荒北の言葉が刺さる


高校生にもなって、と呆れられるかもしれないけれど悔しいことがあったり一つのことに集中したりすると、気づけば自分の左手の親指の爪を噛んでしまう。やめなくちゃいけないことは分かっているんだけれど、もはや癖のようになってしまっているそれはどうしてもやめられないのだ。もちろん学校の授業中とか、人前ではやらないように気をつけているけれど1人で宿題をしていたりテレビを見ているとどうしてもやってしまう。そのせいで左手の親指の爪はいつでも短いしささくれもひどいし形も歪になってしまっていて、周りの友達がマニキュアを塗ったりして綺麗な指先をしているのが羨ましくて、そしてコンプレックスでもあった。


「ナニソレ」


声をかけられてハッと我に返る。
向き合っていた教科書とノートから顔を上げれば、真っ黒い目でジッとこちらを見つめている荒北がいた。私の目の前の席に座り同じように教科書とノートを広げている荒北はいつからここに居たのだろう。集中していて全く気づかなかった。そして、集中していたせいで私の親指は自分の口元へと運ばれていたらしいことにも気づけなかった。荒北の視線を追えば私の親指へと向かってることに気づいて、慌てて左手を膝の上へと隠す。


「…なぁ、ナニソレ」


ジッと荒北の黒い目が私をまっすぐに見つめてくる。私は荒北のそういうところが苦手だ。逃げることを許さないと言うか、納得するまで自分を曲げないその強い心が私に向けられるとどうしようもなく逃げたくなる。
クラスメイトの荒北。隣の席になってからよく喋るようになった荒北は見た目は怖いし口も悪いけれど、普通に話す分には面白くて、話せば話すほどただの男子高校生だった。話せば話すほど荒北のことが気になって、好きになる。さり気なく優しいところも、面倒見が良いところも、しれば知るほど好きになってしまった。
けれど荒北は私なんかが好きになっていいような人じゃなかった。真っ直ぐに自分とも他人とも向き合える荒北は私にとって眩しくて、荒北のことを考えるたびにガリガリと親指の爪が短く、歪になっていく。
そんな爪を荒北本人に見られるのは恥ずかしく、そして情けない。クラスの女の子たちはみんな綺麗な爪をしているのに、私の爪はこんなにボロボロで、その理由が高校生にもなって爪を噛む癖があるからだなんて恥ずかしくて死んでしまいそうだった。何も答えず、俯いている私の目の前で荒北がはぁっと深いため息をついたのが聞こえた。ガタリと音がして、私の肩が跳ねる。それからすぐ隣で、椅子に座る音が聞こえた。どうやら荒北は私の隣の席に移動してきたらしい。


「…オメェなぁ」


荒北はそのまま、私の膝の上にあった手を取った。手首を掴まれて机の上へと引っ張り出されてしまう私の手。歪な爪。俯いているせいで、荒北がどんな顔をしてそれを見ているかは分からないけれど、良い思いなんてしてないだろうなということは分かる。
荒北のことは好きだけど、付き合いたいとかそんな大きい気持ちはない。無理だとわかっているから。だけど嫌われたくはない。どちらかといえば好きになってほしい。わがままな私の心が、ふらふらと揺れている。じわりと、目頭が熱くなっていく。


「アーアー。こりゃしばらく治ンネェぞ」


思っていたよりも明るい声が聞こえてきて顔を上げれば、私の親指をジッと見つめている荒北が見えた。その目も、表情も、思っていたよりもどこか柔らかくてこっちの目が丸くなってしまう。
大きな手で、長い指で、すりすりと私の親指を擦るようにして触れる荒北。触れた場所からじわじわと熱が生まれていき、ぼっと顔まで熱くなる。男の子に、そんな風に優しく触れられたことなんてないから、こういう時どうしたらいいのか分からない。これが普通のことなのか、何なのかも分からずにただされるがままに固まる私を見て、荒北はハンッと偉そうな顔して笑う。


「オイ」
「っ、は、はいっ」
「コレ、癖?」
「う…そ、そうです…」
「フーン…勿体無ェな」
「…え?」
「可愛い手してンのに、勿体無ェッつッてんの」


可愛い。かわいい。kawaii。
荒北の口から出ると思っていなかった言葉に、また目が丸くなって口からは声が出なくなる。ぱくぱくと鯉のように口を動かすことしかできない私のなんて間抜けなことか。


「ぷくぷくしてて、赤ん坊みてェな手だな」


そう言って笑った荒北の顔を見たら、なんかもうダメだった。
私は綺麗な手に憧れる。同年代の女の子たちのような細くて長くて華奢な手に憧れる。長くて綺麗に磨かれた爪に憧れる。だから自分の手が嫌いで、コンプレックスだったのに。


「…ありがと」
「ハァ?別に礼言われることなんかしてネェヨバァカ」


嬉しい。もっと、好きになる。
好きな人に褒められたこの手なら、今までよりずっと大切に出来る気がした。まずは爪を噛む癖を治してみようか。そのうちこの手で荒北と手を繋げるようになればいいな、なんて、欲張りかな。





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