新開のことが大嫌いだけど大好き


「新開くんが好きだよ」


江戸川が笑ってそう言うたびにオレの胸は張り裂けそうなくらいに苦しくなった。


ずっと好きだった。素直で真面目で一生懸命で、友達思いなところもずっと見てきたから、そんな江戸川がオレのことを好きと言ってくれたのが夢のように思えていたんだ。

大切にしたくて、どうしたらいいか分からなかった。

照れ臭そうにデートに誘ってくれる江戸川が可愛くて、すぐにでも頷いてしまいたかったのに受験とか部活とか、今思えばどうにでもなったと思うけどあの頃はどうにもならなくて断るのが心苦しかった。「悪い」と謝っても江戸川はニコリと笑って「なら仕方ないね」と言ってくれるから、それがチクリとオレの胸を刺す。本当は笑ってなんかないくせに、オレのためにそうやって自分を傷つけてる江戸川を見るのが辛かった。だからいつの日か、オレなんかといない方がいいんじゃないか。オレじゃ江戸川を楽しませることなんてできないんじゃないかって思うようになってしまって、だけどずるいオレは江戸川を手放すこともできずに高校を卒業してもズルズルと、この関係を続けてしまっている。


「良い彼女じゃないか」


久しぶりにレースで会った尽八に江戸川のことを話せばそう言ったが、そんなんじゃない。


「オレたちは結局、お互いなに一つ本当のことを話せてないんだよ」


言いたいことなんかたくさんあった。
そんな顔して笑うなとか、もっとわがまま言ってくれとか、泣きたいなら泣いてくれとか。きっとそんな小さなことでよかった。喧嘩して、ぶつけて、それで解決するようなことなのにオレたちはそれができない。
オレも江戸川も逃げてるだけだ。幸せだと暗示をかけて、この上辺だけの関係に宙ぶらりんになっている。


「ただいま…って、なんだこりゃ」


家に着いてパチリと電気をつければ、取り込まれたままの洗濯物が部屋に散乱している。今まで何度か江戸川がオレのいない間に部屋をきれいにしてくれたことがあったが、こんなことはなかった。何かあったのかとスマホを見れば留守番電話が一件。まさか、事故にでもあったのかなんて慌てて再生すれば江戸川の声が聞こえてくる。いつもの明るい声じゃない、聞いたことないような小さくて消えそうな声。


『新開くん、今までありがとう。さようなら』


それだけ言って、ぷつりと切れるメッセージ。


「…なんだよ、それ」


江戸川、おめさんは最後まで良い彼女だ。
自分のためなんかじゃない。オレのためにそうあろうとする。だけどおめさんは一度だって、オレに本音をぶつけてないだろ。そんなの許さない。ちゃんと、言いたいこと言ってくれよ。ちくしょう。
慌てて玄関を飛び出して、自転車に跨る。江戸川の家は分かる。数えるほどしか行ったことはないが、道は覚えてるから問題ない。「新開くんと同じ駅が良かったな」なんて恥ずかしそうに言う江戸川を思い出しながらペダルを思いっきり踏んで、スピードを上げていく。

オレのために、東京へ出てきてくれた。オレのために進路を決めてくれて、オレのために笑顔でいてくれる江戸川が好きだったけど、同時に同じくらい嫌いだった。
そんな笑顔でオレを見ないで欲しかった。だって、オレだっておんなじくらい、いや、それ以上に江戸川のことが好きだ。江戸川が「お願い」と言ってくれればオレは江戸川と同じ駅で家を探したし、「会いたい」と言ってくれれば朝だって夜だって自転車に乗って会いに行く。
そんな上っ面の、取り繕った笑顔じゃなくて、「ふざけるな!」って怒鳴りつけて欲しかった。本音でオレにぶつかって欲しかったんだよ。


汗だくになって着いたアパート。自転車は適当に立てかけて、カンカンと音が鳴る階段を駆け上がっていく。部屋の前で、インターフォンを押せばガチャリと鍵が開く音。女の子と一人暮らし。危ないから相手を確認してからドアを開けろって、何回言っても覚えてくれないんだな。


「江戸川」


呼べば声でオレに気づいたのか慌ててドアを閉じようとするから、するりと右足を差し込んでそれを阻止する。顔を上げれば、バツが悪そうに顔を歪めた江戸川。そんな顔もできるなんて、今初めて知った。オレの中の江戸川はいつだって貼り付けられた笑顔だから。


「…新開くん、帰って」
「嫌だ」
「…ダメなの。私、今はダメだから」
「何がダメなんだよ」
「今の私、新開くんのことが…」


下を向いている江戸川が小さく震えて、その場にぺたりとうずくまってしまった。その隙にオレは玄関へと上がり込んで後ろ手にドアを閉める。


「なぁ江戸川。オレのこと、好きか?」


いつも訪ねていた言葉。
オレが欲しかったのは、そんな安っちい好きなんかじゃない。


「…新開くんのこと、好きじゃない」


その場にうずくまって、下を向いたままそう言った彼女を、しゃがみ込んでそっと抱き締める。サラサラと柔らかい髪を撫でながら、背中をぽんぽんと優しく叩けばそれに押されるようにぽろぽろと溢れる言葉たち。


「ずっと、新開くんのことが嫌いだった」
「…あぁ」
「私ばっかり、好きで、怖くて、私なんていなくてもいいんじゃないかって、」
「そんなことない」
「新開くんがなにを考えてるかわからなくて、だけど、嫌われたくなくて、わたし…っ」
「あぁ、知ってたよ」


江戸川が、オレのためにちゃんと良い彼女であろうと一生懸命頑張ってくれてたこと、ちゃんと知ってるさ。
だけどオレはそれが悲しかった。もっともっと、オレを求めて欲しかったし、対等になりたかったんだ。



「オレも、江戸川のことが嫌いだった」
「っ…」
「でもさ、おんなじくらい江戸川のことが好きなんだ。だから安心してくれよ。何言ったって、どんなわがまま言ったってオレは江戸川のことが好きなままだから」


腕の中でもぞもぞと動いた江戸川が恐る恐る顔をあげる。ポロポロと涙をこぼしてぐしゃぐしゃになった顔だけど、それでもオレはあの変な笑顔よりもこっちの江戸川の方が好きだ。
頬っぺたを包み込むようにして目と目を合わせて、まるで子供に言い聞かすかのように、何度も何度も言葉にする。


「江戸川が好きだ」
「…新開くん、」
「知らないだろ?江戸川も東京に来るって言ってくれた時、オレがどんだけ嬉しかったか。靖友には浮かれすぎだってどつかれるし、尽八にも冷めた目で見られるし、寿一は…まぁ変わらずだったけどよ」
「…なに、それ」
「レースだって、本当は見にきて欲しいんだぜ。なのに聞き分けいいフリして留守番ばっかりでさ、オレばっかり寂しいのかよって、ちょっとムキになってたのもある」


今度は江戸川の目がまん丸に見開かれる。そんな顔も可愛くて、止められないままに顔を近づけて触れるだけのキスを落とせば真っ赤に染まってしまった。

もっといろんな顔を見せてほしい。オレだけに、そのままの江戸川全部くれよ。


「なぁ江戸川、オレのこと、好きか?」


そう尋ねれば、ぎゅうっと首元に回ってきた腕がオレを引き寄せる。顔は見えないけれど力いっぱい抱き締められて、言葉なんかなくてもそれだけで充分だ。


オレたちはこれからもっともっと、幸せになれる。







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