黒田にちょっかいをかける



テレビに映る映画は何度も見たことがあるものだった。今、彼氏が出来て浮かれているこの主人公の女の子はこの後元カノのことが気になって彼に別れを告げて、何年後かに都会で再会しまた2人恋に落ちる。別れている間に彼氏には色んな不幸が重なっているけれど、結局彼女はそれらも全部受け入れる覚悟をして2人幸せに暮らしていく。ありきたりなハッピーエンドの恋愛を、雪成と2人でソファに座りながら鑑賞している。

チラリと隣の雪成へと目線をやれば、彼は意外にもこの映画に夢中の様子だった。切れ長の目はジッと画面を見つめていて映画の主人公が泣きそうな顔をするとそれに応じて雪成の眉間にはグッと皺が寄る。どうやら泣きそうになるのを堪えているらしくて、ちょっとだけ可愛い。クールに見えるけれど、普段から喜怒哀楽は分かりやすいほうだと思う。泣くことはないけれどよく怒るしよく笑う。顔に感情が出やすいところが雪成の可愛いところなのだ。


「雪成」
「あ?んだよ、今良いとこ」


名前を呼んでみたけれどこっちを見向きもせず、雪成の視線は映画に釘付け。私も仕方なく視線を映画へと戻せば、確かに雪成の言う通り映画の物語は2人が何年か後に再会したという運命的なシーンが流れていた。手を取り合って、額と額を合わせて涙を流す2人。
それもいいけど、構ってもらえないのがなんだか寂しくなってきた。この映画よりも、私は雪成を見ている方が楽しいし雪成を揶揄う方が楽しい。

思ったことは早速実行。そっと手を伸ばして、すぐ近くにあった雪成の大きな手に自分の手を重ねてみる。ただ重ねただけでは、雪成は何も動じない。それがつまらなくて、今度は指と指の間に私の指を捩じ込んでみた。
さっきよりもピッタリと繋がる手と手。大きな雪成の手に覆い被せるようにした自分の手は、当たり前だけれど雪成のものとは違う。指の長さも、関節の太さも、爪の大きさも。ただの掌なのに、そこに詰め込まれた男と女の違いがなんだかいやらしいなぁ…なんて。今さらバカみたいなことを考えつつ、にぎにぎと雪成の手を柔く握る。

触れ合う温度。指と指が擦れるときのわずかな音。確かめるように、優しく握ったり、ぎゅっと思いっきり力をこめてみたり。ふっと手を離して、ゴツゴツした雪成の手の甲を指でそっとなぞってみたり。

そうしてまた、視線を映画から雪成へと移せば今度こそばっちりと目と目が合った。


「あ、やっとこっち見た」
「…なんか」
「うん?」
「…手つきが、エロくね?」
「あはは、私も思った」
「わざとかよ」
「違う違う。結果的に?なんかいかがわしくなっちゃった」


雪成はなんとも言えないような顔をして、私をジッと見つめている。不貞腐れているのか、ツンと尖った唇が可愛らしい。唇をよく見ると、何本か縦皺が入っている。最近乾燥してるし、リップを塗らないと割れてしまいそうだ。
そういえばさっき触れていた手もカサついていたかもしれない。ハンドクリームを塗ってあげないとなぁなんて、呑気に考えていたらすぐの目の前迫って来た綺麗な顔。


「…雪成」
「お前が悪い」
「な、なに?」
「映画見ねぇでこっちばっか見るわ、なんかエロい手つきで手握ってくるわキスしたそうな顔するわ…何なんだよお前」
「え、そんな顔してない」
「してんだよ」


反論しようと口を開いたけれど、声を出すことは叶わなかった。優しく一瞬だけ触れた唇。私の目に映るのは伏せられた長いまつ毛で、あ、雪成ってまつ毛が長いんだなぁなんて思う。

ついさっきまでは、私が主導権を握っていたと思ったのにあっという間に形勢逆転されて、私は何度も何度も触れる唇に応えることしか出来なくなってしまった。触れるだけのキスを何度も繰り返される。音もなくただ触れるだけなのに、触れる温度が気持ち良くて、諦めて目を閉じる。さっきまで私が触れていた雪成の手が、私の首筋をサラリと撫でると背筋がぞわぞわしたような不思議な気持ちになってしまう。雪成の手つきの方が、私よりもよっぽどいかがわしい。
そもそも、雪成が映画に夢中だったからいけないのに。私が雪成のことを揶揄いたかったはずなのに。照れて頬を赤く染め、ぺらぺらと有る事無い事を一生懸命喋る雪成が見たかったのになぁ。
キスの合間にそっと目を開ければ、細められた雪成の目がギラリと光ったような気がした。薄い唇は綺麗な弧を描いて、楽しそうに笑っている。


「沙夜」


唇が触れる寸前で、囁くように呼ばれた甘ったるい名前にカッと身体中が熱くなる。そのまままた食べられるようにキスをされる。今度は触れるだけじゃなく、息も出来ないようなキスを繰り返しながら、雪成の手が私の首筋から、なぞる様に腰まで降りてきてグッと引き寄せられてしまうからまた2人の距離が近くなる。


「ふ、ゆき、」
「んー?」
「くるし、いっ!」
「沙夜は肺活量雑魚すぎんだよ。ちったぁ運動しろ」


そりゃ雪成と比べたら肺活量はないかもしれないけれど。こんなにねちっこくキスをする方が悪いと思う。なんて言い訳はせずに素直に降参すれば、ちゅっと音を立てる可愛らしいキスをされてようやく終わったかとほっと胸を撫で下ろす。息を整えるために、はぁーっと息を吐き出せば、雪成が私の肩をトンっと押した。完全に油断して力を抜いていた私は簡単にソファへと倒れ込んでしまう。

ガッチリ捕まえられた両手。天井を背景に、ニヤリと楽しそうに笑う雪成。


「言ったろ?沙夜が悪い」


私は、雪成の恥ずかしがるときの顔が好きだ。
慌てて有る事無い事を一生懸命話しながら必死に恥ずかしさを隠そうとする不器用な雪成が好きで、可愛いなぁと思う。


「な、沙夜」


でも今、目の前でギラギラした目をして私を見つめている雪成は、私しか知らないのだと思うと胸がぎゅうっと締め付けられて、お腹の中がぞわぞわする。

もっと知りたい。触れたい。見たい。
雪成の全部を知りたいなぁと思うから、私は手を伸ばして雪成のことを受け入れてしまうのだ。






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