スカして自信満々の今泉


どうしてまぁ、こんなことになったのか分からないけども気持ちは分からなくもない。人を好きになるパワーとはキラキラ輝いて眩しいものだけではない。ドロドロと鈍くて重たい何かに呑み込まれる女の子たち。それも間違ってはいないのだと思う。恋する気持ちに正しいも間違っているもない。好きという気持ちだけで行動できる女の子たちを、私は羨ましいなぁと思うのだ。


「今泉くんと、あんまり仲良くしないでほしい」


ベタに昼休みの裏庭で呼び出し。1人の女の子を囲って、私を睨みつけてくる女の子たちをジッと見つめ返すだけの私。怖いとか、嫌だなぁとかいう気持ちはとっくになかった。だってこんなのはもう高校に入って何度目のことかわからない。同じことを繰り返していれば、飽きてしまうのが人間というもので。だけど私は知っている。ここで馬鹿正直に「何も感じてないです」なんて態度をとってしまったら明日からの平和はない。少しだけ眉を下げて、泣きそうな顔を必死に作る。あなたたちに歯向かう気はないですよって顔。


「…ごめんなさい」


そうやって頭を下げれば、女の子たちは満足したように笑って姿を消した。パタパタと走り去って行く女の子たちの背中をチラリと見送ってから、顔を上げてふぅっと息を吐く。
何も知らないんだなぁ。別に、今泉くんと仲良くしているつもりはこれっぽっちもない。ただ入学したときに席が隣になっただけ。今泉くんの隣の席は静かで快適だ。忘れ物はしない。遅刻もしない。授業態度もいたって真面目。椅子に座るときは姿勢も正しく、まぁ、強いていうなら足が長いせいか少しだけ机が窮屈そうに見える。
最初に話した言葉なんて覚えてもないけれど、多分大したことではなかった。ノートを貸してほしいとか、そんなことだったと思う。今泉くんが自転車競技部に入っていて、合宿というものに参加していたというのもその時に本人から聞いた。うちの高校に自転車競技部というものがあるというのを知ったのもその時だ。そしてそこから少しずつ今泉くんも会話をすることが増えた。まぁ大抵はノートを貸してくれとかそんなものばかりで、要するに私は今泉くんにとっては公欠した時の板書係にすぎないのである。
彼女たちから見て、今泉くんと私の仲が良さそうに見えるのであればそれは今泉くんの作戦勝ちだ。


「お前…こんなところで何してるんだ?」


そんなことを考えて立ち尽くしていれば、後ろから聞こえてきた声。振り返れば、購買で売られているパンを片手に今泉くんがこっちを見つめている。


「…こんなところって言うところで今泉くんこそ何してるの?」
「オレはパンを買った帰りだ」
「パンを買って教室に帰るならこんなところ通らないと思うけどね」
「…迷惑をかけたな」


気まずそうに目を逸らしながら謝罪の言葉を口にした今泉くん。つまり、今泉くんは気づいていたのだ。自分のせいで私がここで呼び出しをくらっていることに。その割に助けには入ってこなかったけど。影に隠れていただけだけど、きっとあの子たちが手でも出してきた時には助けに入るつもりだったのだろう。いや、そう信じたい。


「いいけどね。でも感謝してほしいかな」
「何がだよ」
「こうして私のこと女避けに使ってること」
「…は?」
「割とうまくやってるんだからね私」


へらりと笑って何でもないふうにそう言えば、今泉くんの口と動きがぴたりと止まった。
どうして私が今泉くんの近くにいられるのか。そんなの少し考えれば分かる。私が近くにいると彼が楽なのだ。私が近くにいれば、女の子たちからキャアキャア騒がれることもない。パッと見て今泉くんを好きになった女の子も、彼の近くに女がいれば諦めることもあるだろう。もちろん諦めずに向かってくる子もいるけれど、それでも数を減らすのにはちょうどいい。今泉くんにとって私と言う存在は友達でもなんでもない。彼が静かに、快適に過ごすためにちょうどいい役割だからそばに置いてもらえている。
だからそこに居続けるためには、私の感情はいらない。あってはならない。何でもない顔して笑っていなければならない。私が、今泉くんに対して特別な感情を持っていないから、何も求めたりしないからそばに置いてもらえる。


「…悪いとは思ってる」


聞こえた声に、あぁやっぱりなと落胆する。だけどそれを表に出すような真似はしない。そんなことをしたらバレてしまう。私が、今泉くんに対して何も思ってないなんていう嘘が。


「だがな、オレは何とも思ってない奴を便利だからって理由でそばに置いたりはしない」
「…は?」


思わず顔を上げれば、どこか遠くを見つめている今泉くんがいる。右手はパンを持ち、左手はズボンのポケットに手を突っ込んでいる今泉くんの顔は少しだけ赤く染まっているように見えなくもない。もしかして…照れてる?あの今泉くんが?どんなに女の子たちからキャアキャア騒がれてもめんどくさそうにして顔を顰めるだけの今泉くんが、照れてる?それってつまり、さっきの言葉も含めて私の都合のいいように解釈していいんだろうか。


「そんなことしたって無駄だろう。そばにいたらいつ好きになられるか分からないしな」
「…な、なにそれ…なんか腹立つんだけど…」
「何がだよ」


訳が分からないと言ったように肩をすくめて不思議そうな顔をする今泉くんは本気で分かってないらしい。だってそれって、つまり"オレの隣にいたら女子なんかいつかみんなオレのこと好きになっちまうだろ?"っていう風に聞こえるんですけど。え、まさかの自覚なし?素で言ってるのかこの人。私が思ってたよりずっとスカしてるんですけど。


「好きになってもらって構わないから、お前をそばに置いてたんだ」


フンっと偉そうな顔して、高い身長で私を見下ろしてくる今泉くん。それを見つめて間抜けにもぽかんと口を開けるしかない私。
今泉くんは私の気持ちを知っていたわけじゃない。ただ、自信はあったってわけだ。近くにいれば好きになるだろうと。そして私だったら今泉くんのことを好きな女の子たちともほどほどに上手くやるだろうってことも。
まんまと今泉くんのことが好きになってしまった私。つまり、最初から今まで全部今泉くんの作戦勝ちってわけですか。


「お前は静かで助かるからな」
「…何それ。それじゃやっぱり私が便利だって言ってるようなもんだよ」
「……これ以上オレに言わせるつもりか。お前頭が良いんだから分かるだろ」
「そーやってスカしてないで好きくらいハッキリ言ったらどう?」
「やっぱり分かってるじゃねーか」


くるりと踵を返して、スタスタと歩いて行ってしまう今泉くんの背中を慌てて追いかける。そして隣に並んで一緒のペースで歩きながら覗き込むようにしてチラリと顔を見つめてみれば、目と目が合った。細くて切長の目にギロリと睨まれてしまったので、仕方なく前を向いて黙って歩く。どうやら思ったよりもずっと照れ屋な彼氏さんらしい。


ポケットに突っ込まれたままの彼の左手と、私が後ろで組んでいる右手が繋がれる日はきっとまだまだ先だろう。








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