真波は全部知っている


高校で初めてできたお友達。
サラサラのおさげ髪も、大きな目も女の子らしくて小さな手も全部可愛くて世話焼きなところもいいなって思う。一人で緊張してクラスの入り口で立ち尽くしていた私の手を優しく引いてくれたその日から、宮原ちゃんは私の親友だ。
親友だから、聞かなくても見てれば分かる。宮原ちゃんには好きな人がいる。同じクラスの真波くん。遅刻したり、授業をサボったりと問題児な真波くんは真面目で委員長な宮原ちゃんと幼馴染らしい。昔からだから、と言いながら真波くんの世話を焼く宮原ちゃんを見てれば分かる。楽しそうに笑ったり、必死になって怒ったりする宮原ちゃんは確かに真波くんに恋をしている。そんな姿も可愛らしくて、応援しようと心に決めた。


「委員長、もういいかな?」
「ダメよ!山岳のためにって用意されたのよこのプリント!ちゃんとやりなさい!」


今日も遅刻をした真波くんは先生にこっぴどく叱られていた。そんな真波くんの遅刻を真波くんの代わりに先生に謝って、プリントをもらってきてくれた宮原ちゃんの小言をへらへらと聞き流す真波くんを、ちょっと離れた席からじーっと見つめる私。

お似合いだなぁと思う。家が隣で、小さい頃からずっと一緒。真波くんが夢中な自転車は宮原ちゃんが関係してるっていうのも聞いた。関係してるってほどのことじゃないのよ、って言いつつその時の宮原ちゃんは照れ臭そうに、嬉しそうな顔をしていて恋する女の子は可愛いなぁって、いいなぁって羨ましくなった。それはきっと、私も恋をしたいっていう羨ましさ。そう、そのはず。だから私は宮原ちゃんを応援してるんだってば。
真波くんと宮原ちゃん、お似合いじゃない。幼馴染が恋人になるなんてそんな少女漫画の鉄板ストーリーだよ。私なんか主人公の親友ポジション。なんやかんやで世話を焼きながら、2人がくっついた時に「おめでとう」って、泣いて喜ばなきゃいけないんだから。


「ねぇ委員長、オレこのままじゃ部活も遅刻しちゃうよ?」
「もう!そうやって逃げようとしてもダメよ!」
「遅刻すると先輩に怒られちゃうんだよー」
「なら私が自転車部の先輩に伝えてくるわ。山岳は遅刻したせいでプリントが終わるまで部活に出れませんって」
「わぁい!ありがとう委員長」


へらりと真波くんが笑ってお礼を言えば宮原ちゃんの頬っぺたがぽぽぽと赤くなる。それを隠すようにして眼鏡を指で直した宮原ちゃんが私の名前を呼んだ。
息を殺して、空気のようにして固まっていた私はピクリと肩を跳ねさせて「ひゃい!」なんて恥ずかしい返事をしてしまう。うわ、噛んだ。

どうして私が2人と一緒に教室にいるのかって、宮原ちゃんに言われて真波くんの捕獲に付き合っていたからだ。「私1人じゃ山岳にすぐ逃げられちゃうんだから」って言われて付き合っていたのだけど、さっきまでは私がいる意味なんて全くなかった。私は2人の世界に入ることもできずぼーっとしていたけど、どうやらようやく私の出番が来たらしい。


「沙夜ちゃん、山岳が逃げないように見張っててくれる?」
「えっ、」
「じゃあ、私は部室に行ってくるわ」


そう言って教室から出て行ってしまった宮原ちゃん。残されたのは私と真波くんの2人だけ。
真波くんとは、クラスメイトだけど正直宮原ちゃんを通してしか話したことがない。だけど宮原ちゃんからよく話を聞いているから、知らない人でもない。なんとも微妙な距離感。


「沙夜ちゃん」


真波くんが私の名前を呼ぶ。きっと、宮原ちゃんがそう呼ぶから真似をしただけなんだと思うけど、ドキドキする心臓がバレないように、なんでもない顔をして真波くんを見つめる。

真波くんは綺麗な顔をしている。キラキラ日に当たると光る髪の毛。大きくて溢れそうな瞳にじっと見つめられると固まったように体が動かなくなってしまう。
自転車が好きで、しかもどうやら山とか坂とか登りが好きらしい。そして自転車に乗るととっても速いんだって宮原ちゃんが少しだけ寂しそうに言っていた。自転車に乗ってる時の山岳は楽しそうだけど、私が知らない人みたいなんだよって。私はそんな真波くんを見たことがなくて、それを聞いた時少しだけ興味が湧いてしまって、やめとけばいいのに自転車部の練習を覗いてしまったのだ。

教室で見る真波くんとは違う。自転車に乗る真波くんは、いつも以上にキラキラと輝いていて、そして誰よりも速かった。

それを見た時から、私はおかしくなってしまった。

何にも答えない私を不思議に思ったのか、真波くんがもう一度私の名前を呼ぶ。


「沙夜ちゃん、こっちきてよ」
「いやぁ…」
「オレの見張りなんでしょ?目の前にいないと逃げちゃうかもよオレ」
「…そんなこと言う人は逃げないと思うけど」
「あはは、確かにそうだね」


ケラケラ笑う真波くんを横目でチラリと見つめれば、あのおっきな瞳が真っ直ぐに私を見つめている。

山岳は自転車が好き。山岳はよく寝る。山岳は昔体が弱かった。山岳はやればできる子。山岳はゲームが得意。山岳は、山岳は…。宮原ちゃんから聞く真波くんが私の頭の中をどんどん埋め尽くしていく。そうして、気になって私は日に日に真波くんを目で追うようになってしまった。
私ももっと真波くんが知りたい。もっといろんな真波くんが見たい。
だけどそれはいけないこと。私は、宮原ちゃんのことが好きだ。私の親友。優しくて可愛くて、真波くんととってもお似合いな女の子なんだから。


「ねぇ、沙夜ちゃん」
「…真波くん、お喋りしてないでプリント進めなよ。宮原ちゃんが心配するよ」
「沙夜ちゃん、オレがどうして名前知ってると思う?」
「宮原ちゃんと一緒にいるからでしょ」
「違うよ。委員長は関係ない」
「ねぇ真波くん、もういいからプリントやろう。宮原ちゃんに怒られるよ」
「委員長はいいんだよ沙夜ちゃん」


真波くんが、ガタリと席を立つ。私は相変わらず固まったように動くことができず、近づいてくる真波くんをぼーっと見つめていた。真波くんは私の目の前に来ると、膝の上で握り締めていた私の手の上にそっと手を重ねる。顔に似合わずおっきな手はいとも簡単に私の手を包み込んでしまった。


「委員長が沙夜ちゃんのこと、楽しそうにオレに話してくれるんだ。沙夜ちゃんは優しいけどちょっと抜けてるとか、実は数学が苦手なんだとか」
「…そう」
「それ聞いてたらさぁ、どんどん気になってきちゃって。沙夜ちゃんばっかり目で追っちゃうんだ」


私だって、気づかなかったわけじゃない。
私が真波くんを目で追うと、絶対に真波くんと目があってしまう。教室でも、廊下でも、もちろん自転車部を見に行った時も。私が真波くんを見つけると真波くんも同じように私を見つめていた。
パチリと大きな瞳に見つめられるたび、私の頭の中でサイレンが鳴るんだ。やめておけ。もうダメだ。やめなさい。戻れなくなるから、今のうちに引き返せって。
だって、私は真波くんと同じくらい、宮原ちゃんのことも、


「沙夜ちゃんも、同じでしょ」
「…ちがう、私は真波くんのことなんて、」
「オレは好きだよ。沙夜ちゃんが、好きだ」


私が言いたくても絶対に言えない言葉を、そんな簡単に口にしないでよ。


「委員長じゃなくて、オレを選んでよ」


嬉しくて仕方ないくせに、悲しくて仕方ない。なんて矛盾。私に、どっちかを選べなんて、そんなの酷い。

真波くんは全部分かってる。私が真波くんのことを好きって気持ちだけじゃなくて。とっくに部室から戻ってきていて今、教室のドアの向こうで聞き耳を立てて立ち尽くしている宮原ちゃんがいることも、そんな宮原ちゃんがずっと前から真波くんに向けてる気持ちも全部。

分かっててそんなこと言うなんて、真波くんはどうかしてる。


「…私も、真波くんがすき」



だけど、そんな真波くんを見てもまだ真波くんのことが好きな私がこの手を振り払えるわけもなく、ずぶずぶと堕ちていくだけ。











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