新開隼人と喧嘩をする


心の中で思っていることとは裏腹に、口から出てしまった言葉はもう取り消すことなんかできやしない。あ、と思った時にはもう遅い。目の前の沙夜の大きな瞳がゆらゆらと揺れたのを見たら、ジリジリとゆっくり心臓が握り潰されていくような、そんな感覚になる。だけどそんな顔をさせているのは俺で、ダメだと思ってももう後には引けなくなってしまっている。

だから、こんな時はきっと少し離れた方がいい。冷静になりたい。ひとりになりたい。
それは一緒にいたくないとか、そんなんじゃなくてただ、数分前にぶつけた言葉を後悔して自分で傷ついてるだなんて、クソださい自分を沙夜に晒したくないという俺のエゴだ。


「…ちょっと、出てくる」
「っ…」
「頭冷やしてくるわ」


ぐるぐるぐるぐる、胸の中を渦巻く感情が整理できなくて気持ち悪い。
ソファに投げ捨ててあった上着と、ポケットに財布が入ってることだけを確認してくるりと沙夜に背を向けた。

顔は見れない。見たらいけない。でも、想像はできる。手を伸ばしたたくでも伸ばせなくて、目の縁にはきっと大粒の涙を溜めて、だけど泣かないように堪えて苦しそうな顔をしてるに決まってる。そんなの見たくないし、今はそれをなぐさめるよりも自分が落ち着くことの方が大切だと思ってしまう。
そうやって自分を正当化して、ガチャリと玄関のドアを閉めた。ハァッと息を吐き出せば白くこもる空気と、ピリッとした寒さが痛い。でも今はそのくらいの方がちょうどいい気がした。
上着のポケットに手を突っ込んで、フラフラとあてもなく足を進める。
最後に見た、俺の言葉を間に受けて眉を下げて目を見開いて傷ついた顔をしている沙夜が頭に浮かんでは消えていくのが辛くて、子どもみたいに目の前の石を蹴っ飛ばした。


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「しゃーせー」


やる気のない深夜のコンビニ店員の挨拶をぼんやり聞きながら、真っ直ぐにコーヒー売り場へと向かって安い缶コーヒーを手に取った。冷えた手で握り締めたそれは、すぐに温かさを失ってしまいそうだからなんとなく指先で持ってレジへと差し出す。
そのまま店員から受け取って、また暗い外へと歩き出せば冷たい風が突き刺さる。
マフラー、してくりゃよかった。なんて、そんな余裕なかったくせによく言うよと自分に呆れながら、少し先にある公園へと向かう。
当たり前のように誰もいない暗くて静かな公園のベンチに腰をかけて、またふぅっと息を吐き出す。夜の公園は静かで、自分1人だけの空間はひどく落ち着く。
買った缶コーヒーをズルと流し込んで、またひとつため息をついた。

余裕がある男でいたい、と思うのは悪いことだろうか。好きな女の前でならなおさらだ。いつだって、俺は沙夜のヒーローでありたいし頼れる彼氏でいたい。
だけどどうしたって、上手くいかないこともある。ジクジクと胸の奥から湧いてくる黒い感情や、子供じみた嫉妬を隠せないことがある。そんな思いを持ってるだなんて知られなくないし見せたくないのに、あー…もっと余裕になれよ。大人になれよ。頭では分かっている。沙夜が、俺と同じ気持ちでいてくれることも、信じていてくれてることも。
分かっているのに、こうして試してしまったりするのは俺がガキだからだ。
ひとりになんて、したくなかった。きっと沙夜はどんなに俺が悪くても自分を責める。自分がもっと、そう思ってしまう優しい子なのを俺は知っていたのに、どうしてひとりにしてしまったんだ。分かっているのに、足は動かない。

いつまで経っても大人になんかなれそうになくてただ項垂れる。肩を落として、履き潰した自分の靴をじぃっと意味もなく見つめていれば、ふと、そこに寄り添うように現れたのは小さくて見慣れた靴。


「…あ、の…」
「…なんで」
「だ、だって…マフラーないと、寒いかなって…」


俯いたままの俺に、そっと差し出された青いマフラー。差し出す手が、少しだけ震えているのが見えてまた心が痛くなる。


「…暗いのに、危ない」
「で、でも…風邪ひいちゃうし、」
「…」
「う……隼人、」


声まで震えていて、あぁ、きっと今さっきみたいな顔してんだろうなってのが分かる。
涙を必死に堪えて、下手くそな顔して、無理やり口角上げてる顔が、見なくても脳裏に浮かぶ。
答え合わせをするようにゆっくりと顔をあげれば、案の定思い描いてたのと同じ顔をした沙夜がいた。

目と目が合うと、ポタリとひとつ涙が右目からこぼれ落ちる。


「…っ、ごめんなさい」


その言葉にどうしようもなく、苦しくなって、今まで考えてたこととかそんなもん全部どうでも良くなった。
ただ手を伸ばして、小さな体を抱きしめる。
背中に手を回してぎゅうっと力を込めて、そうすればぐすぐすと鼻を啜るような声が聞こえてきた。

謝らなくてはいけないのは俺の方なのに、優しい沙夜はいつだって俺が言えない言葉をくれる。
すうっと心の中のモヤモヤみたいなもが晴れていって、好きだって、ただそれだけ。


「…寒いのに、ごめんな」


フルフルと首を横に振りつつ、擦り寄るように沙夜も体を寄せてくる。
触れ合っている部分は暖かくて、そこから少しずつ気持ちが溶けていく。もっと触れたい、近くにいたい。離したくない。


「…好きだ」


いつだって思ってる気持ちを言葉にすれば、耳元で聞こえる小さな声。


「私も、大好き」


くだらねぇなぁ。本当にくだらない時間だった。
何を悩んだって結局俺は、沙夜が好きだ。ださくたって、かっこ悪くたって、沙夜が好きだと言ってくれるなら俺はそんな自分も認めなきゃならない。

離れていた時間を埋めるように抱き締めてから、そっと小さくて柔らかい手を握り締めた。


「隼人、帰ろう」
「ん…そうだな」


手と手を繋いだまま、ベンチから立ち上がる。
さっきまで真っ暗に見えた世界が、沙夜がいればキラキラと輝いてあたたかくなる。


「…好きだよ、沙夜」
「…さっきも聞いたよ」


少しだけ照れ臭そうに、だけど嬉しそうに笑ってくれる沙夜がいれば、俺は俺でいられるんだよ。





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