真波とGimmick Game


ゆるやかに、頬を撫でる冷たい指がそのまま滑るようにして私の身体を降りていく。ピクリと身体を震わせれば嬉しそうに笑うその顔が好きだったのはいつの話だろう。今だってその顔は変わらないはずなのに、私の目には彼の指が這った痕が真っ黒に塗りつぶされていくように見えるようになってしまった。その指で、それ以上私に触れないでほしいなんて言ったらどんな顔をするんだろうか。この状況でそんなことを言えるわけもなく、今日もまた流されるがままに目を閉じてベッドへ沈んでいく。何も見えないままに、苦しくて、だけど涙はもう出ない。


「目、開けてくださいよ」
「…いや」
「何で?」


真っ暗な視界で、彼の顔を想像してみる。きっと捨てられた子犬のように大きな目をしてこちらを見つめているに違いない。少しだけ首を傾げて、見上げるように見つめられるのに私はめっぽう弱かった。彼もそれを分かっていたのだと思う。
何で?って、そりゃそうでしょ。嫌に決まってる。そんな言葉、あんたにそのまま返してやるわ。

どうせなら、もう少し賢く隠して欲しかった。いつから気づいていたかなんて、そんなのはもうどうでもいい。初めはまさか、そんな訳ないって信じていた。私の気にしすぎだろう。彼は昔から人との距離が近いところがあったし、電車の中とかで匂いがついたんじゃないか。突然シャンプーを変えたんじゃないか。あぁ、もしかしたら実家に帰ってお風呂に入ってきたんじゃないか。
少し考えれば分かることだ。人との距離が近いのは、気の許せる人だけで彼は意外と他人との距離は取る人だし、電車になんか乗らない。大抵自転車に乗ってどこへでも行ってしまうし、実家なんてしばらく帰っていないと言っていたのをしっかりと覚えている。

ふらりと現れて私の心も身体も、全部をぐちゃぐちゃにかき混ぜては、朝起きたら何も残さず消えている。猫のような人だ。「行かないで」「手を握っていて」そんなわがままを言えばいいと思われるかもしれないけど、彼にはそれを言わせないオーラがあった。きっと言っていたとしても、彼は変わらなかっただろう。縛られることはしない。縛ることもしない。
彼はいつだって自由だった。バカな私はそれが羨ましくて眩しくて、手に入れたくなってしまった。


「真波くん」


手を伸ばして、真波くんの細い首に触れる。
キスをする時のように両手を彼の首に絡めて引き寄せて、動けば触れてしまうような距離で見つめ合った。まるで深い海の底のような青い色はどこを見つめているのだろう。何が見えているのだろう。私はどんな顔をしているのだろう。

白い首によく映える、赤い痕を本人は分かってないのだろうか。


「してくれないの?」


不服そうに、眉を顰めてこっちを見つめてくる真波くんがボソリと拗ねたように呟いた。多分、キスのことではない。


「しないよ」
「…変わっちゃったね」
「ふふ、そうかな」


悲しい顔なんてしてやらない。
まぁでも、真波くんが望むのなら涙くらい流してあげてもいいよ。


「泣かないで」


真波くんの指が私の目から溢れる涙を掬う。バカみたいだと思う。こんなこと、何のためにしてるんだろう。誰が求めているのだろう。私たち以外誰もいないのに、私たちはお互いにもう全てを分かっているのに、まるで誰かに見られているかのように、それっぽい空気を作り出して綺麗な終わりを目指してしまう。別に綺麗じゃなくたっていいのに。優しくなんてないくせに、優しいふりなんてしないでほしい。私が今ここでこの手を引いて、抱き締めてキスをしたところできっとこの人は今日ここを出て行ってしまうのだ。もう二度と帰ってくることはないだろう。一緒に暮らしているわけではないので出て行く、だなんて表現が正しいのかどうかは分からないけど。


「ねぇ、真波くん」
「ん、なぁに」
「私ね、真波くんのこと好きだったよ」
「え」
「あはは、何その顔」


驚いたように目をまん丸にする真波くんを見て、思わず声を出して笑ってしまった。一緒にいた時間は長くはないかもしれないけど、真波くんのそんな顔を見たのは初めてかもしれない。
きっと、もっとこうして笑いあうこともできたはずなのに。私たちはどうしてもうまく噛み合うことができなかった。思い出の中の真波くんはいつだって難しい顔をしていたし、楽しい話は一つもできなかった。何だって良かったのだ。今日の仕事の愚痴だとか、お昼ご飯の話とか、昨日見た夢だとか。そういったくだらない話で笑い合って幸せになることができたら良かったのに。
私は真波くんのことを何一つも分からない。真波くんが私にどんな風に優しくしてくれたかも。どうやって触れるのかも。どんな言葉をくれたのかも。もう何一つ覚えていない。思い出すこともない。

ただ、私は真波くんといると、息苦しくて仕方ない。

だけどそんなカッコ悪いことは言えないから、余裕ぶって笑うのだ。
私が笑うと、それに反比例するかのように真波くんは悲しそうな顔をする。まるで泣き出しそうな、そんな顔をして私を見つめないでほしい。今更そんなのはいらないから、全部持って出ていってよ。


「俺もね、好きだったよ」
「ほんと?嬉しいな」
「あなたのことをもっともっと知りたかった」
「…」
「もっと、俺のことを好きになってほしかった。俺だけを見てほしかった」
「真波くん?」
「あなたが、行かないでって縋って泣いてくれたら良かったのに」


人差し指が、私の首筋をそっと撫でる。ドキリと心臓が跳ねたけど、もうどうだって良かった。真波くんは今何を思っているのだろう。

ねぇ、嘘をついてあなた以外の世界を求めてしまったのは私が悪いわけじゃないでしょ?先に、私以外を愛したのは真波くんなんだから。真波くんの言葉を信じることができなくなってしまったのは、真波くんのせいだよ。


ねぇ、真波くん。私の首筋にだって、嘘はあるんだよ。






BGM: Gimmick Game/ninomiya kazunari





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