先輩に狙い撃ちされる新開


インターハイが近づくと緊張感が高まるとともに部室が賑やかになる。取材のための記者が集まったり、OBの先輩たちから差し入れがたくさん届いたりはたまた直接先輩たちが激励に来てくれたりするのだ。
今日もあっちぃなぁなんて思いながらワイシャツの首元を緩めてパタパタ風を取り込んで歩きながら部室へと歩いていれば、部室の前に人だかりができている。また誰か来てくれたのか。ありがてぇよなぁ毎日、と思いつつもインターハイが近いこともありあんまり駄弁りたくない、練習に集中したいのも事実。簡単に挨拶だけして部室に逃げ込んじまうかと隠れるようにこそこそしていれば人混みの中心から聞こえてきたのは予想外の高い声。
驚いて思わず視線をそちらへやればパッチリ目と目がかち合う。


「あ、新開!」
「…沙夜さん」


ふにゃりと笑って手を振っている沙夜さんは、3月に卒業してしまったマネージャーの先輩だ。
小柄な身体の沙夜さんはまるでハムスターのようにちょこちょこと走り回っては俺たちの世話を焼いてくれた。だけどその可愛らしい見かけに騙されたら痛い目見るの知ったのは去年。
まぁ色々あって、インターハイレギュラーを辞退した俺に沙夜さんは華麗なる平手打ちをかまして、普段はまん丸の大きい目を細めて俺を睨みつけた。先輩たちに取り押さえられてもぎゃんぎゃん騒いで俺に怒鳴りつける沙夜さんはそりゃ怖かった。めちゃくちゃ怖かったし隣にいた寿一もちょっと引いてた。なんなら先輩たちも引いてた。俺は叩かれた左頬に手を添えてそんな沙夜さんを見つめることしかできなかったけど。


『ふざけんな!ふざけんなよ!あんたのせいでどんだけの人たちが悔しい思いしてると思ってんの!みんながどんな気持ちであんたを推薦したと思ってんの…ふざけんな!ばか!ばか!』


だけど沙夜さんは真剣だったし、その言葉は間違っていなかった。俺はその言葉にグサリとまるで心臓をナイフでぶっ刺されたんじゃないかってくらい傷ついたけど、沙夜さんのビンタのおかげて、俺のために色んな人が色んな思いに整理をつけて俺を推薦してくれたことに気づけた。苦しいのは俺だけじゃない。
だけどそれでも俺は走れなかったし、走りたいとも思えなかった。沙夜さんの気持ちを真っ直ぐに受け止めて、耐えるしかなかった。


「新開!元気だった?調子どう?」
「いやぁ、まぁまぁですかね」
「はぁ?まぁまぁじゃ困るんですけど」


人だかりを抜けてきた沙夜さんはこちらに駆け寄ってきてそう言うと、腰に両手を当てて眉を顰めて俺を睨みつけてくる。制服こそ着てないものの、そういうところは変わってないんだな。その勝気な性格はマネージャーにしとくのがもったいないくらいだ。


「差し入れ、たくさん持ってきたよ。パワーバーのバナナ味とチョコ味」
「ありがとうございます」
「…反応薄くない?」
「いやぁ…沙夜さんの私服が新鮮だからですかね」
「うふふ、大学生ですので」


俺の前でひらりと回転する沙夜さん。
俺が知ってる沙夜さんよりずっと大人びて見えたのは私服のせいだけじゃない。綺麗に染まった茶色の髪の毛とか、ほどよくされた化粧とか、俺より全然背が低いのに大人に見えてしまう、というか当たり前だ。沙夜さんが俺より年上なのはこれからもずっと変わらない。俺と沙夜さんの歳の差は縮まらないのだから。

あの時も結局沙夜さんは大人だった。
散々揉めた数日後、俺に何かあったのを察したのか、もしくは寿一たちから話が漏れたのか沙夜さんは今度は泣きながら俺に謝ってくれた。ウサ吉のこととか詳しいことは知らないようだったけど俺が走れなくなったことは知ってくれていて、『何も知らなかったのにごめんね』とぐしゃぐしゃな顔して泣きながら謝る沙夜さんに俺はどうしたらいいか分からず、困った末に沙夜さんの形の良い頭を撫でるしかなかった。沙夜さんはぽろぽろと涙をこぼして俺を見つめて、ごめんを繰り返す。
笑って、怒って、泣いて。この人は誰かのためにそうやって全力になれる人なんだ。あぁ、なんて真っ直ぐな人なんだと思って、きっとそこで俺はこの人が気になるようになってしまった。


「沙夜さん、インターハイ見にきます?」
「うん、行くよ!当たり前」
「ハハッ、相変わらず自転車好きですね」
「そーかも。結局大学でも自転車部のマネージャーやっちゃったしね」


大学デビューして遊びまくろうと思ったのになぁなんて言いつつも沙夜さんは楽しそうに笑っている。きっと後悔なんかしてないんだろう。
沙夜さんは自転車が好きだ。きっと部活も好きだし、なんつーか応援も好きだ。部員と一緒に熱くなるしなんなら部員よりも必死になってチームを支えてくれる。一生懸命で、可愛い人。俺はそんな彼女にコロリと惚れてしまった。


「沙夜さん」
「んー?」
「…俺のこと、応援してくれますか?」


今度こそ、俺もこの人に応援してもらいたいと思うのはわがままだろうか。
沙夜さんの大好きの中に、俺も入れてほしい。
確かに俺は去年逃げ出した。怖くなって、走れなくなって、先輩たちの、沙夜さんの思いを踏みじってしまった。
でも今年は違う。俺は絶対にインターハイを走り切る。それだけじゃない。リザルトも獲るし優勝だってする。絶対に勝つから、沙夜さんにも応援してほしい。


「あったりまえじゃん!」


くしゃっと笑って、俺の肩を拳で小突く沙夜さんに、ドキリと胸が高鳴る。


「新開さぁ…もしかして鈍い?」
「…え?」
「そんないい顔しといて鈍いってなんなの?腹立つわあんた」


大っきくてキラキラした瞳にじぃっと下から見つめられて、情けなく固まる俺。


「今日、何月何日?」
「え、あーっと、7月15日」
「じゃあにぶちんの新開になぞなぞです!」
「はい?」
「大学生の私がフツーの平日に講義をサボってわざわざチョコ味とバナナ味のパワーバーを差し入れ持ってきたのはなんででしょーか?」


7月15日。平日。そうか、俺も今日は学校があって今は放課後。大学生の沙夜さんも当たり前に授業があったはずだ。それをサボって、激励に来てくれたってことか?わざわざ?それなら別に今日じゃなくて明後日でもいいんじゃないのか。確かに土日の方が色んな先輩たちもくるし練習も熱が入ったものになる。
なのにわざわざ、沙夜さんは今日を選んでやってきた。それは今日という日に意味があるってことだ。そして差し入れに選んだのは女の人が持ってくるには重たいパワーバー。普通なら、スポドリの粉とか、そういったものを持ってきてくれるマネージャーの先輩が多い。きっと軽くてたくさん持てるからだろう。それなのに沙夜さんが選んだのはパワーバー。ご丁寧にチョコ味とバナナ味の2つを大量に。
沙夜さんは俺を鈍いと言ったけど、ここまでヒント出されて分からないほど俺は鈍くない。沙夜さんも多分、それを分かっててヒントを出したんだろう。態度は強気なくせに、よく見るとほっぺたが赤く染まっている。照れてるのも可愛らしい。


「沙夜さん!」
「あ、ストップ!」


今まで溜め込んでいた気持ちをぶちまけようとすれば、沙夜さんがぴょこんと背伸びをして俺の唇にそっと人差し指を添える。


「続きはインターハイの3日目、優勝してから聞かせてよね」
「え」
「ちなみに最速の男からの告白しか受け付けないから。そこんとこよろしく」


ひらりとスカートを翻して走り去っていく沙夜さん。慌てて手を伸ばしても届かない。あーあ。ヒントだけ出して言い逃げかよ。なんて可愛らしい人なんだ。これから先もずっと俺はこの人には敵わない。


「沙夜さん!」


大声で名前を呼べば、沙夜さんが振り返る。
右手で銃をつくって片目を閉じて、沙夜さんの心臓目掛けて狙い撃ち。いつものやつ。沙夜さんならこの意味、分かるだろ。

絶対に仕留めるって合図。


「バキュン」


目をまん丸にした沙夜さんだけど、すぐにニィッと笑って口元に両手を添える。


「新開お誕生日おめでとー!私のためにも絶対勝てよ!」
「あぁ!ありがとう沙夜さん!待っててくれ!」


今日は今までの俺の人生で最高の誕生日だぜ、沙夜さん。インターハイで誰よりも速い男になって絶対伝えるから、覚悟して待っててくれよな。










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