東堂に全部バレてる


ザワザワ騒がしい廊下を小走りで移動していく。手に持った財布は落とさないように両手で胸の前で抱えて、自分の教室からは少し距離のある自販機を目指す。休み時間は10分だけだし、本当は教室出てすぐにある自販機に行った方が効率的なのは分かってるけど…これは私の運試しなのだ。もし、彼の教室の前を通って顔が見れたら今日はきっと良いことがあると思ってる。まぁ顔が見れればそれが良いことでもあるんだけど…とにかくこれは私の中でのちょっとした遊びだ。
教室の前に差し掛かっても、消して足は止めない。あくまでも通りがかりに見て、見つけられればっていう勝手に自分で決めたルールなんだけど…


「(今日はハズレかぁ…)」


目当ての教室を通り過ぎても、彼の姿を見つけることはできなかった。いつだって、人の中心にいるから見つけやすいはずなのに。
何してるんだろう?移動教室からまだ帰ってきてないのかな?トイレかな?なんて、まるでストーカーみたいなこと考えてるなぁと思ってやめた。とにかく、今日はアンラッキーだ。こんな遠くの自販機まで来たのに、意味はない。
やっと辿り着いた自販機は自分の教室近くのラインナップと全く変わりはない。余計に虚しくなって、スルスルと小銭を入れて特に代わり映えのしないミルクティーのボタンに手を伸ばそうとしたら、後ろからするりと伸ばされてきた長い手がストレートティーのボタンを押す。


「隙あり」


身長差のせいで、耳元で聞こえる低い声に思わずビクリと体が震える。恐る恐る振り返れば、サラリと揺れる綺麗な髪の毛。


「油断したな沙夜」
「尽八くん…!」


そこにいたのはさっきまで探していた彼本人だった。
ジャージ姿の尽八くんは、もしかしたら体育の授業だったからさっきまでは教室にいなかったのだろうか?なんて考えているとフワリと香ってくる匂い。体育の授業だったせいか少しだけ汗の匂いと混ざった尽八くんの匂いがふんわりと香る。
そこでハッと我に帰った。今のこの状況…距離が近すぎる。身長差のせいで私を覆うようにしてこっちを覗き込んでくる尽八くんだけどそれはまるで壁ドンされてるみたいで逃げ場がない。あまりに近い距離に恥ずかしくなって、パッと尽八くんから目をそらした。
足元、自分のくたびれた上履きのすぐ後ろに迫っている大きな上履き。細く見える尽八くんだけど、やっぱり男の子なので私よりもずっと大きな足だ。それだけでも私は恥ずかしくなってしまう。


「も、もう!勝手に買わないでよ!」
「ワハハ!隙があるから悪いのだよ」


照れ隠しに怒ってみれば、全然悪びれる態度じゃない笑い声が聞こえてくる。そして体制はさっきまでのままで、耳元で聞こえる笑い声はタチが悪い。低くて綺麗な声は、私の動きをピタリとまた止めてしまった。振り向けずに、ただ目の前にある自販機をドキドキしながら見つめていると、チャリンと音が聞こえてくる。


「ほら、選べ沙夜」


どうやら尽八くんが小銭を投入してくれたらしい。だったら最初から自分で買えばいいのに…!なんて。恥ずかしい気持ちを隠すように、左手でぎゅうっとお財布を抱えながら、恥ずかしさと緊張でプルプル震える指をなんとか伸ばして…押したのは飲みたかった念願のミルクティー。


「好きなのか?ミルクティー」
「うん…大抵いつもそうかな」
「そうか。よし、覚えたぞ」


パッと視界がさっきよりも明るくなる。
どうやら尽八くんが一歩後ろに下がってくれたみたいだ。ホッと胸をなでおろして、自販機からミルクティーを取り出す。一足先にストレトティーを取り出していた尽八くんはもうすでにストローをさして飲み始めている。
あ、その口可愛いなぁなんて思って見ていたらぱっちりと合わさる視線。ニッコリと笑ってくれる笑顔には、まだ慣れることはなくて心臓がきゅうっと締め付けられる音がする。


「いつも会いにきてくれてありがとう」
「…へ?」
「沙夜の教室の目の前、自販機あったと思うが?」


さっきまで優しくて天使に見えていた笑顔が、今は真っ黒い悪魔に見える。
彼は知っているのだ。私がわざわざこっちの自販機に来る意味も、いつもいつも教室の中を見渡して彼を探していたことも。
白い歯をニィッと見せて笑う尽八くんは、確かにかっこいいけど私が思っていたよりもずっと意地悪みたい。


「っ、もう来ない!」
「それは嫌だ!俺に会いにきてくれ!」
「っ!!あんまりそう、思ったことを口に出さないでほしいよ!」
「なんでだ!?良いではないか別に!付き合ってるのだからな!」
「恥ずかしいの!」
「あ、今のセリフ可愛いな」


真面目なトーンでそんな、歯が浮くようなセリフを言う尽八くんに恥ずかしさは止まらない。
尽八くんは思っていたよりも王子様なんかじゃない。うるさいし、意外とワガママだし、意地悪だし…


「俺は、沙夜が俺を見つけてくれたら、なんか良いことありそうだなってちょっと楽しみにしてるんだが」


だけど、こうしておんなじことを思える人に出会えたのは本当に嬉しいなと思う。
まぁまだそんなこと恥ずかしくて私からは言葉にできそうにないけど…いつか、私からもおんなじくらい尽八くんに愛を返せるようになれればいいな。





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