真波に埋められる


太陽に向かって咲いた向日葵。紫色の花をつけて良い香りのするラベンダー。赤、オレンジ、黄色と鮮やかな色をつけたポピー。
放課後のこの時間、園芸委員という謎の委員会になってしまった時は憂鬱で仕方なかった。花や緑に興味はないし、そもそも放課後には部活がある。部活に迷惑をかけるわけには…と部長である福富さんにことのあらすじを話してみれば「任されたのであれば責任を持ってやり遂げたら良い」と言われてしまい、そうなればもうやるしかない。
初めはぶちぶちと文句を垂れながらも、朝の当番と放課後の当番。土の交換や水やりなどなど、手間ひまかけて花壇の世話を続けていれば不思議と愛着が湧くもので。
綺麗に咲き誇った夏の花たち。世話をする前と比べればずいぶんと賑やかになった花壇に向かってホースで水を撒く。ホースの先を指ですぼめるようにすれば霧状になって、太陽に当たった水滴がキラキラ反射している。思わずふふふと笑い声を漏らしてしまえば、後ろから聞こえて来た声。


「楽しいですか?」


突然話しかけられた声に驚き、ビクッと肩を揺らして振り返れば後ろで手を組んだサイジャ姿の真波がニコニコと笑っていた。何も答えずにいればスタスタとコチラに近寄ってきて、水を撒く私の隣にちょこんと小さくしゃがみ込んでしまう。


「部活は?」
「沙夜さんこそ」
「私は委員会だもん」
「ふーん。じゃ、オレも」


オレも、と言われても真波は園芸委員ではないのだから会話が全く噛み合っていない。不思議チャンだなんて呼ばれているのはこういったところがあるせいだろうか。本当ならここで言い返さなければいけないのだろうけれど、どうしてか真波だとそんな気にはならなかった。真波なら仕方ない、ってやつだ。
入部した時から真波は少し変わっていた。ふわふわしているように見えて、自転車に乗るとガラリと空気が変わる。ピリピリしている部員たちの中で真波の周りだけは空気がふにゃりと柔らかくて、可愛らしい顔に笑いかけられればこちらも肩の力が抜けてしまう。「沙夜さん」なんて甘い声で名前を呼ばれることに私はめっぽう弱かった。そして真波もそれを知っているから、何かあれば私の元へとやってきて私の背中に隠れてしまうのだ。

真波のことを好きなのか、と言われれば分からない。可愛いと思うし甘やかしたいとも思うけれど、その隣に立ちたいかと言われると少し違う気がする。

それに、真波の隣にはもっと似合う女の子がいることを知っている。私は、勝てない勝負はしない。


「まだかかるから、部活行きな」
「沙夜さんと行く」
「遅刻するとまた怒られるよ」
「誰に?」


チラリと真波に目線をやれば、群青色した大きな瞳で真っ直ぐに花壇の花を見つめている。
誰に?って、そんなの…


「福富さんに東堂さん、黒田だって怒るでしょ。それから、」
「それから?」
「…他の人だって、みんな怒るよ」


頭に浮かんだおさげ頭の彼女のことは口にしなかった。
私は視線を前に向けたままだけれど、隣の真波がこっちを見たのがなんとなく気配で分かる。


「沙夜さんって花好きなの?」
「なんで?」
「さっき。笑ってたから」


あぁ、やっぱりさっき1人で笑ってたのは真波に見られていたらしい。恥ずかしいからこのままスルーして欲しかったのに。真波はそういうことができない。素直というか真っ直ぐというか、純粋だ。なんでも隠したりはせずにストレートで伝えてくる真波。他人に嫌な顔をされることはないのだろうか。あったとしても気にしてなさそうだし、興味もなさそうだなぁなんて。別に、真波について詳しく知っているわけじゃないけれど。
私にとって真波は同じ部活の後輩というだけの薄っぺらい関係だから。


「ねぇ、沙夜さん」


拗ねたように名前を呼ばれて、ハッと思考を元に戻す。何の話をしていたっけ?花が好きかどうかだったっけか。


「好きだよ」
「へぇ…どういうところが?」
「そう聞かれると難しいなぁ…」


花のどこが好きなのか?元々は好きでも何でもなかった。土の整備をするときに出てくるミミズとか花に群がる虫とかは苦手だけれど、綺麗に咲いた花を見れば心が安らぐ気がする。甘い匂いも鮮やかな色彩も嫌いじゃない。だけどそれだけで、ここまで愛情込めて世話ができたのかというとそうじゃない。
園芸委員は面倒くさい。だから人気がないし、ほとんどの人は部活を優先するため放課後の花壇の世話をバックれてしまう。私だって正直、最初はそのつもりだった。福富さんに言われたから、という理由で世話をするようにしてきた。でもこっちがどんな気持ちであろうと、手間隙かければ花たちはしっかりと応えてくれる。

私が世話をしたおかげで、この花たちは今こうして綺麗に咲くことが出来ているし、反対に言えば私がいなければこの花たちは綺麗に咲くことも出来ない。

使命感まではいかないけれど、私の存在価値をこの花たちが教えてくれるような気がした。私がいないとダメなのだ。私が、私だけがこの花の命を握っている。なんて、大袈裟だけど。


「愛情をかけたらかけた分だけ、ちゃんと応えてくれるところかな」
「…いいね、それ」


そう答えれば、隣の真波がすくっと立ち上がった。真波が同意してくれるなんて意外だなぁなんて思って視線を向ければ、青くて綺麗な目が真っ直ぐに私を見つめている。


「楽しそう」


目と目が合えば、にこりと目を細めて真波が笑う。


「オレもほしい。オレばっかり、ずるいと思いません?」
「…なに?」
「オレはこんなに愛情かけてるつもりなのに。ひどいよね。いっつも、違う何かを気にしてる」


もう一度しゃがんで、真波が手を伸ばしたのは地面に落ちていたさっきまで私が使っていた小さなガーデニング用のスコップ。
拾ったそれを右手に持って、真波が笑う。


「まなみ」
「大丈夫。ちゃんとオレが世話してあげるから」


振り上げられたスコップと、いつものように可愛らしい顔で笑う真波。真波の青い髪の毛が太陽に反射している。キラキラ光って、綺麗だなぁなんて。

やっぱり私、真波のことが好きだったのかも。




*****


さっきまで綺麗に咲いていた花を薙ぎ倒すようにして、一生懸命穴を掘る。
小さなスコップで掘った大きな大きな穴に、動かなくなったものを入れてから、その上にもう一度土をかけていく。
丁寧に、今度こそオレの愛情が伝わるように。途中からスコップを使うのはやめて両手で土をかけてこんもりと山のようにしてみた。この方がなんかそれっぽいし。きっと愛も伝わるだろう。

両手では抱え切れないほどの大きな愛を持っていたのに、沙夜さんは少しも受け取ってくれなかった。

どうしたら伝わるんだろう?どうしたら受け取ってくれる?
オレと同じくらいの愛情を返して欲しい。
ちゃんと応えてほしい。


だから沙夜さんが教えてくれたやり方で伝えることにした。こうすればきっと応えてくれるに違いない。


「好きだよ」


彼女が大切に育てていた花をもう一度そこに植え替えれば、来年には応えてくれるだろうか。














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