新開に片想いを終わらせて欲しい


図書室で手が伸びたのは、普段なら選ばない推理小説だった。シリーズものの最初の一冊を手に取って、パラパラとページを捲る。当たり前だけどページを巡っているだけなので内容なんて分からない。分かるのは文字の大きさとだいたいの文字数だけ。会話が多い文章は読みやすそうだけれど、そもそも私は推理小説を読むのが苦手だ。犯人が誰なのかを読み解いていくよりも、最初から犯人が分かっていてどうしてそうなったのか。なぜそんなことをしてしまったのかを読み解いていく方が好き。だから自分でも分かっている。この小説を借りたところで、きっと私は楽しいとか面白いという感情を抱くことなんてないんだろう。
それでも、この小説を読みたいと思う理由なんてたったひとつ。小説の最後のページにある、借りた人の名前を記録する貸出帳。そこに書いてある名前を、そっと指でなぞってみる。

初めて見た時から、他の人とは違う何かがあった。もともと目立つ人だったけれど、なんとなく目で追いかけて、話を盗み聞きして、気になってしまう。
友達と笑い合う顔も、寒そうにジャージに包まっている姿も、カッコよく見えるなんて重症だ。見てるだけじゃ物足りなくなって、もっと近づきたくなる。好きなものをリサーチしてみたら、食べることと自転車と推理小説ということを知った。だから、触れられるものから触れてみようかと思って手に取った推理小説。


「それ、面白いよ」


すぐ背後から聞こえた声。気配に気づかなかったのは、貸出表の彼の筆跡に夢中になっていたからだ。


「借りるのかい?」


私よりもずっと高い位置から聞こえてくる低い声に心臓が震える。自分は小さいわけじゃないけれど、大きな彼に後ろに立たれるとこのまま包まれてしまうんじゃないかって思ってしまう。前には本棚、後ろには彼。挟まれて少しだけ影ができたことにも、すぐ後ろに感じる体温にも何も追いつけなくて頭の中はぐちゃぐちゃになって心臓はドキドキとうるさいくらいに音を立てているのが分かる。


「えっ、あ…こ、これ、新開くんも借りてるんだね」
「あぁ。そうなんだよ。この前借りたばっかりで、今日は続き借りに来たんだ」
「そ、そ、そうなんだ!へぇー、知らなかった」


何が知らなかった、だ。知ってたから、私は今日図書室にやって来たくせに。そんなの言えるわけがないけれど、白々しい自分の演技にも泣きたくなる。
こんなのすぐにバレてしまうんじゃないだろうか。推理小説が好きな彼の前でこんな挙動不審な態度を晒して、恥ずかしすぎる。せめて顔だけは見られないように、後ろは振り向かないと決めて手元の推理小説へと視線を落とす。またぺらぺらとページを巡って中身を確認しているふりをする。今度は、文字の大きさも何もかも見えてなんかない。震える指でただページを巡っていく作業。
あぁ、もう、私のバカ。せっかくのチャンスなのに、何か話題を振ればいいのに頭の中には何も浮かんでこない。どうして?昨日の夜、ベッドの中ではたくさんたくさん新開くんと話したいなって思ったことがあったのに。まだまだ知りたいこともたくさんあるし、私のことも知ってもらいたいのに、いざとなれば緊張して言葉が出てこないなんて。


「読み終わったら、感想教えてくれよ」
「…え?」
「それ読んでる人他にいなくてさ」
「あぁ、そ、そっか!うん!そういうことなら全然!私でよければ…」


まさかの新開くんからくれたパス。ただのクラスメイトという細い糸でしか繋がっていない私たちがもう少しだけ近づけるチャンス、絶対に逃したくない。本当は興味ない推理小説だって、新開くんが言うなら読もうと思うしきっと好きになれると思う。新開くんと話したい。もっと知りたい。知って欲しい。近づきたい。
そんな気持ちを込めて、意を決して振り返ってみる。きっと私の顔は茹蛸のように赤く染まっているだろう。もしかしたら変な汗もかいてるかもしれない。でも、それでも逃したくないこのチャンス。気づいて欲しい、拗らせすぎた、私の新開くんが好きって気持ちに、1ミリでも。


「って、これは言い訳だな」
「…え、」
「俺が、江戸川さんと喋りたいから。その本読んでくれたら嬉しい」


振り返って、目に入ったのはまるで照れているみたいに顔を赤くしてどこかに視線をやっている新開くん。見たことのない新開くんの表情に見惚れていれば、こっちに視線を戻した新開くんと視線がパチリとかち合う。

あぁ、もう。きっと顔に出ているだろう私の想いに早く気づいて。そして早く、このドキドキする片想いを終わらせて欲しい。





bgm:SOS







Back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -