手嶋と星に願った夜


これは意地だった。どうしても欲しかった。例えそこに彼の気持ちが無くてもいいだなんて、バカなことを思えるくらいには私は彼に夢中だった。どうにかして手に入れたい。何が何でも、彼の目に映りたいと強く願って、窓から見える星に3回願いを唱えてみた。田舎じゃない、普通の住宅街の我が家の窓から見える夜空に流れ星なんて流れなかったけれど、星にも縋るような思いだったのだ。



「願いごと、手嶋くんはするタイプ?」


仕事帰り、時間を合わせて駅で待ち合わせをした。2人肩を並べて、駅前のスーパーで買い物をしてからゆっくりと帰路を辿る。
手嶋くんは優しいから、慣れないヒールで歩く私のとろくさいスピードに合わせて歩いてくれる。彼のそんなさり気ない優しさが好きだ。なんてことないって顔をして、私を女の子扱いしてくれるところ。そういう小さなところを見つけるたびに、私はまるでお姫様になったんじゃないかって錯覚してしまう。彼はいつだって優しかった。高校時代からずっと、ゆるやかに続くこの関係と同じくらいに心地良い優しさで溢れている。
そんなことを考えていたらなんだかちょっぴり切なくなってしまって、顔を上げ夜空を見た。キラキラ輝く…とまではいかない、ちらほらといくつか片手で数えられるくらいの星が鈍く光っていて、ふとそんなことを口に出していた。
隣を歩く手嶋くんは少し驚いたように目を見開いたあと、フッと笑って私と同じように空を見上げた。その笑い方は馬鹿にしたようなものではなかったことにホッとする。


「神社とかで願ったことはあるけど…星に願ったことはないなぁ」


続けるようにして、沙夜はどうだ?と尋ねられて私は困ったように笑うことしかできなかった。
あれは高校時代、手嶋くんと付き合うより前のこと。一度だけ、星に願いを唱えたことがある。思い返せば恥ずかしいことだった。ただあの頃の私は本気だったのだから笑えてくる。星に願うくらいに、どうしても、叶えたいことがあったから。

決してクラスで目立つような存在ではなかった。誰とでも仲良くできてノリが良かったけれど放課後は一目散に教室を飛び出して行ってしまうくらい部活に夢中だった人。それなりに部活を頑張っていた私とは住む世界が違うと思い、関わることはほとんどなかった。
だけど、ある日の授業中。なんとなく目に入った斜め前の彼はカリカリとノートを取っていて、今の授業そんなに板書をすることはないのにと不思議に思って気になった。授業終わり、彼の席の横を通り過ぎる時に机の上を見てみれば使い古されたノートがあって、初めはこの人漫画家でも目指してるのかな?なんて勘違いをしていたっけ。

懐かしくなって思わずフフと小さく笑うと、手嶋くんが不思議そうに首を傾げて私を見つめてくる。
繋がれた右手に、ギュッと力を込めれば手嶋くんの左手もそれに応えるようにギュッとしてくれるのが嬉しい。嬉しいなぁ。私とおんなじ気持ちを手嶋くんも抱いてくれていると思うだけで、涙が出そうなくらいに幸せ。


「おい、沙夜。どうなんだよ」
「ごめんごめん。あるよ。お願いごとを、星にしたこと」
「へぇ…どうだった?」
「え?」
「叶った?そのお願い」


何を、と無粋なことを聞いてこないのが手嶋くんの気遣いであり優しさだ。そういうところ、ズルい。

あの頃から、彼は私をお姫様のように扱うのがうまかった。
「漫画家になりたいの?」とトンチンカンな質問をしたことをきっかけに、私と手嶋くんの距離は少しずつ縮まっていった。「なんだそれ!」と笑った顔が可愛いなぁなんて思ってから、仲良くなりたくて必死に話しかけたり彼の気を引くためにロードバイクについて調べたりするくらいに私はどんどん手嶋くんのことが好きになっていった。手嶋くんは私のくだらない話にも丁寧に向き合ってくれたし、つかみどころのない私の話を面白おかしく広げてくれた。
私だけに特別に優しかったってわけではないと思う。付き合っていたわけじゃないから、女の子みんなに対して同じように接していたと思うけれど、手嶋くんは変な意味ではなくて人を気持ち良くさせることが上手い人だったからそんなところもさらに私を夢中にさせた。まぁ、口が達者とも言うけれど、私はいい意味で彼のそんなところに惹かれてしまったし、彼の中で特別になりたいという気持ちを抱いてしまうようになった。

そうして恋に恋をするように、自分を童話の中のお姫様だと勘違いしてしまった高校生の私は、星に願った。


手嶋純太くんが、私を好きになりますように。



「…叶ったのかなぁ。分からないや」
「なんだそれ」


呆れたようにそう言って、手嶋くんは私から視線を逸らして前を向いてしまうのが少しだけ寂しい。

驚くべきことに、お星様は私の願いを叶えてくれた。
星に願ってからしばらくして、手嶋くんは私のことを好きだと言ってくれた。今でも一言一句覚えているあの告白を私はきっと生涯忘れることはないと思う。そしてそんな素敵な告白を信じることが出来ずに「…ドッキリ?」と私が返した時の手嶋くんの口をあんぐりと開けた間抜けな顔も同時に忘れることはない。あれからずっと一緒に過ごしてきたけれど、あんなにも間抜けな顔をした手嶋くんはあれ以降見たことがないかもしれないってくらいに貴重な思い出として私の胸にしまってある。大切な思い出。私の人生を振り返ることがあったら、1番の人生の転機と言っても良いんじゃないかってくらいに大切な手嶋くんとのこと。

大切だから、時々怖くなる。

手嶋くんが、私を選んでくれたのは星の魔法にかかってるからなんじゃないだろうか。
バカみたいかもしれないけど、私は本気でそう思っている。今、私の隣にいる手嶋くんは魔法にかかっていて、いつかその魔法が解けてしまうのではないか。魔法が解けてしまったら、手嶋くんは私の前から消えてしまう。
私はずっと自信がない。
手嶋純太という素晴らしい人間が、私を選んでくれたのはなぜなのか。高校の時から社会人になった今の今まで。ずっと考えているけど、お星様の魔法じゃないかという答えしか見つからない。


「あのさ、さっきのやつ、嘘なんだわ」


突然、手嶋くんが歩みを止めたせいで、手を繋いでいた私はツンっと少しだけ後ろに引っ張られる。手は繋いだまま、振り返ると手嶋くんはさっきと同じように暗い夜空を見上げていた。


「俺も願ったことあるんだ。星に」
「…そうなんだ」
「だけどさ、願うだけじゃダメだよなって気づいて、自分から行動したんだよな」
「…偉いなぁ、手嶋くんは」
「だってさ、怖いだろ。星に願っただけで叶ったら…まるで魔法みたいじゃんか」


手嶋くんの目線が、夜空から私へと移動する。
私は自分の心臓の音がうるさいくらいにどくんどくんと聞こえてくるくらい、頭の中が真っ白になった。


「今更だけどさ、何となく似てるなって思うんだよ。俺たち」
「え…そうかなぁ?」
「俺さ、沙夜が思うほど出来た人間じゃねーよ。平凡でつまんない男だし、捻くれてるし」
「そんなことないよ!手嶋くんは…私にはもったいないくらいの人だよ…」
「あはは。そうだよな。沙夜はそう言ってくれるから、それが嬉しいんだ、俺は」


魔法なんかじゃないさと、そう言って手嶋くんが笑う。


「俺は、俺の意志で沙夜を好きになって、沙夜に告白して、ずっと一緒にいたいって思ってるよ」


もしも、手嶋くんにかけた魔法が解けてしまったらと、そんなことをずっと考えていた。怖くてたまらなくて、一緒にいる幸せを感じると同時にいつか終わりが来ることを考えては1人泣いて夜を過ごしたこともある。いつまでも続くはずがないと、彼を信じきれていなかった私。

彼はずっと私を見ていてくれた。人のことをよく見ている人だから、ずっとずっと前から私のこんな気持ちにも気づいていて、そうして全部ひっくるめて愛してくれていたというのか。


「ずっと、俺は沙夜のそばにいるよ」


繋いでいた手を離して、両手を伸ばして勢いよく手嶋くんの首に飛びつくようにして抱きついた。面白いくらいにボロボロと溢れる涙が気づかれないように、首筋に顔を埋めるように、縋り付くようにしてぎゅうっと力を込める。

好きだ、手嶋くんのことが。どうしようもなく好きで好きで、この気持ちはこれからもずっと、一生変わることがないと確信している。こんなにも私を大切に思ってくれる人、私が大切に思える人はもう手嶋くん以外に現れるはずがない。


「あぁーでもなぁー、ひとつだけ今星に願いたいことがあるかもなぁ」


私の背中を優しく撫でながら、手嶋くんは少しふざけたような明るい声で言う。


「沙夜が、俺のことを純太って呼んでくれますようにって」


なぁんだ。そんなこと、星に願う必要なんかないよ。


「私が、全部叶えてあげるよ。純太」



今腕の中で感じるこのあたたかさは魔法なんかじゃない。私が手を伸ばして、手に入れた純太だから、もっともっとこれからは純太のことも自分のことも信じてあげようと思う。私は純太が好きだ。大好きだ。

純太のことを幸せにしたい。星に願うのではなく、私が、自分の力で。













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