真波にキスされる


気がついたときには、もう遅かった。視界いっぱいに広がる肌色はニキビもシミも何ひとつもなく綺麗で艶々していて、女の子みたいというよりは赤ちゃんみたいな肌だと。そんなことをぼんやりと考えていれば唇に触れた柔らかい熱。ふにゃりと押し付けられたそれがなんだか分からず受け入れてしまえば角張った手が伸びて来て私の後頭部をガッツリと掴むようにして引き寄せられる。その瞬間ちらりと視界に見えた青。綺麗な色した青が風にさらりと揺れたのが見えて、あ、今私の目の前のこの男は真波なのだと気がついた。赤ちゃんのように羨ましく綺麗な肌をしているくせに、私より大きな手。慌てて距離を取ろうと自分の手で真波の胸板を押し返そうとしたものの、そんなのは何の意味もなかった。触れた真波の胸板は思ったよりもずっと厚くて、そしてガッチリとした男の人の身体をしているのが服の上からでも分かる。そうして知る。
真波が赤ん坊ではなく、歳下の男の人であるということを。


「、まな…っ、」


力で敵わないのならせめて交渉を、と思って口を開いたのが間違いだった。待ってましたとばかりに口の中にぬるりと入り込んできた分厚い舌が私の口の中をぐるぐると回っていく。
キスなんてしたことはないけれど私にだって知識くらいはある。今この状況、私と真波はキスをしている。それも唇と唇を合わせるだけの可愛らしいものではなく、真波の舌が私の口の中で好き勝手に暴れているこれはいつだか教室で流行った少女漫画で見たちょっとえっちなキスだ。ぐるぐる、口の中だけではなく頭の中も臓器も、私の全てを真波に支配されているような感覚。


「沙夜さん」


真波が私の名前を呼ぶ。熱い息を漏らしながら、甘ったるい声で名前を呼んで、細められた目が真っ直ぐに私を射抜く。
真波は可愛い後輩だ。可愛い可愛い後輩。同じ部活で真波は部員で私はマネージャー。真波は山が速いクライマーでよく遅刻をする。遅刻をしてもえへへと笑って、怒られようがなんだようが気にしない。図太くて、だけど人から嫌われない愛嬌がある。
私の知っている真波はたったそれだけ。だから付き合ってるわけでもないし、好きなわけでもない。それなのにどうして今、私は真波とキスをしているんだろうか。
息の仕方がわからなくて口を開けばまたもや真波が入って来てしまう。おまけにどちらのものかも分からない唾液が自分の口から溢れて顎を伝っていくのが気持ち悪い。
どろどろに溶けてしまうんじゃないかという錯覚。目の前がぼんやりする。ふわふわ頭の中で何も考えられなくなる。ただ気づけば、触れ合う熱が気持ちいい。


「沙夜さん」


ちゅっと音を立てて、唇が離れても私は口を閉じることが出来なかった。息を吸って、吐いてを繰り返して肩を上下させる私のなんと間抜けなことが。きっとひどい顔をしてるに違いないのに、私から見える真波は綺麗で眩しい。
後頭部にあった真波の手がするりと流れるように私の頬へと移動した。優しく撫でるように触れられるだけで、ぞくりと背筋が震える。このまま委ねてしまいたいほどに気持ちいい。恥ずかしさもある。照れ臭さもある。でも、それでももっともっと、この先が知りたいと思って自分から手を伸ばしそうになる。そんな自分がいることを初めて知った。
けれどもここで、流されてはダメだと頭の片隅でもう1人の自分が必死に抵抗した。真波の方へともたれ掛かりそうになる身体に力を入れて、そっと真波から距離を取る。


「な、にすんの」
「沙夜さん、好きです」
「…は?」
「好きだから、ちゅーしました」
「…なんで?」
「んー、そうだなぁ」
「…」
「したかったから?」


くりっとした大きな瞳。キラキラ眩しい丸い瞳には一切の濁りがなく、ただ、私を見つめてくる。宝石を散りばめたような、眩いほどの瞳は綺麗で吸い込まれそうになる。流されそうになる。


「私、真波に好きって言ってない」
「うん」
「無理矢理は、犯罪」
「あぁ、そっか。嫌だった?」


嫌だった?と聞かれると困ってしまう。多分私は嫌ではなかった。嫌だったら、突き飛ばすなりなんなり出来たはずなのに、私はそれをせずに真波のことを受け入れた。
じゃあ嬉しかったのかと言われたら嬉しかったわけじゃない。私は真波のことを知っているし可愛い後輩だと思ってはいるけれど好きではない。好きじゃなかった。一度も好きだと思ったことなんてない。


「でもさ、沙夜さんがオレのこと好きじゃなかったとしても」


でも、多分。私はこの先ずっと


「死ぬまで忘れられないでしょ?」







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