黒田もそこそこ浮かれている


3年生になった日。集められた体育館で配られたクラス分けの紙を見て、その場で飛び跳ねそうになったことをよく覚えている。
まず探したのは自分の名前。クラスを確認して、次にしたことは同じクラスの中から好きな人の名前を必死に探した。あいうえお順だと、前の方。目線だけを動かして見つけたその名前が嬉しくて、何度も確認した。
同じクラスということは、教室に行けば毎日会える。おはようと挨拶もできるし、部活がんばってねと声をかけることもできる。もしかしたら席替えで隣の席になれるかもしれない。2人で日直になることだってあるかもしれないあ、文化祭は?修学旅行だって、一緒の班になってまるでデートのような気分を味わえることがあるんじゃないか。
まだまだ先のことなのに、頭の中に一瞬で浮かんでくるこの先彼と過ごせるチャンス。今、このことを彼に話したら「普段もそれくらい頭の回転が早ければいーのにな」と意地悪く笑うだろう。
恋は病だと言うけれど、まさにその通りだ。他人からしたらバカだなぁと思うような私の考えだけれど、私にとってはとっても重要であって、天にも登るほど嬉しくて仕方がない。

ふわふわと夢の中にいるみたいだった。その日から毎日学校に来るのが楽しみになった。なんて、本当にバカだと我ながら呆れてしまう。


「沙夜」
「…」
「オイ、沙夜」


ぼーっと外の景色を眺めては懐かしいことを思い出していた私の机を、長い指がトントンと叩く。その音と、耳に入ってきた自分の名前にハッとして前を向けば、眉間に皺を寄せてじっと私を見つめるユキがいた。肩に背負ったエナメルバッグと、その背景の教室のみんなの様子が目に入ってもうすでに帰りのHRが終了していることを知る。


「ったぐ、なにボケっとしてんだよ」
「ご、ごめん!待って!すぐ!すぐ用意するから!」
「別に置いて行ったりしねぇっつの」
「でも、ユキといる時間が減る!」


そう言えば、ユキはきょとんと目を丸くしてからガシガシと右手で頭を掻きむしって俯いてしまった。「あー」とか「うー」とか聞こえてくる呻き声をBGMにしながら私は机の中の教科書たちをスクールバッグへと詰め込んでいく。ずっしりと重たくなったスクールバッグを肩に背負って椅子から立ち上がれば、ユキも顔を上げてくれた。そのまま何も言わずに歩き出すユキの後ろについて行くようにして廊下へと出る。廊下に出てからは、何だか嬉しくてちょっとだけ早足になってユキの隣へと並んでみる。


「…何笑ってんだよ」
「夢みたいだなぁって思ったの」
「はぁ?何が?」
「ユキが隣にいるのが」
「なんだそりゃ。電波ちゃんかよ」


呆れたような顔してわざとらしく肩を落としたユキが私の頬っぺたをギュッとつまむ。思いっきり力を込められたせいでピリピリと頬っぺたが痛んだ。


「いはい」
「じゃあ夢じゃねぇな」
「はひ」
「まぬけ」


頬っぺたから離れた手が私の頭をくしゃりと撫でる。撫でるというか、撫で回されたせいで髪の毛が乱れてしまったけれどそれよりもユキが触れてくれることの方が嬉しいしニッと歯を見せて笑うユキの顔を見たら、なんかもう髪の毛なんて別にいいやってなっちゃう。やっぱり恋は病だ。

3年生になった時、好きだったユキと同じクラスになれたことを知った時いろんな妄想をした。でも想像したそれら全て、私はユキの隣にいなかった。私はただユキの背中を見つめているだけで、隣に立って会話をするなんて考えたこともなかった。ましてや、黒田くんではなくユキって呼べるような関係になることも。ユキが部活のない日にこうして私の席へとやってきてくれることも。何も言わずとも「一緒に帰るぞ」って言ってくれてることがわかる。
貴重な部活休みの日を私と帰ることに使ってくれることまでは、流石に想像してなかったなぁ。私が妄想していた黒田くんは今のユキよりちょびっとだけクールなイメージだった。クラスの真ん中にいて、何でもかんでもスマートにこなしてうまく生きている人。


「ユキってさぁ」
「んー?あ、コンビニ寄っていいか?腹減った」
「いいよ。ファミレス行く?」
「いや、今月もう金欠なんだよ」
「奢ってあげよっか?」
「彼女に奢らせるとかダサすぎだろ。肉まん買おうぜ肉まん」


辿り着いた下駄箱で、上履きからスニーカーに履き替えながらユキが何気なく言った言葉に顔が自然とにやけてしまう。自覚はあるけれど、本人からそんな当たり前のように彼女なんて言われることはいつまで経っても嬉しいものであって、言われる度に私の心を満たしていく。
好きだった。ずっと追いかけていた黒田くん…ユキが、私の彼氏になってしまった。私の名前を呼んでくれる。スニーカーを履いたユキがエナメルバッグを背負い直してから、チラリと私の方を振り返ってくれる。


「んだよ。ファミレスがいいのか?そりゃまた来月な。今日は肉まんで我慢しろ」
「私とユキって来月も付き合ってるの?!」
「…はぁ!?」
「ひぃ!?」


ケタケタと楽しそうに笑っていた顔が一変して、ものすごく顔を歪めたユキが大きい声を出した。びっくりして、肩を震わせてその場に固まって動けなくなってしまう。まぬけにも、私の手からは下駄箱から取り出したお気に入りの白のコンバースがポトリと地面に落ちて行った。あ、汚れたらどうしよ。買ったばっかりなのに!お前絶対汚すから白なんてやめとけというユキの反対を押し切って買ったお気に入りなのに!慌ててしゃがみ込んで汚れを確認してみたけれど、目立ったものは見当たらなくてホッと胸を撫で下ろす。


「良かったぁ」
「良かったぁ、じゃねーよ!はぁ?はぁ!?」
「ぎゃ!ちょ、ユキ!?こわ!」
「怖いのはお前だろ!靴の心配してんじゃねぇよこっちの心配しろ!」
「何でそんな怒ってんの?」
「…あー」


またまた頭を掻きむしりながらユキが奇声を発する。
私が好きになった黒田くんって、こんな癖あっただろうか?話しかけられずに後ろ姿を追いかけていただけだったけれど、その時にはこんな癖なかったと思う。それに奇声を発するようなイメージもなかった。冷静で、周りをよく見ていて動じることなんてほとんどないような人だったのに。付き合うことになって、私の彼氏になってからはよく奇声をあげるし頭をぐしゃぐしゃにして変な顔をする。別にそんなことで嫌いになったりなんかしないけれど。むしろ新しいユキの一面を見れたみたいで私は嬉しい。そしてどうしてそうなるのかも、ちょっとだけ気になる。
そんなこと考えていれば、顔を上げたユキが少し腰を曲げて、私の背丈に目線を合わせるようにして見つめてくる。真っ直ぐに混ざり合う視線。ユキの深くて黒い目と目が合うと、私は心がきゅうっとなる。恋は病だ。こういう病気なのだ。きっと一生治らない。


「沙夜は、俺たち来月は付き合ってないって思ってんのかよ」
「え?ううん。思わない!」
「はぁ?」
「だって私、ユキのことすっごい好きだから。きっと一生好きだと思う!」
「…はぁ?!」
「あ、でもユキが私のこと好きでいてくれればの話だけど」
「…」
「何だかずっと夢みたい。ユキの彼女になれて、嬉しいし楽しい」


そう。私は毎日が楽しくて嬉しくて仕方ない。ユキの彼女として生きれることが幸せだなぁって思う。そしてユキが当たり前のように来月も私を隣に置こうとしてくれていることが知れて嬉しい。きっと私はこの先一生ユキのことが好きだろうなって思うけれど、ユキも同じかどうかなんて分からないから。ただ、来月も一緒にいてくれる予定がユキの中にあるのなら、今から来月までまた一生懸命ユキの彼女として過ごしたいなと思う。そして、ユキがまた私のことを好きになってくれたらもっと嬉しい。そうすれば来月も、再来月も、そのずっと先も私が隣にいる未来をユキが想像してくれるかもしれないし。
考えるだけで笑顔になってしまうのだから仕方ない。きっと今の私、だらしない顔をしているんだろう。


「…あー!!」
「でた!ユキの奇声!それ何なの?」
「沙夜が悪い!沙夜が悪い時にこうなんだよ!分かれ!つーかなんだよそれ!」
「どれ!?」
「あー!クソっ!肉まん奢ってやる」
「え!?金欠なんじゃないの?」
「肉まんくらいじゃ割に合わねぇもんもらってんだからありがたく奢られてろ」


そう言って、んっと差し出された左手。慌てて靴を履いてから、その手を飛び越えるようにしてユキのお腹にぎゅうっと手を回して抱き着いてみる。


「っ…あー!!」


本当は、その奇声が照れた時のユキの癖なんだってことくらい分かっているけれどもう暫くは黙っておこうかな。
面白いし、肉まんも奢ってもらえるし。何よりこうして愛を確かめることも出来るってことは、私だけの秘密。







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