荒北が迎えに来る帰り道


ひと目見た時から気に入ってしまったそのサンダル。今年っぽいデザインも大人っぽい高いヒールも全部が理想にピッタリと当てはまっていて、見つけた瞬間に「ほしい!」と思ってしまった。そのまま手に持ってレジに直行しようとした私の肩を引っ掴んで止めた靖友に「せめて試しに履いてからにしろ」と怒られたけれど、もうその時の私の頭の中は可愛いってことでいっぱいで、適当に足を入れて5歩くらい歩いたところで「全然大丈夫!」と笑顔で答えて速攻レジへと向かった。
いや、本当に。試着って大事だよねその場のノリって良くないよね。そう実感したのは次の日の夕方。
とにかく可愛いサンダルに浮かれた私は早速それを会社に履いて行くことにした。デスクワークだし、会社までの行き帰りの歩く時間は合わせて1時間もないだろう。試し履きにはちょうど良いかなって軽く考えていたのだ。呆れた顔して「やめとけ」と忠告した靖友を無視して、ルンルンで家を出たというのに。


「いった…」


そしてこの様である。
足の甲に貼られた何枚もの絆創膏。正直もう、どこもかしこも痛い。どこかを庇うように歩けば別のどこかが擦れて痛いし皮が剥けてるのも分かっている。分かっているけどどうしようもなくて、ただ痛みに耐えて歩くしかないのである。
とぼとぼと最寄駅から家までの道を歩きながら、思わずため息をこぼす。どうしてあの時、靖友の話をちゃんと聞いておかなかったのだろう。
いつもそうだ。別にこのサンダルに限ったことではなくて、私は後先考えずに感覚で物を決めたり飛びついたりしてしまう。もちろんそれで嬉しいこともあるけれど、こうして後悔することも多い。その点靖友は、先を見据えた行動が出来る人だ。ちゃんと考えて、頭を使って効率よく最善な選択ができる。
そんな人の意見を無視して自分を押し通して家を出たものだから、「迎えに来て欲しい」なんて到底言えるわけもなく。足を引き摺るようにして、いつもより遅いペースでヨタヨタと歩くことしかできない。なかなか辿り着かない距離にちょっとだけ悲しくなって来た。さっき私を抜かしていった人はもう見えなくなってしまったし、ヘタクソに歩く自分はどれだけ滑稽に見えるだろう。2箇所くらい痛い場所があったけど、なんか今はもう4箇所くらい痛む気がする。子どもじゃないんだからって思うけど、じわりと視界が潤んでいく。痛みと、自分の間抜けさに。


「だぁから言っただろォが」


溢れそうになる涙を耐えて下を向いて歩いていれば、前から聞こえて来た声。


「ッたく…浮かれすぎなんだヨ。学習しねェな」


ぽてんと足下に放り投げられた、某テーマパークで買った黒いビーチサンダル。顔を上げれば、朝と同じように呆れた顔して私を見下ろしている靖友がいる。


「…や、靖友ぉ…」
「ハァ?いい歳してナニ泣きそうな顔してんのお前」
「だ、だって…足痛い」
「お前が履いてくって決めたんだろォが」
「だって…可愛かったんだもん」
「ハイハイ」


靖友は正しいし何も間違っていない。そうだよ私が決めたことだもん。でもだって可愛かったんだもん。気に入っちゃったんだもん。今日履いて行きたかったんだもん。仕方ないじゃん。
そんな言い訳を考えながらも、大人しくビーチサンダルへと履き替えればお気に入りのサンダルは靖友の右手に回収されてしまった。そうして左手は、私の右手を取ってスタスタと歩き出す。


「会社で座ってたら、浮腫むだろうが。そしたら朝より足デカくなってんだからキツくなるに決まってンだろ」
「…靖友って天才?」
「ジョーシキだヨォ」


バカにしたようなことばっかり言ってくる靖友だけれど、絆創膏だらけの私の足をチラリと見て顔を歪めたことを知っている。
心配してくれて、一度帰ってから私のことを駅まで迎えに行こうとしてくれたこと。暑い中急足で来てくれたからTシャツに汗が滲んでること。歩く速度がいつもよりゆっくりなこと。バカバカ言うけれど私のお気に入りのサンダルをバカにはしないこと。
やっぱり、靖友はすごい。私よりずっと大人で、私はそんな靖友のことが好きだ。


「…私も靖友みたいになりたい」
「ハァ?」
「ちゃんと考えて、大人の考えができるようになりたいなぁ」


そう言えば、靖友は小さい目をまん丸にして私を見つめてきた。それからはぁーっとわざとらしく長いため息を吐いてから口を開く。


「別に、いいんじゃねェの」
「…でも迷惑かけてるし」
「俺は俺で、お前のそういう単純なところとか、好きな物を全力で好きになるところとかは見てて楽しいッつーか」
「…え?」
「別に、迎えに来るのも悪くねェし。もしお前が間違えても俺がいるし」
「…」
「こうして2人でいればなんとかなンだろ」
「…」
「…黙ンなヨ」
「いや、カッコよすぎて…どうした?」
「ッセ!サンダル投げンぞ」
「やめて!」


足は痛いし、蒸し暑くて背中から汗が垂れるし蝉はうるさいし散々な夏の夜だけれど、それでも隣に靖友がいれば今日も良い日だなって思ってしまう。
これからも2人でいれば、多分毎日楽しくなってしまうんだろうなっていう根拠のない自信。










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