手嶋のことを愛しているよ


優しくて、頼りになる人だと思っている。私にとっては眩しいくらいに素敵でかっこいいのに、何度伝えてもどれだけ愛情を与えても、彼はぽろぽろと私からの言葉も愛も手元から溢してしまい正しく綺麗に受け取ってくれることがない。
昔からそうだった。確かに器用ではない。何でもできるわけじゃないし、人より何かが優れているというわけじゃない。けどそれでも、それを補おうと誰よりも努力することが私にとっては誰よりもカッコよく見えたし尊敬していて、そんなところを好きになったのだ。だから、私の前でくらいは何も気にせず笑って欲しかった。嬉しそうに、楽しそうに自信を持っていてほしかった。そのために私もいろんな方法をとったけれど、それでもダメなものはダメらしい。


「好きだよ純太」
「ありがとな。こんな俺にそんなこと言ってくれるの沙夜くらいだよ」


困ったように笑って、右頬をかく純太に私はまた何とも言えない気持ちになる。寂しくて悲しくて、だけどお腹の底にはぐつぐつと煮えたぎるような何かがいて溢れそうになる。
私があげる好きの気持ちを、純太は正しく受け取ってはくれない。私は純太にそんな顔をして欲しくて好きをあげてるわけじゃないし、そんな顔の純太が好きなわけでもない。高校生の時から大学生になった今のいままで、ずっとずっと純太のことが好きだ。大好きだから告白して、なぜか遠慮する純太を押し切るような形で彼女というポジションを手に入れて、そこから大切にして、大事にして純太に接してきた。
純太に気持ちを伝える時は、分かりやすい言葉にすること。周りくどいものではだめだ。ストレートに、気持ちを素直にして真っ直ぐにぶつけること。ここが好きとか、カッコいいとか、優しいとか。純太を肯定する言葉を、純太と付き合ってから私はたくさん届けたつもりだ。それは私の心からの本心で素直な気持ちなのに、純太は私の言葉も心もひとつも受け取ってくれない。取りこぼして、ほんの一部だけを掬って悲しそうに笑うだけ。私はいつだって、何年経ったって、純太にそんな悲しい顔しかさせられない。そんな自分が情けなくて、不甲斐なくて嫌になる。純太といると私は、純太のことも自分のことも嫌で嫌でたまらなくなってしまうのだ。

今日もそうだった。バイト帰りに待ち合わせをして私は純太と手を繋ぎながら帰っていた。くだらない話をしていれば純太は普通に笑ってくれるし、純太も同じように話を振ってくれてお互い笑い合って歩く家までの時間は幸せで楽しい。
純太の家のアパートの階段を登っている時、私は今日あった出来事を話していた。なんて事ない話で、それは私にとってどうでもいい事だったのだ。


「そういえば今日、サークルの先輩に告白されたんだけど」


ちゃんと断ったから安心してね。
そう続けて笑い話にするはずだった。純太も安心してくれると思った。だって私が好きなのは純太だけだし、ずっと伝えてきた自信があったから。ちゃんと言葉にもしたし態度気もしてあなたが好きだとたくさん伝えてきたから。
カンカンと、階段を上る足音がひとつだけになる。隣を見ればそこには誰もいなくて、首をまわして階段の下を見れば右足だけを一段乗っけて、動きを止めたままの純太がいた。地面を見つめているせいで、長い髪の毛に隠れて純太の顔はよく見えない。


「純太?」


名前を呼べば、純太はゆっくりと顔を上げた。それでもやっぱり長い前髪と薄暗い夜が邪魔をしていて純太の表情は見ることができない。
この時、私の頭には一つの考えがよぎった。それはやってはいけないことだと分かってはいたけれど、試してみたいという好奇心も強かった。私はいつだって純太にありったけの愛を伝えてきた。しつこいほどに、鬱陶しいほどに愛をあげてきたから、大丈夫だと思っていたのだ。あれだけ与えているのだから、きっときちんと受け取ってくれるはず。純太の中にもちゃんと私がいて、私がどれだけ純太を思っているのか知っているでしょうと、純太のことを試したくなってしまったのだ。そして同時に、純太が私からの愛を受け取った上で、私のことをどう思っているのかも知りたかった。いつも私ばかりが純太に甘えて、与えている。純太から与えられることもあったけれど、それはどこか他人行儀のような、息苦しいような不思議な隔たりを感じることがあったから、私は試したかったのだ。純太から私を繋ぎ止めてくれることを。純太の口で、私が必要だと言って欲しかった。


「…そっかぁ。そうだよな」


そう呟いて、純太が顔を上げる。


「こんな俺のこと好きになってくれる沙夜だもんな。きっと俺より良い奴と、幸せになる未来があるんだろうな」


純太はいつものように、笑ってそう言った。困ったように眉をハの字にさせながらも明るく何も気にしてないような声で笑った。
その場が和むような純太の笑い方は好きだったけれど、私はその瞬間身体中の熱が一気に頭に流れるのを感じた。右手と左手両方を握り締めて、大きな音を立てて階段を一段登る。さっきまで軽い音を立てていたけれど、ヒールが反響してガァンと鈍い音が夜に響く。ギリっと、噛み締めた唇が痛いとかそんな感覚も全くなくて、後々家に帰ってから私は自分の唇を自分で傷つけていたことを知るのだ。


「…帰る」
「は?え、名前?」
「帰る!」


せっかく登った階段を、今度は大きな音を立てて駆け降りていく。まるで怪獣が歩いたような大きくて鈍い音を立てて階段を下ろうとする私の手はすれ違い様純太に掴まれたけれど、思いっきり振り払えばそれは簡単に解けてしまった。それに対してもまたイライラする。自分の中で溜まっていた怒りが沸々とお湯のように沸騰していて頭の中で警報を鳴らしていた。
純太が答える前に私はいくつかの答えを想定していた。ちょっと慌てて、何で返事したんだよって焦る純太。そいつ見る目あるなって余裕いっぱいに笑う純太。何でわざわざそんなこと言うんだよって不貞腐れる純太。けれど実際の純太はそのどれでもなくて、諦めたかのように悲しく笑うだけだった。

私は、純太にそんな顔をしてほしくなかった。そんなふうに言って欲しくなかった。
それじゃあまるで、純太といる今の私も、今までの私も幸せじゃないみたいじゃんか。


ドスドス音を立てて階段を降りていると、後ろからまた手首を掴まれた。もう一度同じように振り払おうと力を込めたけれど、今度は簡単には離してくれないみたいでどれだけ腕を振り回しても純太は私の手首をがっしりと掴んで離さない。


「帰るって、もう終電もないだろ」
「帰るったら帰る。歩いてかえる」
「沙夜」


ピリッとした声で名前を呼ばれて、私も動きを止める。
さっきまで弱々しい声をしていたくせに、どうして私の名前を呼ぶときだけそんな声をするんだろう。まるで私が悪いみたいに、幼い子を叱るみたいな声を出す純太だけれど私は絶対に悪くない。悪いのは、純太の方だ。


「私、悪くない。そんな声出さないで」
「はぁ?何だよ。そんな声って」
「急に怒らないで。怒るならさっき怒ってよ。何で今なの?」
「…沙夜、」
「純太はいつもそう。怒らないし、俺なんかって、そればっかりで私の言葉を全然受け取ってくれないじゃん」
「…」
「何?俺なんかって…私は純太が好きなのに。そんな純太が好きなのに、どれだけ言ってもそんなこと言われて、私どうしたらいいの」


純太が私の好きを受け取ってくれないのが悪い。純太が自分を認めてないことなんて知っているけれど、それでもそんな純太のことを好きでいる私がいることは知ってほしかった。純太が純太を嫌いでも、私は純太が好きだ。優しくて不器用で、誰よりも努力する純太のことを尊敬しているし応援しているし、好きだ。そんな純太のことを好きになった。純太のことが好きで幸せで、隣にいる今もずっとずっと幸せで、私は誰より1番幸せの中にいるって自信があるのに。何よりそんな私のことを、純太には1番に知ってて欲しいのに。


「私は、純太と幸せになりたい。純太のことを幸せにしたいよ」


純太がどれだけ自分を卑下しようと、その分私が純太の良いところを教えてあげるよ。今までもたくさん伝えてきた純太の好きなところ全部教えてあげるし語り明かしてあげる。純太がきちんと、正しく受け取れるようになるまで何度でも何度でも伝えるよ。


「だから、そんな風に私のことを突き放さないでよ」


掴んでいた腕を引かれて、階段でバランスを崩した私のことを純太がぎゅっと抱き締めて抱えてくれた。
ぎゅうっと強い力で抱きしめられて、純太の薄っぺらい胸板に顔が押しつけられる。Tシャツから香る嗅ぎ慣れた匂いに、さっきまでの怒りがしゅるしゅると萎んでいってしまったのが分かる。その代わり、別の何かが込み上げてきて私の目から溢れた涙が純太のTシャツを濡らしたけれどそのくらいは許して欲しい。
私は寂しいのだ。いつも寂しい。1人で純太を好きだと言って、受け取ってももらえない愛の言葉を一方的に投げつけるだけの行為はどうしようもなく寂しい。ちゃんと受け取って欲しい。返してくれなくても良いから、受け取って大事にして欲しいし知って欲しい。私が純太のことを好きだってことを。誰が何と言おうと、私だけは純太のことが好き。絶対に、これだけは約束できる。


「ごめん、沙夜」
「…」
「いつも#名前hがくれる言葉も愛情も、分かってたんだ。分かってたけど、そんなわけないって思う自分もいてさ。知ってると思うけど、俺は俺のことを認めてないし俺よりカッコよくてすげー奴なんて世の中にはたくさんいるし、身の回りにだってたくさんいると思ってる」
「…純太が1番だもん」


純太の薄っぺらい肩に顔を押し付けながらぼそりと言葉をこぼせば上から純太の小さな笑い声が聞こえてくる。


「…そんな中で、俺が好きになった女の子が俺のことを好きでいてくれるって、そんなことほんとうにあんのかよってちょっと疑ってた。ごめん」


大きいわけじゃない。普通で、だけど私よりは大きい手は確かに男の人の手で、その手でゆっくりと頭を撫でてくれる。指で優しく髪の毛をときながら撫でてくれる優しい手。子供をあやすみたいなその手つきが、純太らしくて好きだ。純太はいつだって私に優しい。特別かっこいいわけじゃないけれど、そういう純太の些細な優しさが私は好きなのだ。声色、手つき、仕草。全てで私に大切を伝えてくれる。


「私、純太のこと好きだよ」
「…うん」
「誰に何言われても、どんなイケメンに告白されても靡かないくらい、純太が好きだよ」


ぎゅうっと苦しいくらいに力を込めて抱き締める。隙間なんてないくらいにぎゅっと、抱き締めて伝えるのだ。言葉だけじゃ純太は正しく受け取ってくれないのなら、それ以上のものをあげるよ。いらないって言われてもやめてあげない。


「言っとくけど、俺の方が沙夜のこと好きだよ」
「えーそんなわけないじゃん」
「つーかその先輩って誰?なんて返事したの?ちゃんと断ったんだろうな?」


さっきまでの暗い声と表情が嘘みたいに明るい声で、ふざけた声でそんなこと言う純太のことが愛おしくて、もう一度ぎゅっと抱き締める。
そうだよ。そうやっていてほしい。ふざけた顔して笑って、余裕ぶって私のことを縛っていて欲しい。お前が好きなのは俺だろって、まぁ純太がそんなこと言えるわけないのは分かってるけど、それくらいの気持ちでいてくれればいいんだよ純太は。

私がこの先証明してあげる。純太のことを誰よりも愛してるよってことも、誰より世界で1番純太がかっこいいんだよってことも、私の人生賭けて純太に教えてあげるからね。












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