男として見てほしい悠人


今日は朝から気分が悪かった。別に体調が悪いとかじゃない。理由は分からないけど、気分ではなく機嫌が悪かったのだ。どうでもいい小さなことにいちいちイラついて、そんな自分にまた腹が立って。教室にいれば誰かしらから声をかけられてその度にニコニコと上っ面の笑顔を向けることも面倒臭いしそんな対応をしている小さい自分にもイライラして…あぁこのままじゃボロが出るなって思ったので保健室へと逃げ込んだ。
保健室の先生は、ちょっと眉を下げて体調が悪いと言えば簡単にベットを貸してくれた。美人だと有名なこの先生は、自分が生徒たちからどんな風に言われてるのかも分かっているんだろう。首を傾げたり、長い髪の毛をこれ見よがしに耳に掛けながら心配そうに色々なことを聞いてくるのも鬱陶しい。誰も見ていないならと、クラスメイトに向けていた笑顔を封印して目で圧力を送ればようやくカーテンの向こうへと消えていってくれた。ホッと肩を撫で下ろしてから、硬い布団にくるまって目を閉じる。


「悠人なら大丈夫だよね」
「…は?」
「だって私だもん。何もないでしょ」


目を閉じて頭の中で浮かぶのは、サラリとそんなことを言ってのけた沙夜の顔。思い出すだけでまるで腹の中に石でも溜まっているかのように気分が重たくなる。
それなりにアピールして来たつもりだった。他の女の子よりもとびきり優しく接したし、受け取り方によっては告白にもなるんじゃないかってくらい好意を込めた言葉もぶつけたことがある。まぁ、それら全部を沙夜はふにゃりとした笑顔でスルーしてくれたけれど。
2人きりで遊びに行かないか、と誘った。聞いていたクラスメイトはデートだと騒ぎ立てたけれど誘われた張本人は何のその。大きな目を丸くして、顔色ひとつ変えることなく「大丈夫」だと言う。
沙夜のその一言で、嫌というほど思い知らされた。自分が男として見られていないことを。

大丈夫なわけ、あるかよ。高校生の男女が2人きりで遊びに行こうって言ってんだぞ。何もないってなんだよ。これはどっちの問題だ。いや、多分だけど沙夜が悪い。俺は悪くない。沙夜が悪いのだ。俺を男として見ない沙夜が悪い。
どうしたら、沙夜にとって男になれるだろう。背を高くしたらいいのか、もう少しウエイトを増やした方がいいのか、どこかの誰かのように筋肉に沙夜をつけてムキムキになってやればいいのだろうか。
そんなくだらないことを考えては、自分の顔を鏡で見て項垂れた昨日の夜。そりゃあ次の日まで引きずる訳だ。


「…ちくしょう」


小さな声で呟いて目を閉じる。
今まで自分が沙夜にしてきたこと、全部が無駄だったというのだろうか。費やした時間も優しさも返してほしい。なんて、そんなわけない。それでも沙夜のことが好きだからこうしてむしゃくしゃすることを分かっている。だけどどうしたらいいか分からず悔しくて、目を閉じて情報をシャットダウンする。忘れられるわけがない。諦められるわけもない。それでも、そんな沙夜が好きだ。そんな沙夜だから好きになった。わかってて好きになったのだから、これくらいで気を悪くするなんて…やっぱり、悪いのは沙夜ではなく俺だ。
眠ってしまおう。寝て、また一から始めよう。挫けるなんてらしくない。自分でも諦めは悪い方だという自覚はあるから。



*****



「…何これ」


起きて最初に目に飛び込んできたのは、すやすやと寝息を立てる可愛らしい顔だった。
伏せられた長い睫毛。つやつやで柔らかそうな頬っぺた。ぽってりとピンク色した唇。ほら、全部が自分とは違う。この子は女の子なんだと主張してくるから、こっちが恥ずかしくなってしまう。多分赤くなっているだろう自分の頬っぺたを隠すように、掛け布団を引っ張ってる潜り込もうとすれば布団の上に乗っかっている名前の短いスカートが少し捲れ上がってしまった。慌てて布団を元に戻して、この状況を整理する。
すぐ目の前で、右手を枕の様にして丸まって眠っている沙夜。どうして同じベッドの上で沙夜が寝ているのか。こんなにも顔が近くにあるのか。俺が寝た時は沙夜はいなかったはずだから、俺が寝た後に沙夜が自らやってきて、俺がいるのを分かっててベットに横になったということだろう。


「…ほんと、何てことしてくれんの」


寝顔をちゃっかり拝み脳内に焼き付けてから、サラサラの髪の毛が唇にくっ付いているのを手を伸ばして払ってやる。そのまま手を頬っぺたに当てれば柔らかくてあったかい。


「その気があるのか、ないのか、ハッキリしてほしいんだけど」


どうして保健室に来たの。俺のことを探しに来てくれたってこと?
どうして一緒のベットで寝てるの。また、俺なら大丈夫だとでも思った?
ねぇ、他の男にもこんな無防備な姿見せるの?それとも、俺だけ特別だって思ってもいいの?どんなふうに受け取ればいい?沙夜のことが好きなのに、沙夜が何を思っているか分からないから、嬉しくて苦しくてもどかしい。
頬っぺたに添えていた手をずらして、ピンク色した唇を指でそっとなぞる。


「…沙夜」


名前を呼ぶだけで、苦しくなることがあるなんて知らなかった。そんなこと言ったら沙夜は笑うだろうか。俺だって笑いたい。そんなバカなことを考えた自分を自嘲気味に笑って、身体を起こしベットから立ちあがろうとすればそっと、優しい力で手を引っ張られる。


「…ごめんね、悠人」
「…起きてたの?」
「起きてたけど、その…」
「…何?俺がこんなことするなんてビックリした?幻滅した?気持ち悪いなって思った?」


顔を見ることなんて出来ない。どんな顔をしているか、想像するだけで怖くなる。今まで大切に触れてきたから、余計に怖い。怖いけど、でもこのままなんて嫌だ。


「分かってよ。俺だって男なんだって、思い知れよ」


そう言って振り払おうと力を込めた手は、それ以上の力でぎゅっと引っ張られてしまい俺は情けなくベットの上に逆戻りする羽目になってしまった。ぽすりと布団に埋まった身体。白い天井が見えたと思ったら、さっきまで見ていた可愛らしい顔が突然視界に現れて、そのまま近づいてくる。


「…ずっと、好きだよ。悠人のこと、男の子として好き。いつも恥ずかしくて、応えられなくてごめんね」


涙で潤んだ瞳も、困ったようにへの字になった眉毛も、音に合わせて動く唇も、火照った頬も。やっぱり全てが俺とは違う、女の子という生き物だと意識させられる。
沙夜の後頭部に手を伸ばして、引き寄せれば2人自然と目を閉じた。手が早いとか言われてもどうでもいい。手を伸ばしてそこにあるなら、ほしいに決まってるだろ。

ずっと俺ばっかりずるいって思ってたけど、どうやらそうでもないらしい。沙夜はとっくに俺のことを男として意識していたのだ。

だって今こうして、沙夜に女の顔をさせているのは、俺だから。









Back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -