振り回される黒田


嫌な女だなぁという自覚はある。
もし自分の彼氏がこんな女の相手をしてるって知ったら、私だったら死にたくなる。そんな女ほっときなよってヒステリックに当たり散らかして、それでもやめないのであれば別れることすら考えてしまう。それほどのことをしていると、分かっているのにやめられないのは全部私のせいだ。私が弱いから、強くなれないから、こうしていつだって泣きたい時にはスマホの履歴から名前を探して電話をかけてしまうのだ。時間も気にせず、私がかけたい時にかけるだけ。こんな関係良くないって分かってるんだけどなぁ。


「…何時だと思ってんだよ」
「あはは…寝てた?」
「寝てたし、ビビってベットから転げ落ちたっつーの」
「ごめんね、ユキ」
「もう今更だろ。で、何?今回はどんな喧嘩なんだよ」


いつ何時にかけても絶対電話に出てくれるユキに甘えている自覚はある。口ではどれだけ文句を言ったって不貞腐れた態度を取ったって、結局はこうして私の話を聞く体制を取ってくれるのを知っている。
黒田雪成とは、高校時代からの付き合いだ。始まりなんて忘れてしまったけど、なんとなく話をするようになって距離が縮まり、私にとっては大事な男友達になっていた。部活のことや友達のこと。テストのことや進路のことまで何でも話せたし、当時からずっと私の彼氏についての相談にも乗ってくれるのがユキだった。ユキはいい意味で私に優しない。女の子に相談したら「そんなことないよ」なんて優しくなだめられることも、ユキに言えば「は?バカかよ」なんて忖度なく厳しい意見をくれるから、私はそんなユキのことをたくさん頼ったし、ユキもまた呆れた顔をして「お前は俺がいなくちゃダメだな」なんて言って呆れたように笑う。
ユキに話すと安心する。だから何でもかんでも私はユキに頼るようになってしまって、そんな関係が卒業してからもずるずると続いている。


「…ね、ユキ。私どうしたらいいかな」
「知らねぇよ。何でもかんでも俺に聞くなっての」
「ふふ、そうだよね。私とカレのこと、ユキには何にも関係ないのに」
「…あぁ。そうだよ」
「安心するんだよね」
「は?」
「ユキに背中を押してもらえると」
「っ……そーかよ」
「うん。だから私、もうちょっとカレのこと信じてみるね」


耳元から、息を吸う音が聞こえたけれどユキは何も言わなかった。それでいい。それが正しい。言いたくなかった台詞だけれど、絶対にこれが正しいのだ。私にとっても、ユキにとっても。

良くないことをしている。
深夜0時過ぎに高校の同級生だという女友達からの電話。ユキは今どこにいるのだろう。もしかしたら彼女の家のベットの中にいるのかもしれない。彼女が隣で寝ているかもしれない。それでも、きっとユキは電話に出てくれるんじゃないかって試してしまう。分かっているのに、私はユキに頼ることをやめられない。ずるい女で、本当に嫌になる。


「ユキ」
「なんだよ。まだなんかあんのか?」
「…ユキ、」


信じられないほど、甘ったるい声が出てしまい自分でギョッとした。ユキはこんな私のことどう思っているんだろう。いつもバカな彼氏に振り回されるバカな女だと思っているのだろうか。だとしたらなんで優しくしてくれるんだろう。今までの彼氏たちよりも、ユキの方がずっとずっと私に優しくしてくれる。厳しいことを言っても、呆れても、最後には私のことを肯定してくれるユキの優しさが心地よかった。でもいつからか、優しさだけじゃ物足りなくて、寂しい。私がほしいのはそんな優しさじゃなかった。
優しくされても、背中を押されても、満たされないものがある。

夢を見ている。現実主義で理性の塊みたいな男が、私のためだけに道を外してくれることを。


「…沙夜、今どこにいる?」
「ユキ」
「どこにいるか、言えよ」
「……」
「言えば与えてやるから」


本当は、駆け引きなんて得意じゃない。それっぽい台詞をどれだけ言ったってユキにどう聞こえてるかなんて分からなくて、毎回後悔していた。もしかしたら私だけかもしれない。だとしたら、もうこんなことはやめなくちゃって、そう思っていたのに。


「…家」
「分かった。5分で行くから待ってろ」


電話の向こうで、ドアが閉まる音がしてそのまま通話は途切れてしまった。ツーツー、と無機質な音が聞こえるスマホを手から落として、そのままベットに潜り込んで目を閉じる。
ねぇ、ユキは何も悪くないよ。悪いのは私だけ。だから自分のことを責めないでほしい。私のせいにしてほしい。私のカレのことなんて気にしなくていいし、もし私の妄想ではなくて本当にユキに彼女がいたのなら私のことを殴ってくれていい。
多分、きっと、ずっと好きだった。誰といても、何をしていてもユキのことを考えてしまうくらいには私の頭も心もとっくにユキでいっぱいだった。何度も夢を見た。ユキに抱き締められて、2人で笑い合う夢を。

玄関のドアが開く音がする。そういえば、鍵をかけていなかったっけ。そのままドスドスと短い廊下を進む足音が聞こえて、ベットのすぐ近くでピタリと止まる。


「沙夜」
「…」
「本当は、昔から何相談されてもさっさと別れろバカ女って思ってたっつったら怒るか?」
「…怒らない」
「そっか」
「…ユキ、ごめん」
「いいよ。抱き締めてやるから、早く出てこいバカ女」


その言葉を聞いて、ぶわっと目頭が熱くなる私はどこまでも自分勝手なバカ女だ。だけど止められなくて、勢いよく布団から抜け出してそのまま手を広げて待っていたユキの腕の中へとダイブする。急いで来てくれたユキの身体は少しだけ熱を持っていてあたたくて気持ちいい。背中に回された、想像していたよりもずっと逞しい腕がぎゅうぎゅうと私のことを抱き締めてくれる。ほろりと溢れる涙は、もう何の涙かわからない。嬉しいのか、悲しいのか、つらいのか。全部入り混じってしまっているけど、私もユキも確かなことはひとつだけ。


「ずっと好きだった」
「俺の台詞だバーカ」


ごめんね。私は、誰かを傷つけてしまったとしてもやっぱり、どうしてもこの人が欲しい。












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