隣の青八木くんは意外と強か
ゆるやかで、凪みたいな人だと思っていた。風もなく波もない、静かで穏やかで大らかな海のような人。私の知っているクラスメイトの青八木くんはそんな人だ。そしてそんな青八木くんの隣の席は意外と心地が良いことを知ってしまった。会話がないのは、息が詰まるようなことではない。もちろん隣同士で小テストの丸付けだとか、意見交換をすることはあるけれども必要以上に距離を詰められることもないしこちらから詰めに行くこともない。ありふれた会話なんてなくても私と青八木くんの間に流れる空気はいつだって緩やかで、気を使わないこの感覚が好きだった。
「青八木くん」
名前を呼べば、パチリと目が合う。
長い前髪から覗く左目は意外と大きくて綺麗な色をしていることを知っている。それから、窓際の席の青八木くんの金髪は太陽に当たるとキラキラと光ってとても綺麗だということも。
「今日、お誕生日なんだって?」
「…どうして」
「さっき後輩の子達が教室に来てた時に聞いちゃって」
「あぁ…騒がしくしてすまない」
「あ、そんなのは全然気にしなくていいよ!」
キョトンと不思議そうな顔をする青八木くんだったけど誕生日を知った理由を話せば納得がいったようで申し訳なさそうに眉を垂れさせた。
さっきの休み時間、普段静かな青八木くんの席はとてもとても騒がしかった。赤髪をした派手な関西弁の男の子と、オレンジの髪をした騒がしい男の子が一緒にやって来てやたらと大きな声で青八木くんの周りをクルクル回ったりクラッカーを鳴らしたりして、それから「放課後は部室で待っててくださいよ!」なんて捨て台詞を残しては嵐のように去って行ったのだから、多分私以外のクラスメイトも皆青八木くんが誕生日なことを知っているはずだ。
私はただの隣人だけれど、誕生日を知ってしまってスルーするほど冷たい隣人ではない。何も用意はしていないけれど、言葉くらいなら伝えることはできる。むしろ伝えたいって思うくらいには、青八木くんとのこの席を気に入っているから。
「お誕生日おめでとう」
そう伝えれば、青八木くんは大きく目をパチクリさせてからすっと視線を逸らしてしまった。あ、やっぱりただの隣人にしては行き過ぎた行為だっただろうか。どうにかして挽回しなければ。
「私、青八木くんの隣の席結構気に入ってるんだ」
「…」
「なんとなく心地良くてさ。緩やかで優しい青八木くんといるとこっちも落ち着くっていうか」
「…緩やか?」
「うん。青八木くんって凪って感じがするから」
凪。風が止んで波がなくなり、海面が静まること。綺麗なその海を見るのが私は好きだ。だから、青八木くんを見るのも好きだ。隣にいるだけで心地が良くて、こっちまで穏やかな空気になれる。うるさい教室の中でも、青八木くんの周りだけはいつだって凪いでいる。
「穏やかなんかじゃ、ない」
「へ?」
「本当は必死に隠してる。伝わらないように。もっと話したくても何を言ったらいいか分からない。頭の中ではずっと、もっと近づけたらいいのにって思ってた」
青八木くんの目がきらりと光る。
ざわざわと心が動いて、落ち着かない。青八木くんが言葉を話すたびに、その意味を理解しようと私の頭も心もフル回転して震えてしまう。
青八木くんの隣は落ち着くから好きだった。必要以上の会話もなく、ただ隣にいるだけであたたかくて優しい気持ちになれたから。
でも今は、心臓がうるさい。意味を理解しようとする私と、いやいやそんなバカなって否定しようとする私がせめぎ合っている。だけど、青八木くんから目を逸らすこともできない。
「隣にいるだけで心臓がうるさくて、毎日抑えるのに必死なだけだ」
フッと笑って、そんなことを言う青八木くんのせいで私は明日からこの席でどんな顔をして青八木くんと向き合えばいいのか分からなくなってしまう。だけど不思議と、ドキドキとうるさい心臓は心地良くて。
あ、そうか。私が好きだったのは静かで穏やかな青八木くんの隣じゃなくて、ただひとりの青八木一くんのことが好きだったんだと気付かされたのだ。