。大学になってから、周りの女の子たちは突然垢抜けたように思う。みんな同じ服を着て同じような髪型をしていた高校時代とは違い、みんな違う髪型をして、洋服を着て化粧をして、女の子から女になっていることを知る。そんな同世代の女の人たちを大学で見る度に、俺は今電話をしている女の子のことを思い浮かべてしまうのだ。箱根学園の制服で、スカートを靡かせながら歩いている女の子。俺が好きになった頃の彼女のまま頭の中に棲みついている彼女も、きっと俺が知らないところで俺の知らない男に女と思われているのだろうか。そう思うと、俺はたまらない気持ちになる。


「隼人は今日何してたの?」
「んー、午前は部活だったな。部活が終わって寿一と石垣くんと飯食ったよ。大学の近くに美味しい定食屋を見つけたんだ。しかも安い」
「へぇ、いいね」
「今度沙夜とも行きたいな」
「ふふ、私も隼人と行きたいな」
「沙夜じゃ食べきれないくらいのご飯の量なんだ」
「えーじゃあ、残したら隼人が食べてくれる?」
「勿論さ」


同じ都内に住んでいても大学が別だと思っていたよりずっと彼女と過ごせる時間は少なかった。その理由はほとんどが部活に熱中している自分のせいではあるけれど。高校の頃思い描いていたような彼女との生活ではなく、家に帰っても1人。毎週末彼女と会えるというわけでもなく、月に3回くらいデートをするのが今、大学一年生の俺たちの精一杯だった。高校時代は、約束せずとも学校に行けば彼女に会えて、声を聞くことが出来たのに。こうして電話をしないと、俺は彼女の日常がわからないし彼女も俺の日常がわからない。
彼女の日常はどんなものなんだろうか。今日は何を食べて、どんな服を着てどこに行って誰と過ごしていたんだろう。聞けば教えてくれるだろうけど、俺はそれを頭の中で思い浮かべて想像することしかできない。本物の彼女を見て、触れて、声をかけて。そんなことを顔も知らない彼女の周りにいる誰かがしていると思うと、嫉妬でおかしくなりそうになる。
自分がこんなにも嫉妬深い男だなんて、自分でも知らなかった。彼女は、こんな俺を知っても嫌いにならないだろうか。

そんなことを考えて、スマホを耳に当てたまま目を閉じてみる。目の前には、やっぱり君の姿が完璧に再現される。
さらさら靡く髪の毛一本一本、大きくてまぁるい瞳が真っ直ぐに俺を見つめる。目と目が合うとちょっとだけ頬っぺたを赤く染めて視線を逸らして恥ずかしそうに笑う。いつまで経っても慣れないそんな反応が可愛くて、こっちも笑ってしまう。


「あのね、隼人」


ちらりと、こちらの様子を伺うように見つめてくる沙夜。言い出しにくいことがあると両手を前に持ってきて右手で左手の指を引っ張ったり離したりを繰り返すのは沙夜の癖だ。進学先の話をする時も、同じ仕草をしていた。
けれど彼女は真っ直ぐだから、決めたらきちんと言葉にしてくれる。俺が手助けしなくても、前を向いて進んでいける女の子だから。俺は黙って彼女が言葉をくれるのを待つのだ。
小さな口から吐き出された息。きゅっと、一度唇を閉じてから、言葉をくれる。


「お誕生日おめでとう」


笑って、俺の胸に飛び込んでくる沙夜。
腰あたりに回った小さな手が、ぎゅうぎゅうと力いっぱい抱きついてくる。
電話なのに、確かにそう感じる不思議。

気づけば、時計は0時を超えていた。


「…ありがとう、沙夜」
「明日、会いに行くから。ちゃんと直接おめでとうも言わせてね」


甘ったるくて心地良い名前の声が耳に響くと、それだけで俺は心臓が震えてしまう。当たり前にそばにいた女の子。そばにいなくても、そばにいる。確かに俺と沙夜は繋がっている。
たとえ月に3回しか会えなくても、沙夜の周りにいるどんな男よりも、はたまた女の友人よりも、誰よりも。俺が1番沙夜のことを愛しているし、1番沙夜に愛されているのだと思い知る。


「明日、楽しみにしてるよ」
「うん!絶対遅刻しないでよね」
「…努力するよ」
「努力じゃなくて約束して!」
「沙夜、俺さ」
「え、なに?」
「…まだ風呂入ってない」
「嘘でしょ!?早く入って寝てよ!もう!」


ぷんぷん怒る沙夜を思い浮かべて笑えば、どうやらその笑い声は電話の向こうにも聞こえてしまったらしく怒った沙夜に通話を切られてしまった。
あーあ、なんて思いながらディスプレイを見ればアプリの通知が何件も届いている。それぞれルームを開けば高校時代の友人たちからのメッセージ。


0:00 寿一:新開、誕生日おめでとう
0:00 靖友:おめでと
0:00 尽八:元気にしているか?誕生日おめでとう!またレースで会おう
0:00 泉田:お誕生日おめでとうございます。またお時間ある時遊びにいらしてください。いつでも待ってます


「あー…風呂、入ろ」


1人部屋でにやける顔を隠すようにして、スマホをベッドの上に投げ捨てて風呂に向かう。
明日は絶対に遅刻出来ないから、早く風呂に入って寝ないと。折角の誕生日。デート中に欠伸なんてしたらまた沙夜に怒られちまうからな。
きっと俺のために可愛らしい服を着てめいいっぱいオシャレをした沙夜を見ることができるんだろう。楽しみすぎて眠れなかったら、どうしようか。
沙夜のせいだと言ったら、沙夜はどんな顔をするだろう。










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