夏になると新開のことを思い出す


気の迷いとか、憧れとか、焦燥とか。思春期特有のぐちゃぐちゃして訳の分からない気持ちに追われていた。何かしたくて、でも何もできなくて、このままじゃ嫌だなぁって思っていて。退屈な毎日の繰り返しに飽き飽きしていたのもあるし、夏の暑さにやられてしまったこともあるかもしれない。
照りつける太陽にイライラして、汗で張り付くTシャツが気持ち悪くて、部屋にこもる熱気が苦しくて…部屋のベットでダラダラと寝転がっているだけ。こんなにも早く夏が終わってしまうなんて思ってなかったから、どう過ごしたらいいのか分からない。退屈、苛立ち、やるせなさ。


「沙夜」


開けっぱなしの窓の外から声が聞こえる。
のそりとベットから起き上がって、メイクもしてないボサボサ頭のまま窓から顔を出せばこちらを見上げている新開が立っていた。タンクトップに半ズボンでひらひらと爽やかに手を振っているけれど、私と同じような顔をしている。っていうか、ちょっと髭も生えてる気がする。せめて髭くらい剃ればいいのに、なんて言うのはやめた。新開からしたら私も髪の毛くらいとかしたらいいのに、と同じレベルだ。


「暇してる?」
「見て分かるでしょ」
「そっか」
「…」
「…」
「沙夜」
「なに?」
「…俺の部屋来ないか?」


その言葉の意味が分からないほど子どもじゃない。健全な高校生の私と新開。自転車競技部のエーススプリンターとマネージャーであって、私たちは付き合ってるわけではない。多分、私にとって1番近い距離にいる男子が新開で、新開にとって1番近い距離にいる女子が私。そして新開が私のことを好きなのかどうかは知らないけれど、私は新開のことは好きだ。

夏の暑さが鬱陶しい。べっとりする汗が気持ち悪い。目を閉じるとあの日の光景が嫌でも浮かんでくる。ジリジリ五月蝿い蝉が鳴く中で、表彰台の上にいるのが、どうして彼らじゃないんだろう。疑ったことなんてなかった。当たり前に手に入るものだと思っていた私が愚かなのは分かっている。それでも納得できずに未だに受け入れられていないのはきっと、彼らが泣いたところを一度も見ていないからだ。別に、私の前で泣いてほしいわけじゃないけれど。何も知らない、何もできないのは私が女だからだろうか。もし一緒に走れたら、なんて。馬鹿みたいなことを考えても仕方がない。だったら、私に出来ることはなんだろう。


「いいよ」


焦り。不安。ぐるぐる回る言葉にできない感情からどうにかして抜け出したくて。
あの夏の日に、私は新開隼人の手を取った。

新開の部屋は正直に言えば最悪だった。汚いし埃っぽいしクーラーがついてないせいで暑いし部屋の壁は薄いし、勝手に想像していたものとは大きく違った。籠った暑さの中でこんな行為をするなんて馬鹿みたいだ。ベットに押し倒されると、むせ返るように甘ったるい新開の匂いでクラクラして判断が鈍る。
私の身体を這う大きくて角張った手とか、荒い息遣いとか、ギラギラした真っ直ぐな青い瞳とか、自分の口から出てくるあられもない女の声とか。思い出すだけで吐きそうになる。気持ち悪い。虚しい。思っていた初めてとは大きく違ったけれど、それでもあの日のあの瞬間だけは、私は新開に触れて熱を分け合って、思考を共有した気になれた。


「沙夜」


甘ったるい声で名前を呼ばれて、瞼を上げれば熱を孕んだ目で私を見つめる新開がいる。乱れて額に張り付いている髪の毛をそっと指で払えば、嬉しそうに笑うその顔が好きだった。大好きだった。今の今まで、ずっと好きだった。
そんなこと、言えるわけないけれど。
今この瞬間、新開にとって私はマネージャーでも距離が近い女子でもない。へにゃりと笑って押せば簡単に身体を許す、そんな軽い女になってしまったのだから。

良くないことだと知っていて、手を取ったのは私。もう戻れないことも分かってた。それでも良かった。これから先も私の中で新開隼人が生き続ける。夏が来る度に思い出す。誰かに触れられる度に思い出す。グッサリと胸に刺さった、忘れることができない高校時代の甘くてドロドロした汚くて可哀想な思い出。


「俺さ、好きだったよ」


あの頃と変わらない、くしゃりと優しい笑顔の新開がそんなことを言う。

顔は変わらないくせに、あの時よりもずっと綺麗な服を着ているのは今日が元チームメイトの結婚式だったからだ。紺色のスーツに身を包んだ新開は相変わらずカッコよく立ってるだけで絵になる男だった。

あの日と同じ、太陽がギラギラ照り付けていて暑い8月のある日。真っ白な教会のテラスでみんなが拍手をして新郎新婦を祝う中、ふらりと隣に現れた新開が呟いた言葉に思わず顔を上げる。新開は新郎新婦を見つめているので、目は合わなくてホッとする。新開と目を合わせるのは、あの日から苦手だったから。


「好きだったんだ。沙夜のことが」
「…そっか」
「あぁ。だからあの後すっげぇ後悔した。ヤケになって手を出したことも、その後気まずくなっちまって、そのまま卒業しちまったことも」


やっぱりな、と思う。好きだったとしても、それでもあの時のあの行為に気持ちなんてなかった。
ただ私も新開もあの夏を受け入れることができなかった。あまりにも早すぎる、寂しい夏の終わり。蒸し暑い中で大人しくしていることが出来なくて、目に見えない何かに追われていた。ジッとしていられなくて、何かを残したくて、ぐちぐちと身体中を包む感情を吐き出せるなら何でも良かった。


「好きだった」


今更、そんなこと言われたってどうにもならないことを私も新開も知っている。
目の前で幸せそうに笑う新郎新婦に、私たちはなれない。


「私も、新開のこと好きだったよ」


痛くて苦しい夏の日の出来事を、これからもずっと私は覚えている。













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