ヤマガミになる東堂


いつか、2人で見た景色が忘れられずにいた。

大人になった今も、目を閉じて思い浮かべるのは綺麗な青い空と白い雲。そして私に背を向けて両手を広げる尽八の後ろ姿。
朝焼けの中、キラキラと輝いて見える尽八の背中は手を伸ばせばすぐそこにあったのに、私は何もできずにただただ、広くて大きな背中を見つめることしかできなかった。このまま、箱根の青空に溶け込んでしまうんじゃないかなんて思って、何度も瞬きをしていたら振り返った尽八が笑う。


「眩しいのか、この俺が」


ふざけたように笑ってそう言うから、恥ずかしくてその通りだよなんて言えなかった。

いつの間にか、私よりずっと先を歩いていく尽八が羨ましくて、怖くて、恐ろしくて、愛おしくて。気づけば私から触れることなんて出来なくなってしまった。私の知るところに、尽八はもういなくなってしまったのだ。手の届かないどこか遠くにいる。

私の知らない尽八が、箱根の空に溶けていく。


「沙夜」
「尽八、」
「どうした?お前も、こっちに来い」


手招きをしているだろう尽八の顔は、逆光になってしまい真っ黒に塗りつぶされている。恐ろしくて、私は首を横に振って彼の隣に並ぶのを拒んでしまった。


皆は彼のことを山神と言うらしい。
そんなこと、言わないで欲しい。彼は人間だ。神なはずがない。そう、ずっと一緒に過ごしてきた。自我がないくらいに小さな頃から今までずっと一緒に歩んできた尽八は、確かに人間だったはずなのに。


「東堂尽八?知らないな。沙夜の友達か?」
「東堂尽八ィ?誰だそりゃ聞いたことねェヨ」
「東堂尽八?ウチのクライマーは、黒田だろう?」


トウドウジンパチは、どこへ行ってしまったのだろう。
私の隣にいたのは誰だっけ。

軽やかに山道を登る白い自転車は。
やまびこに響くような高らかな笑い声は。
ひらひらと風に靡くうざったい髪の毛は。


「私が好きなのは、誰だったっけ?」











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