東堂に残りの人生賭けてみる


うだるような暑い夏。アスファルトの上を歩くだけで汗が噴き出してきて不愉快な気持ちになる。もう日も暮れた良い時間なのに…なんて心の中で悪態をつきながらパタパタと扇子で風を起こす私の横を通り過ぎる女子高生はミニファンを首からかけていて私なんかよりもずっと優雅に涼しげな顔をしていて…なんだか少し悲しい気持ちになったけれど知らんぷりしてヒールを鳴らして歩き続ける。
私が女子高生の頃は、あんなものなかったのになぁなんて思うくらいには歳をとってしまった。汗をかいても気にしなかったし、むしろ歩くだけで汗なんか出なかった気がする。夏の暑さだって気にならないくらいに、夢中になって自転車に乗る男の子を追いかけ回した、懐かしい思い出。
同じ学校にいた、とても綺麗な男の子だった。
顔はもちろん、サラサラの髪の毛も、同い年とは思えないような所作の美しさもあった。育ちの良さが身体中から滲み出てるような人で、女の子はみんな彼に夢中になっていたと思う。ファンじゃない子もいたけど、名前を出せば「あぁ、かっこいいよね」と帰ってくるのは当たり前だった。まぁその次に「うるさいのが玉に瑕」なんて笑われていたけど。私は彼のそういう明るいところも魅力に感じていた。
高校時代、自分に自信がなかった私はみんなの中に紛れて彼を追いかけ回すことしか出来なかったけれど、それでも彼がいたことで私の高校生活はキラキラ輝いていたので感謝している。もし、勇気があれば、この感謝も、心の中に留めていた熱い想いも、彼に伝えることができたのに。私は臆病で、彼に想いを伝えることも感謝を伝えることも出来ないまま何にもない大人になってしまったなんてつまらない話だ。

そんなダメダメな私は大人になってもそう変わることはなく、はたまた彼への気持ちもずるずると引きずったまま歳だけ重ねてしまった。
いい歳こいて彼氏のできない私に痺れを切らした両親が無理やり紹介してきた男性とこの後デートをすることになっている。そこには私の意思などないけど、大人になった私は両親に噛み付く元気もない。
こんな私を相手してくれるなら。私に断る理由なんかないだろう。
色々と理由をつけて話を受け入れて…いつから私はこうなってしまったのだろうか。
あのキラキラした夏に戻りたい。高らかな笑い声と共に指を指して、ひとりひとり丁寧に名前を呼んでくれる彼に恋をしたままでいたい。


「江戸川さん」


行き交う人の中、暑さにぼーっとしながら歩いていたら聞こえた懐かしい声。さっきまで思い出していたからだろうか。ついに暑さで頭までやられたかもしれない。こんなにもクリアに再生できるなんて、私はやっぱり彼のことが好きだった。もしかしたら今もずっと、この気持ちは変わらないまま。


「江戸川さんではないか?」


すれ違い様にガッツリと二の腕を掴まれる。突然のことにびくりと身体が震えて思わず縮こまるけど、聞こえたのはやっぱり懐かしい声。


「江戸川さん」


振り返れば、変わらず綺麗な顔した私の好きな人がいる。


「と、東堂くん…?」
「よかった。全然反応しないから思わず掴んでしまったよ。すまんね」
「え、あ、いえ…そんなのは全然…」


ここは箱根ではなく東京なのに、どうして東堂くんが目の前にいるのだろう。
相変わらず綺麗な顔した東堂くんが、なぜか私の目の前に立ってじっとこちらを見つめている。こんな奇跡は高校時代もなかったと思う。


「江戸川さんは仕事帰りか?」
「うん。そうだけど…どうして…」


どうして、の先にはたくさんの言葉が出てきて言葉にすることはできず飲み込んだ。どうしてこんなところにいるの。どうして私を見つけてくれたの。どうして声をかけてくれたの。


「どうして…と問われると難しいな。俺も仕事でたまたまこっちに来ていて、たまたま歩いてたら江戸川さんを見つけた」


変な期待をしていたわけじゃない、けど。東堂くんから返ってきた言葉はごく普通の当たり前の理由だった。
そりゃ、そうだ。私たち高校の同級生という淡くて脆い関係性にすぎないのだから、むしろ東堂くんが私のことを覚えてくれていたことが奇跡に近くてそれに感謝するべきだ。
勝手に期待するなんて失礼だし、自惚れるなよ私。東堂くんは私にとってアイドルのような、手の届かない存在だったことを思い出せ。好きだったけど、叶うことない恋だった。どんなに頑張ったって私なんかが告白できるわけがない。

だけど、でも、たまに。本当にたまーに。もしかしてって思う瞬間があった。
東堂くんの綺麗な目が真っ直ぐに私を射抜く瞬間。目と目があって、私たち2人だけの時が止まったかのような、そんなことが何度かあったのは私の思い過ごしかもしれないけど。


「…こうして話すのは初めてに近いのにな」


高校時代と同じ、東堂くんの綺麗な目に私が映る。そうすると私は動けなくなってしまって、東堂くんに見惚れるしかなくなってしまうのだ。


「こんなこと言ったら笑われるかもしれないが…俺はずっと、江戸川さんのことを知っていたような気がするよ」



そんなわけない。私と東堂くんは高校時代会話なんかしたことがなかった。私は東堂くんのことをよく知っているけど、東堂くんは私のことを知っているなんていうのはありえないはずだ。

本当に?あんな目で私を見ておいて、何も知らないなんて、そんなこと言えるのだろうか。東堂くんの目は私の全てを知っているような目だった。


「…こんなこと言ったら…気持ち悪いって思われるかもしれないけど」
「む?」
「東堂くんが、少しだけ、本当に少しだけど…私のこと、気にしてくれてるのかなって、思ったことがあるんだよ…ね…」


あの時、本当は伝えたかった言葉。
私の高校生活を輝かせてくれた感謝の言葉。
楽しくて、ドキドキした、甘酸っぱい気持ちを込めた告白の言葉。
どうせこの先、こんなチャンス2度とないだろう。だったらせめて思い残すことないように、今日ここで綺麗さっぱり東堂くんのことは置いていくべきだ。
この後デートをする彼のためにも。娘を心配する両親のためにも。年相応の選択をしなさい私。それが幸せになる近道なんだから。


「気持ち悪くなんかないさ」


顔を上げれば、また東堂くんとバッチリ目と目が合う。怒っているかもしれない、もしくは呆れた顔してるかもしれないと思っていたのに、東堂くんは真剣な顔で私を見つめている。


「江戸川さん、今日はもう仕事帰りか?」
「え、あ、うん…そうだけど」
「勝手なお願いですまんが…今日は俺の誕生日なんだ」
「あ…そっか。そういえば、東堂くんの誕生日夏だったね。誕生日おめでとう」
「うむ、ありがとう。それで…この後、付き合ってはくれないだろうか」


スッと目の前に差し出された東堂くんの左手。

意外と大きな掌。長い指と切りそろえられた爪が美しくて、思わず見惚れてしまう。そして同時に頭の中を駆け巡る色んな思い。

待ってくれてる人がいる。こんな私のことを好きだと言ってくれる大切な人だ。とても優しくて、生活も安定していて、両親からの信頼も厚い人。彼を好きになりたい。これから一緒に過ごすうちに、きっと好きになると信じていた。彼といれば幸せが手に入ることもわかってる。
だけど、いつだって私の頭の中には東堂くんがいた。東堂くんだったらどうするだろう。東堂くんだったらなんて言うだろう。

いつか、東堂くんにもう一度出会うことができたら。


「東堂くん、私…私ね、東堂くんが好きだよ」
「…あぁ、知ってる」
「この手を取るなら…私は、色んなもの捨てるけど…だけど、それでも幸せになれるかなぁ?」


震えるほど小さな声でそう言葉にすれば、東堂くんの左手が伸びてきて、私の右手をぎゅっと握る。


「幸せにする。俺がずっと、この手を引くさ」


そのまま、指と指を絡めるように握られた手は熱くて熱くて仕方ないのに、どうしてか心地よい。ずっとこの手を探してたような気がする。なんて言ったら、今度こそ気持ち悪いと思われるだろうか。でもきっと、分からないけど、なんとなく。東堂くんも同じことを思ってる気がする。


「俺もずっと前から、江戸川さんが好きだった」


遅くなってすまんね。


そう言って笑った東堂くんは、大人になってもやっぱり綺麗な顔をしていた。


「…綺麗な顔」
「ワッハッハ!そうだろう!美形はいつまで経っても美形だからな!」
「…その割には、ずいぶんへたれだね」
「…慎重と言ってくれ」
「意外」
「江戸川さんも意外と毒舌だな」
「…嫌い?」
「いや、もっと好きになった」


逃したものは大きいかもしれない。
だけど、手に入れたものはもっともっと大きくて大切なもの。

東堂くんが私の手を引いて歩き出す。夢のようで夢じゃない。私の目の前を歩く東堂くんをこれからも見つめられるなんて、あり得ないほど幸せだ。









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