社会人手嶋が迎えに来てくれる


電車の窓から見えるのはしとしと降る雨。会社から駅までは降ってなかったのになぁなんて思いながら景色をぼーっと見つめていると、ガタンと大きく電車が揺れて両足に力をこめて何とか耐える。肩にかけた鞄を胸の前で抱きしめるようにして、また景色に目を向ければさっきよりも雨が強くなっている気がして、はぁっとため息をついた。
朝、少し寝坊をしてしまったせいで天気予報を見る暇なんかなかった。急いで歯を磨いて化粧をして、飛び出すように玄関を出た私と、呆れたようにヒラヒラと手を振って笑顔で送り出してくれた純太を思い出す。その後も優しく『ご飯はコンビニで買うように』だなんてメールをくれるんだから本当にできた彼氏様だ。私にはもったいないくらい、高校時代からずっと彼は優しい。

本来であれば私が笑顔で純太を送り出すべきなのに。早起きだって料理だって掃除だって、全部私より純太の方が上手に出来る。
うーん、私はダメダメだなぁなんて考えていたらアナウンスが流れて、最寄駅に到着。人波に流されるようにして電車から降りて改札を通り抜けた。チラッと空を見ればやっぱりさっきよりも雨足は強くなっている。
スマホで時間を見れば、まぁまだ早めの時間。週の半ばだしきっと純太はそこそこ遅いはず。純太より早く帰れれば問題ないし…少しだけ、雨が止むのを駅で待っていようかな。タクシー使うのは勿体無いし、ビニール傘だって家に持って帰ってもゴミになるだけだ。
本降りじゃなくなった時に走って帰ればいいだろう。そんなに家も遠くないし、帰ってすぐお風呂に入ればいいや。
そんなこと考えて、壁に寄りかかって辺りを見渡せば周りにいる人たちはきっと私と同じような状況だろう。


「あ、もしもし。今駅なんだけど迎えにきてくれる?」


隣にいた女の人がそう言って電話をしている。相手は彼氏さんかな。ニコニコ笑って電話をしているのを見るとこっちまで心が温かくなってしまうなぁ。
電話を切ってからしばらく経つと彼女はパタパタとロータリーへと走っていき、黒い車のドアを開けた。
羨ましく思いながら、小さくなっていく車を見送って心の中でさよならをした。私はまだまだここで雨が止むのを待つしかなさそうです。
車でお迎えなんて、いいなぁ。彼氏さん優しいな。まぁでもね、私の彼氏の方が優しいです。しかもかっこいいんですよ。だなんて心の中でマウントする私は小さい女だ。

そんなことを考えていると、片手に持っていたスマホがブーっと震える。通知を見れば、純太の名前に目がまんまるになってしまった。声はなんとか出さずに済んだけど、きっと間抜けな顔をしてるに違いない。


『遅くなる?俺もう家だけど』
『飯何か作る?冷蔵庫の使って良いか?』


立て続けに来ていた2通のメッセージ。
今日は遅くなると思ってたのに…まさかの展開。純太の方が早く帰ってきてしまったらしい。ご飯を用意してくれようとしてるなんてやっぱり優しいなぁ。一緒に住み始めた時はパスタばかり作っていたけど、今では健康を気にして和食を作れるようになっちゃうんだからすごい。多分元々器用な人なんだろう。


『ごめんなさい。先にご飯作って食べててください』
『残業?』
『今駅で、傘なくて待機中です』


そう送ればすぐに既読がついて、間髪入れずに着信を告げるスマホ。
画面をタッチしてスマホを耳に当てる。


「よ。なに、傘持ってないの?」
「そうなの…鞄この前変えちゃって」
「なぁんだ。そんなの早く言えよ。迎えにいくから」
「え、い、いいよ!ご飯…」
「寒いだろうからちゃんと駅の中にいるんだぞ。すぐ行くからさ」


そう言ってぶちりと切れた通話。
言い返す暇もない。純太の方が私より語彙力もずっと上である。よくもまぁそんなに口が回る…なんて言ったら怒られそうだけど。いや、怒りはしないかな。もしかしたら得意げに笑うかもしれない。
でもまぁ正直、自分から進んで主張できない私の先読みをしてたくさん話してくれる純太が私は好きだし、いつも助かってるんだよなぁ、なんて。

本当は迎えにきて欲しかったんだよなんて、素直に言えない私をきっと純太はわかってるんだろう。分かってて、俺がしたいから良いんだよって言ってくれる。
甘やかされてる!だなんて高校時代のチームメイトにはよく言われるけど、正直自覚はある。甘えてるなぁ、って。
私からも純太に何かしてあげられたら良いのに。


「沙夜!」


顔を上げれば、雨の中早足でかけてきてくれる純太が見える。スーツのままだから、着替える前に飛び出してきてくれたのかもしれない。


「遅くなってごめんな。寒くないか?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
「マフラー持ってきたから、巻いといて」


そう言って手に持っていた青いマフラーをぐるぐる私の首に巻きつけてくれる。ふわふわ暖かいのはマフラーだけじゃなくて、走ってきてくれた純太の体温もあったかい。ぽかぽかする体温が感じられて、心臓がキュッとなる。


「よし。帰るぞー」
「ふふ…ありがとう!」
「どういたしまして。飯どっかで食べて帰る?」
「それもいいね」
「この前見てたあのイタリアンは?」
「行ってみたい!」


そう答えれば、フッと笑って頭を優しく撫でてくれる純太。
スーツ、毎日見てるのにやっぱりカッコいい。足が長いし、ストライプのスーツがさらに足を長くさせてる。胸元にあるネクタイは1年前くらいに私がプレゼントしたものだ。いつもいつも身につけてくれるのが嬉しい。

そうやって純太を見つめていれば…気づいてしまった。


「純太、私の傘は?」
「…あ」


珍しくおとぼけの純太も自分にびっくりしたらしく、大きな目をさらに大きく丸々させている。


「珍しいね」
「…ハハッ、そんなわけないだろ」
「…へ?」
「わざとだよ。わーざーと」


ニヒッと口角を上げて笑う純太、やっぱり昔と何も変わらない。高校生の時から、クールに見えて実はいたずらっ子というか、たまにこういう悪い顔をする。


「沙夜さん。相合い傘、しませんか?」


バサッと傘を広げて、左手を差し出す純太。
まるで王子様みたいだなぁなんて、馬鹿みたいなこと考えてその左手に右手を乗せた。
ぎゅっと優しく、指と指が絡んで傘の中に引き寄せられる。
ひとつの傘の中に2人で入ればそれはやっぱり少しだけ窮屈だけど、心地いいのは純太と2人だからかな。
そんなこと言いたくて、隣を見上げれば思ったよりずっと近くにあった顔。吐き出そうとした言葉はそのまま、柔らかい唇に飲み込まれてしまった。


「可愛いなぁ沙夜は」
「っ、純太がかっこいいの!」
「そっかぁ。お似合いだなぁ俺たち」


ニコニコ笑う純太と並んで歩けば、雨もまぁ、悪くないかなぁなんて。






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