福ちゃんのアシストをする三馬鹿


「おい、荒北もっとかがめ!見えん!」
「オメーはうるっせんだよ口開くなボケ!」
「おめさんたち重たいぜ」


教室の入り口からひょっこりと顔を出して、相手にバレないように覗き見する俺らは多分周りから見たら滑稽な姿をしているだろう。デブ新開を下にして俺、俺の上に東堂が乗っかってまるで団子のようになって教室の中をじっと見つめている。一応これでも箱根学園自転車競技部のレギュラーなので、そこそこ有名っつか顔が割れてるせいもあって物珍しそうにチラチラ見てくる奴ら。ただこの姿のせいもあり決して話しかけてくることはない。それはそれでありがたいが変な噂が広まることは避けてぇ…まぁそんな俺らが注目されるよりも大事なことがこの教室の中にあるのだから仕方ない。
俺らが揃って見つめているのは教室の隅っこで姿勢正しく椅子に座っている福ちゃん。と、その向かいに座っている女子である。まっすぐ前を向いて座っている福ちゃんと、横を向いて机に肘をついて髪の毛をくるくるいじりながらもう片方の手では器用にスマホをいじっている女。遠目から見ると福ちゃんは表情こそ変わらないものの口が動いているので恐らく話しかけているのだろう。女はスマホの画面を見つめつつも時たまへらりと笑ったり、相槌を打っているので会話は成立しているようだ。つーかあの女、福ちゃんが話しかけてんだからスマホ置けよボケ!と思っても口に出すことはできない。俺らは陰からこっそり見守ると決めたのだ。今まで俺らを引っ張ってきてくれた、箱根学園自転車競技部の主将の恋路を。


「てぃっくとっくとは何だ」


昨日、寮の部屋で突然福ちゃんが発した言葉に俺、新開、東堂の目が点になる。
福ちゃんの部屋に呼ばれることは引退してからもよくあることだった。引き継ぎだったり、泉田たちから受けた相談についてだったり…結局引退してからもチャリから離れることはなかなか出来ずにいたので、今日もまた何か部活のことだろうと思って集まったのは俺だけじゃなかったはずだ。まぁ、パーティーサイズのポテチを抱えてやってきた新開は福ちゃんがこれから話す内容を知ってたのか、知らなかったくせに持ってきたのか、今では分からねぇけど。とりあえずデブということだけは分かる。
てぃっくとっく…とは。俺が知ってるTikTokで合ってるか?まぁ知らなくはねぇが、福ちゃんの口から出てくるような単語じゃなかったはずだ。


「…フク?どうしたんだ?なんだてぃっくとっくって」
「東堂は知っているか?」
「いや、知らん」
「うーん…新しいお菓子か?マカロン的な」
「お菓子ではないらしい」


知らねーなら黙ってろよ東堂。発想がやっぱりデブの新開。3人で腕を組んで唸ってる姿はちょっとっつーか、かなりおかしな図だ。


「荒北は知ってるか?てぃっくとっく」
「あー…つか、福ちゃんナニ?どしたのヨ」


正直、スマホのフリック入力すら出来ないし未だにYouTubeを本気でヨーツベだと思ってるような情報リテラシーの福ちゃんにTikTokの説明をするのはとてつもなくめんどくさい。つかそんなんどうでもよくて、何で、どこでTikTokを知ったのか、知ってどうしたいのかの方が重要だ。
問いかければ福ちゃんは相変わらず鉄仮面のまま、いや、ほんの少しだけ目線を逸らしているのはまさか照れているのだろうか。


「江戸川と話がしたいのだが、ロードには興味がないらしい。なら何に興味があるか聞いたところてぃっくとっくと言っていた」
「は?江戸川と話したい?」


江戸川とは、俺の記憶が正しければ福ちゃんのクラスに存在する女子のことだ。クルクル巻かれた髪の毛に、短いスカート。廊下ですれ違ったときに目がでけぇなって思ったが、ありゃ多分カラコンってやつ。たまに黒目がどっかいってる時があるので俺は苦手だ。目が合わねぇのが気持ち悪ィ。まつ毛もバサバサでバッチリ化粧をした女が江戸川。イマドキの女子高生ってやつで、正直福ちゃんとは何の絡みもなさそうな女。それがまたどうして話をしたいなんて、福ちゃんはどうしちまったんだ。なんかされたんかあの女に。


「寿一、どうしてそんなに江戸川さんと話したいんだ?」
「何かあったのか?」


新開と東堂も不審に思ったらしく、俺が思っていたものと同じ質問を福ちゃんにぶつけている。


「江戸川のことをもっと知りたいと思う。だから、江戸川と話がしたい」


もっと知りたい、とは?


「寿一、江戸川さんのことが気になるのか?」


固まる俺と東堂に対し、新開がいつものように茶化しながらバキュンポーズをとった。多分、新開もまさかと思っていたんだろう。だからこんな軽い感じで、ポテチを口に咥えながらなんてことないように尋ねることができたんだ。
気になる、には色々な意味がある。例えば、俺のようにあの女の目玉が気になる的なものだったり、クラスで一人ぼっちでいるからといったものだったり、はたまた、いや、ありえないけども、あと一つ可能性としては。


「俺は、江戸川のことが好きだと思う」


自転車しか興味ねぇ福ちゃんが。俺は強いしか言わねぇ福ちゃんが。俺と東堂が脇腹をくすぐってもピクリともしねぇ福ちゃんが。俺がどんな暴言吐こうと鉄仮面貫いた、あの福ちゃんが。

好きな女ができただァ?


「だから、お前達に俺と江戸川のアシストをしてもらいたい」


そう言って頭を下げた福ちゃん。
ポテチをぽろりと口からこぼした新開に、指でくるくるうざったい前髪をいじっていた手をピタリと止めた東堂。そして、飲んでいたペプシをぼたぼた口から垂れ流す俺。チラリと目線を動かせば、新開と東堂もこちらを見つめていてパチリと視線がかち合う。そして3人同時に小さく首を横に振った。
多分、福ちゃんは頼む相手を間違っている。どう考えても俺ら3人では役不足だ。
まず新開。コイツはこんな顔して童貞。そして東堂。あんだけ女を侍らせてるくせに童貞。さらに俺も残念ながら、まぁ、高校生活ずっとチャリとしか向き合ってきてないため、右に同じ。いまこの部屋には役に立たない童貞が3人、いや4人集まっているだけ。


「いや、福ちゃん、言いづらいんだけどヨ…」
「頼んだぞ、荒北」


真っ直ぐに俺を見つめる福ちゃんとバッチリ目が合う。純粋なその視線は、俺らを信じきっている目だ。


「あ!フクやめろ!その目で荒北を見るな!」
「靖友!目閉じろ!」


新開の手が俺の視界を塞ごうと伸びてくるけどもう遅い。
自覚はある。俺は、福ちゃんのその真っ直ぐな目に弱い。


「よっしゃぁ!福ちゃんやってやんヨ!俺らに任せろ!」
「荒北ァアア!」
「ヒュウ…やっちまったな」
「あぁ、頼むぞ荒北」


それが、昨日の夜の出来事。
あのあと俺らは必死に、江戸川が興味あるというTikTokを調べた。あらかた内容は知ってたものの、流行りの音楽とか有名な奴とかを調べ尽くし、東堂をモデルにして実際俺らも動画を撮ってアップするところまでやってみたが…まぁ、正直面白いかどうかは分からねぇ。フツーの女が歌ったり踊ったりしてるのを見て何が楽しいのか。東堂が妙にノリノリで踊ったり歌ったりしてるのは面白いっつーよりウゼェ。でもそんな自信満々の東堂よりもバキュンしかしてない新開の動画の方が再生数が爆発的に跳ねた時はクソウケたが男4人でやるもんじゃねぇ。


「え、福富くんこの曲知ってるの?」
「あぁ。昨日てぃっくとっくで聴いた。踊りもやってみた」
「え!?福富くん踊るの?」
「少し」
「やば!ウケる!ちょー見たい!」


教室の中から聞こえてきた騒がしい声に、意識を戻す。
江戸川はさっきまで手に持っていたスマホを机に置いて、手を叩いて笑うと机に置いたままスマホの画面をスイスイと人差し指で操作している。きゃっきゃと笑いながら色んな画面を見せようとしているのか、下から覗き込むように福ちゃんを見つめる江戸川。そんな江戸川をチラリと見た後に、慌ててスマホの画面へと視線を移す福ちゃんの顔は見えないものの、金髪から覗く耳が真っ赤に染まっているのが見える。
ありゃ、ガチだ。ガチで福ちゃんがあの女に惚れてる。


「靖友、そんなに肩を握られたら俺の骨が粉砕するぜ」
「見えんぞ荒北!もっとかがめ!」
「ウッセーンだよ騒ぐな!福ちゃんの邪魔すんなヨテメーら!」
「お前が1番うるさいぞ!なんだその凶悪な顔は!」
「顔はなんもしてねーヨぶっ飛ばすぞこのデコ野郎!」
「おめさんたち、あんま暴れると、重い!」


グラリと、俺と東堂を支えていた新開が揺れる。倒れたらまずい。こんなとこで倒れたら俺らが尾行していたことが福ちゃんにバレる。もし俺だったらブチ切れるし、もし俺が女の立場だったとしてもいい気はしねぇっつか、なんとなく福ちゃんの気持ちがバレちまう。それだけは避けなければいけない。俺らは福ちゃんのアシストなのだから。
新開が体制を立て直したことで揺れが止まってまた安定した体制になる。3人揃ってふぅっと息を吐いて、もう一度教室の中を覗こうとしたその時。


「わぁ!先輩たちどうしたんですかー?」


パタパタとこっちに向かって走ってくる音がする。振り返れば、もう止まれない、すぐそこに迫った真波の顔。


「おい、やめろ真波!」
「真波やめんか!来るな!」
「流石にそれは支えられないぜ」
「あはは!面白そうですねー」


勢い殺さずそのままに突進してくる不思議チャン。


「どーん!」
「ウッ!!」
「うぉ!」
「ダァっ!」


横っ腹に飛びこんだ真波ごと新開が聞いたことないような鈍い声を出して崩れ落ちる。その上に乗っかっていた俺、東堂も連鎖をするように、新開の上に崩れ落ちていき、東堂が手に掴んでいた教室のドアがガコンと外れたせいで廊下に響き渡る物凄い音。


「…いってぇなこのボケ!」
「だってー面白そうだったんで混ぜてほしくて」
「この俺の美しい顔に傷がついたらどうしてくれるんだ!」
「…おめさんたち、俺の上からどいてくれねぇか」


突撃しといてちゃっかり俺らの落車を避けた真波の首根っこ掴んでブンブン振り回すが反省してるんだからしてないんだから分かんねーヘラヘラした態度なのがさらに神経を逆撫でする。やっぱりこの不思議チャン、甘やかしすぎなんだよ東堂が!ちゃんと先輩への態度教育してやんなきゃなんねぇなと、両手の骨をポキポキ鳴らしてメンチ切ってやったら、ぽんっと何かに肩を叩かれる。
アァん?と対真波用にメンチを切ったまま振り返れば、そこにいたのは鉄仮面福ちゃん。相変わらず鉄仮面だが僅かに眉間に皺がよってるように見える。


「お、久々に見るな。怒った寿一」


呑気な新開の声で、さらに眉間に皺が寄った。


「荒北、東堂、新開」
「ふ、福ちゃんちがうぜこれは!俺らは、なぁ東堂!」
「あぁ!そうだぞフク!俺らはたまたま通りかかっただけなんだ!なぁ隼人!」
「寿一、てぃっくとっくの話はできたかい?」
「新開てめーさっきから空気読めやボケナス!」


フルフルと怒りで震える福ちゃんが、口を開こうとしたその時。福ちゃんの後ろからひょっこりと顔を出した江戸川。パチリと大きな瞳が俺らを見つめた後に、福ちゃんの制服のワイシャツを小さな手でちょいちょいと引っ張ってくれたおかげで福ちゃんの意識が俺らから江戸川へと逸れた。


「福富くん、TikTok勉強してくれたの?」
「…あぁ。昨日、少し」
「それってさ、私が興味あるって言ったから?」
「…そうだ」
「え!?マジ!?」
「マジだ」


江戸川は少し驚いたような顔した後に、にっこりと眩しいくらいの笑顔を福ちゃんに見せた。それは俺から見てても、まぁ、破壊力抜群なくらいに可愛く笑うものだから惚れてる福ちゃんからしたらたまったもんじゃないだろう。福ちゃんの頬が、少しだけ赤く染まる。


「私もさ、昨日福富くんが好きって言ってたロード?ちょー調べたんだけどさ、なんでこの自転車ってカゴないの?買い物する時どうすんの?」
「…ロードは、買い物するために乗るものじゃない」
「え!?じゃあいつ乗るの?」
「教えよう。席に戻るぞ」
「教えて教えて!私も福富くんが好きなもの気になるよ!」


スタスタと教室の中に戻っていく福ちゃんと、その後をぴょこぴょこ跳ねるようにして追いかけていく江戸川をぼーっと見守る俺ら3人+へらへら笑う真波。

なんつーか、やっぱ。

童貞3人じゃ力不足だから、自分でなんとかしろヨな、福ちゃん。















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