手嶋とちょっと特別な日


私は普通が嫌いじゃない。むしろ人生普通でいいと思ってる。普通が1番。安定が好きと言うか、残念ながら夢見る乙女でいる時期はとっくに過ぎてしまっている。

そりゃあ昔は憧れてましたよ。某夢の国の城の前で跪いてパカーンとしてほしかったりとか、薔薇の花束抱えてベンツから降りてきてほしいとか…いや、それは想像したら寒すぎるか。でも昔はそんな寒いこともキラキラして見えたし、きっと自分もそうなるのだと信じていたんだと思う。私が思っていたプロポーズってそんなものだ。なんというか、子供だ。現実を知らない子供。

いつだったかこの話を純太にしたことがあった気がする。その時は確か、私たちは付き合ってなかったはずだ。高校2年生のとき、どうしてか私と純太は2人で教室に残っていて窓から女バレの岩瀬ちゃんとその彼氏が並んで帰っていくのを見つめていた。純太が岩瀬ちゃんを気になってるっていうのはなんとなーく知っていて、揶揄うように純太に窓の外を見るように言った私。今思えばめちゃくちゃ性格が悪いけどあの時は私も必死だったのだ。きっと私はその時から純太のことが好きで、早く諦めろ!早くこっちを見ろ!と思っていたからそんなことができたんだろう。これでようやく、純太は私を見てくれるなんて思ってたのに、窓の外を見つめる純太の顔を横目で見たときにひどく後悔した。

私は、そんな愛おしむような目で純太に見られたことなんかなかった。


「…女はさ、あぁいうのが好きだよな」
「…は?」
「カッコよくて、背が高くて、人気者。平凡な俺とは真逆だ」


そうだ。純太がそんな風に悲しそうな顔して窓の外を見つめて、私になんか一切目もくれずに自虐的な発言をするからムカついた。


「…まぁ、確かにそうだよね。私だってイケメンに夢の国の城の前でプロポーズされたいし、ベンツに乗ったイケメンに薔薇の花束渡されたいわ」
「おいおい。それは話が飛躍しすぎだろ」

「どーせ俺なんてそんなことできねぇよ」なんて言いながら肩を落とした純太は無理矢理笑顔を作る。
純太はすぐにそんな風にいう。俺なんてとか、俺なんかとか。私はこんなにも純太が好きなのに、そんなのひどい。
私はそんな風に諦めてほしいわけじゃないんだよ。


「そんなのより…手嶋純太が私を見てくれたら、それだけでいいのにって思う」


あの時の純太の顔は忘れられない。
やっとこっちを見てくれたと思ったら目をまん丸にして口をぽかんと開けて、まぁ要するにアホヅラだった。間抜け顔。今でも思い出しては笑いそうになってしまうし、今までも何回もネタにしては純太は恥ずかしそうに「忘れろ!」と言って私の頭を叩いたけどその力が優しすぎて私は忘れられそうにない。そして忘れる気もない。

だってあれはようやく、純太が私を見てくれた瞬間なのだ。

そうして付き合うようになって、高校を卒業して、大学生になって、大学を卒業してからも私の隣にはずっと純太がいる。良くも悪くも私たちは普通に喧嘩もして普通に仲直りをして、普通に付き合いを続けていたしそのことに不満なんかなかった。私たちらしいよねって思ったし、私も純太も普通のスペックの普通の人間なのだ。

だから私はこれからもずっとずっとあの顔の純太をいじるつもりでいたのに…多分、今の私はあの時の純太と同じ顔をしているだろう。


「すげぇアホヅラだけど」
「……いや、だって、何それ」
「お前が欲しいって言ったんだろ?」


ピンポンと鳴ったインターホンに、玄関のドアを開ければ赤い薔薇の花束抱えた純太が立っていた。そりゃ、私だって訳分からなくてアホヅラになるに決まってる。
確かに、私はあの時言った。夢見る少女のとき。それも付き合う前に一度だけ。薔薇の花束をもらいたいと。言ったけど、それを純太が覚えてるなんて思ってもなかった。


「イケメンじゃねーし、ベンツもなくて悪ィけどさ」
「…純太」
「こんな普通な俺でもさ、ちょっとくらい夢叶えてやりたくなるんだわ」


山盛りの、ドラマでも見たことないくらいの大量の薔薇の花束の向こうで照れくさそうに笑う純太は私の中では誰よりもカッコいい。
私の小さな夢も、こうやって叶えてくれていつだって私の味方でいてくれる。優しくてカッコよくて、気が利いて頭が良くて…純太のいいところなら何個でも言えてしまうくらいに私は純太が好きだ。大好きだ。


「…ベンツ乗ってきたら流石に笑ってた」
「ハハ、平凡な俺にそれは無理だわ。キャノンデールが限界」
「…ものを大切にするところも好き」
「お前のことも大切にしてるつもりだけど?」
「…チャラい」
「こんな俺を好きでいてくれてありがとな」
「私の好きな純太をこんなって言うな」
「…やっぱり俺お前のことすげー好きだわ」


人生普通でいい。荒波立てず、平凡な幸せの中にいれればいいと思うけど、それは全部純太がいるからだ。純太となら普通の人生でも、他の誰の人生よりもずっと幸せだと思えるんだよ、私。










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