手嶋のお嫁さんになりたい


出来た人だと思う。気遣いも出来て優しいし、そこそこにユーモアもある。手先が器用で、料理も私より上手いくせに私の作った料理を美味しい美味しいと大袈裟なくらいに騒いで笑って食べてくれるし、最後には「また作ってほしいな」なんて言ってウィンクをしてくれるような人。私に触れる時の手つきはとても優しくて、いつも壊れ物のように触れてはヘラリと笑ってキスをしてくれる。
手嶋純太という人は、私の彼氏にしておくには勿体無いくらいの男性だ。
社会人になり、半同棲なんて状態になってもう5年。友人たちからの結婚報告も増えてきて、その度に「次はアンタじゃない?」なんて言われるとなぜか私がプレッシャーを感じてしまい、もやもやする心を隠すようにヘラヘラと笑って会話を流すことが上手くなった。確かに、そうなのかもしれないなぁなんてドキドキしていたのはもう少し前の話。美味しいご飯を食べて、家に帰って友達の結婚報告を何の気無しに純太に話した時のあの顔を思い出すと今でも背筋がブルリと震えるような気分になってしまう。


「すごいよね!もう式場も決めてるんだって!式、楽しみだなぁ。絶対楽しいよね」
「あー…そうなんだ」
「余興とか頼まれちゃったらどうしよう!それにほら、ブーケトスとか憧れだなぁ。受け取っちゃったりして!」


別に、何に気もなかった。ただ友達から聞いた話が楽しくて心が温まってしまって、それを純太にも共有したいってただそれだけ。こういった話をすることで純太に圧力、プレッシャーをかけようとか、そんな気は一切なかったのに。純太はどう捉えたのか、少しだけ困ったように笑っただけだった。あんなあからさまに困った顔をするなんて思わなくて。あれ、もしかして私って純太と結婚できないのかも。なんて思うようになったりして。
それ以降、私は純太の前で結婚という言葉やそれらを匂わせるような会話をするのを一切やめた。
その代わり、必死にお嫁さんになるために必要なスキルをこっそりと学ぶことに力を入れるようになった。

今までは純太に頼りきりだった料理も本を読んだり動画を見たりして和食から洋食まで、色々と手を伸ばして自分のレパートリーを増やしたり、しばらく帰っていなかった自分の部屋を女の子らしく飾りつけたりテレビの裏や窓のサンまで掃除をしてみたり、これは血迷ったと思われるかもしれないけれどいつまでも女として意識してもらうために身体作りとしてヨガに通ったり。とにかく色んなことに手を伸ばして何でも取り入れようと努力をした。それらはもちろん会社に行きながらこなしていたので、今まで半同棲状態で仕事が終われば純太の家へと帰っていたけれど、ここ最近は自分の家へと帰ることが多くなった。
頼ってばかりではダメだ。私は今までずっと純太に支えられてばっかりで、純太を支えることが出来ていなかったと反省しているから、自分の足で立てるようなそんな女になりたい。そしていつかは、私が純太を支えられるようになって、純太にとって理想のお嫁さんに近づけば意識してもらえるようになるかもしれない。
そんな思いで真っ直ぐただひたすら自分を磨いていた結果、純太と最後に会ったのはなんと2ヶ月も前だということに気づいたのがついさっき、純太からのメッセージを見て気づいたって…どういうことなの私。アホなのかもしれない。
「最近会えてないけど、元気にしてる?」なんて当たり障りのない、だけどどこか気遣いのある純太からのメッセージが来ていたのは今から3時間も前。今日は日曜日で仕事が休みだから朝から家の家事をこなして、簡単なヨガをして汗を流してから今までなかなかまとまった時間が取れずに挑戦できていなかったビーフシチューをつくることに没頭していたので、スマホを放置していたのだ。
チラリと時計を見れば時間はもう19時。もしかしたら、今日会おうとしてメッセージをくれたのかもしれないけれど、私と純太の家の距離を考えると今から会うことは多分難しい。
前までの私だったらきっと、何も考えずに簡単に化粧だけをして急いで家を飛び出して純太の元へと向かっていたかもしれない。向こうの気持ちも考えず、ただ私が会いたいという理由だけで会いに行っていただろう。
だけどそれじゃダメなのだ。純太は優しいから私のことを笑って受け入れてくれたけど、「来ちゃった」なんて、そんな無邪気さが許されるのは20代前半まで。私たちの年齢だったらキチンと周りを見て、弁えた恋愛をしていくべきなんだろう。純太とずっと一緒にいたいのであれば、恋愛をしたい女ではなく、結婚したいと思われるような落ち着きのある女にならなくてはいけない。だからどんなに寂しくても、会いたくてもグッと我慢をして良い女を演じようと、そう思って返信をしようとしたらじっと見つめていたスマホがブルブルと震え出した。画面には着信中と、手嶋純太の文字。慌てて通話ボタンを押して耳に当てる。


「え、あ、も、もしもし…?」
「悪ィ、今立て込んでた?」
「ううん。連絡くれてたのに、ごめんね、今日ずっとスマホ触ってなくて…」
「そっか。何してんのかなって、ちょっと気になってさ」
「そっか。ありがとう」


久しぶりに聞いた純太の声に、心臓がバクバクと煩いくらい跳ねるし思わず顔だって緩んでしまう。電話だし、見えないから良いよね。
だって本当は私、すっごく純太に会いたいし純太に甘えてしまいたい。部屋が綺麗になったことも、苦手な料理ができるようになってきたことも、前より少しだけ体が柔らかくなったことも、私のことを全部純太に伝えたいし知ってもらいたい。「くだらねぇー」ってゲラゲラ笑ってもらいたいし、純太の部屋でバカみたいにくっついて色んなお話をして笑い合ってベットに転がり込みたいなぁ。
だけどそれ以上に、純太と結婚したいしずっと一緒にいたいから、今は我慢するしかないって、そう思ってたのに。


「な、今さ、マンションの下にいるって言ったらどうする?」


いつも自信満々な純太のくせに、どうしてか電話の向こうから聞こえる声は純太とは思えないほど弱々しい。


「…はい?」
「やっぱ気持ち悪ィよなぁ。分かってんだけど、なんかさぁ、やっぱり」
「純太?」
「寂しいなぁなんて…思っちまったりして」
「…」
「ハハ、女々しいよなぁ。俺」


化粧もせず、裸足でサンダルをつっかけて慌てて玄関を飛び出していく。部屋着のせいで外は少しだけ肌寒いけれどそんなの気にしていられない。急いで階段を駆け降りてロビーを通り抜ければ、マンションの壁に寄りかかってスマホを耳に当てていた純太がいた。私と視線がかち合うと慌てたように背筋を伸ばしつつ、どこか気まずそうに視線を逸らして後頭部をガシガシとかく純太。


「あー…突然、ごめんな」
「そんなことない。来てくれて、嬉しい…」
「つーかお前、そんな薄着で出てきて…うぉ!」


どうしてとか、さっきまでの私の固い決意とか。いざ純太を目の前にするともうどうでも良くなってしまった。触れられるのなら触れてしまいたい。いつか、まだ先の未来のために今を我慢するなんてバカみたいだ。
なんだか泣きそうになるのを必死に堪えて、勢いつけて純太に抱きついてみる。純太は驚いたような声をあげて少しだけよろけたけれど、細い体をしてるくせにしっかりと私を支えてくれて背中に大きな手がまわる。

今も未来も全部大事にして、ずっと純太と一緒にいたいってそれだけだった。純太のそんな声を聞きたかったわけじゃない。


「じゅ、純太」
「…何だよっつって。あー…やっぱり、こうでないとダメだよなぁ」


ぎゅうっと抱き締める手に力が込められる。私の肩に顔を埋めるようにしてすぅっと息を吸った純太がボソリと呟いた。


「俺から離れないでくれよ」
「…純太?」
「俺がいないとダメでいてくれよ。そうすりゃさ、安心すんだよ俺。あぁ、俺って必要とされてんだなって。俺、これからもお前とずっと一緒にいていいんだなってさ」


懇願のようにも聞こえて、驚いてしまった私は声を出すこともできずにただ純太に抱き着くだけ。
純太がそんな風に思っていたなんて、全然知らなかった。私が思っていたよりもずっと、私は純太に大切にされていたらしい。そしてさっきの言葉、捉えようによっては私がずっと欲しくて憧れていた言葉になるんだけど、そんな、まさかね。きっと深い意味なんてないはず。
期待するのは怖い。またあの時みたいに、気まずい空気になるのは耐えられないから、聞かなかったことにしてしまおうかなんて思ったらそれを察したかのように純太が私を抱き締める手を緩めてそっと距離を取る。そのまま、優しく私の左手を両手でそっと握ってから、真っ直ぐに見つめてくる紺色の瞳。


「今まで、自分に自信がなくて言えなかった。たくさん待たせてごめん」
「…へ、ま、待って」
「待ってるって知ってたのに、知らないふりをして逃げてた。自分が逃げたくせに、会いに来てくれないと不安になって、あーやっぱ俺の方がお前がいなきゃダメなんだなぁって気づいたんだ」
「純太、ちょっと、」
「好きだ。今までも、これからも好きでいる自信がある」
「ちょっ、え、!」
「だから、俺と結婚して欲しい」


真剣な顔をしている純太と、呆然と立ち尽くす私。
言っていることは本当にかっこいいし、嬉しすぎて今すぐ抱き着いて「お願いします」って言いたい。言いたいけれど、ここはマンションの下。私は部屋着でちょっとダサいサンダル。なんか、思ってたのと違う。いや、純太の言葉は本当に嬉しいのだけれど、


「うっ、う、うう…い、うっ、」
「え?お、おい、どうした?」
「い、今じゃないぃ…」
「え!?」


ぼろぼろあふれる私の涙を見て目をまん丸にした純太はおろおろ慌てたようにしてロンTの袖で私の目元をゴシゴシと擦って涙を止めようとしてくるけど痛いからやめて欲しい。


「せ、せめてお部屋で言ってほしかったっ…」
「え、な、なんかごめん…」
「でも、私、今すごく嬉しい」
「…やり直すよ。ちゃんと。希望通りにもう一度」
「いい。いいよそんなの。その代わり、ずっと私と一緒にいて。私、純太に話したいことがたくさんあるよ」
「あぁ。全部聞くよ。聞かせてくれ」


んっと、甘えるように手を伸ばせばへらりと笑った純太が手を引いてもう一度強く抱きしめてくれた。あたたかくて、やっぱり好きだなぁって実感する。
私はこの人と一生一緒にいたい。いつか、おばぁちゃんになったときに、あのプロポーズはなかったよねって笑い合えるような2人でいたい。
料理もまだまだだし、掃除も得意じゃないし、ヨガも決まったポーズしかできないような私だけど、純太を好きって気持ちだけは誰にも負けないから。

これからもずっと、私を甘やかしてよね。











Back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -