新開のことが大好きだけど大嫌い


私はその時、人生で1番幸せだった。




ずっと好きだった新開くんに告白したらまさかのOKをもらえて、お付き合いをすることができた高校3年生の秋。新開くんが部活を引退したタイミングを狙ったのはちょっとした下心があったから。部活を引退していれば、放課後にデートとか土日に遊びに行ったりできるんじゃないかなぁなんて考えてた私は甘かった。
引退してからも新開くんの1番は部活。先輩として後輩に指導をしたり、大学でも自転車を続けるつもりだからとトレーニングをしている新開くんの邪魔なんてできるわけがなくて、デートの誘いを断られてもニコニコと笑うしかできない私。だけどそれでもよかった。だって私は新開くんの彼女なんだから。大学生になったら、きっともっと一緒にいられる。それに、自転車を頑張る新開くんはとってもカッコいいから、その姿を応援したいっていう気持ちにも嘘なんかない。
あの日、私の告白に「ありがとう。オレも好きだった」と照れ臭そうに答えてくれた新開くんを思い出すだけで、私は幸せだったし、なんでもできる気がしてた。

新開くんは自転車を続けるために東京の大学へと進学した。私も、追いかけるように東京の大学を志望して、同じ大学ではないけれど一緒に東京へと行くことに成功。
行きたい大学なんて思いつかなかったけど、先生に「何か好きなことはない?」と聞かれて思い浮かんだのは新開くん。新開くんの力になりたい。新開くんを応援したい。新開くんに必要とされたい。そんな思いだけで私は栄養学科を志望し、女子大で日々料理や栄養について学んでいる。
スポーツ選手にはバランスの良い食事が必要だから、私がこうして学んだことが新開くんのためになれば良い。なんて、思うのは私のわがままでしかないから新開くんに伝えたことはない。けどそれでいい。いつか、伝えられたら良いなとは思うけど。


「悪い。明日からレースでいないんだ」
「わかった。あ、お掃除とか洗濯しておこうか?」
「いいのか?助かるよ」
「うん。じゃあ部屋上がらせてもらうね」


短い会話だけして電話を切れば、友達がぐいっと顔を寄せてくる。
学食でお昼を食べていれば新開くんからかかってきた電話。珍しいなと思って慌てて出れば明日から遠征で留守だという連絡だった。大学になっても新開くんは自転車に忙しい。新開くんは一人暮らしだけど、家事が得意ではないからいつも部屋は散らかり放題なので私がお邪魔してお掃除とか洗濯とかをさせてもらっている。もしかしたら、新開くんがいる時よりもいない時の方が多く新開くんの家に行っているかもしれないなぁ、なんて。


「今の、彼氏?」
「そうだよ」
「…ねぇ、これいうか悩んだけどさ、」
「うん?」
「あんた、彼女っていうか、家政婦みたいだよ」


友人の言葉に、ぽろりと箸で掴んでいた唐揚げが落ちた。

あれ、そういえば、最後に新開くんを見たのはいつだっけ?
デートしたのは?キスをしたのは?新開くんの笑顔を見たのは、いつだろう。
気がつけば、私だけが一生懸命になっていて、私1人で新開くんを追いかけ回して、から回っていたなんて、笑えない。しかもそれがいつからかも分からない。

新開くんの部屋で、彼の洗濯物を畳みながら今までの私たちを振り返ってみる。
告白したのは、私から。新開くんの進学先を聞いたのも私からだし、初めてのデートで水族館に行こうと誘ったのも私だった。新開くんの返事はいつも「あぁ」か「悪い」のどちらかで、そこに新開くんの意思はなかったように思う。レースがあるか、練習があるか。ないなら私の相手をしてくれるし、あれば私と約束はしない。
それって、新開くんは私といようがいまいがどっちでも良いってことじゃないの。
新開くんって、私のこと好きなんだろうか。私って、新開くんにとってなに?必要?新開くんは、私のことなんか、好きじゃない?


パキン。

頭の中で何かが割れる音がする。
そうしたらもう、何もかもがどうでも良くなった。
きっと私たちって、最初から何にもうまくいってなかった。それを認めたくなくて、良い彼女のフリして、新開くんに縋ってたのは私。


「…バッカみたい」


幸せだったなんて、嘘っぱちだ。私はいつだって、認めたら泣きそうになるから、幸せだって暗示をかけてただけ。

机に置いていたスマホを手に取って、新開くんへと電話をかける。いつもだったらドキドキするその行為も、今はなんの感情も湧かない。それに、きっとそのドキドキは嬉しさからじゃなかった。新開くんの迷惑になるんじゃないか、嫌われるんじゃないかって、そう思ってたんだ。
レースが何時までなのか、どこで終わるかも分からないけど、電話は新開くんにつながることはなく留守番電話のメッセージが流れる。
あぁ、やっぱり。出るわけない。分かってた。だけど、今はそれで良い。


「新開くん、今までありがとう。さよなら」


それだけ残して通話を切る。そのまま、新開くんのアドレスも番号も電話帳から消した。
途中まで畳んだ洗濯物もそのままにして、新開くんの家を出る。鍵はポストに戻して、駅へと急ぐ。
早く、早くここから立ち去りたい。泣いてしまう前に、足を止めてしまう前に。


「江戸川」


ピタリと、足が止まる。


「江戸川は、オレのこと好きか?」


頭の中で、新開くんの声がする。

そうだ、新開くんはよくそう聞いてきた。何度も確かめるかのように、自分のことが好きか尋ねてくる。私はその度に「好き」と答える。そうすると、新開くんはなぜか悲しそうに眉を垂れさせてしまうから、私はその質問が苦手だった。
だって、好きなのに。どうして好きって言ってるのに、そんな顔するの?私が好きだと困るの?ダメなの?好きでいることも、許されないような気がしてしまって、怖かった。


「…嫌い。新開くんなんて、好きじゃない」


そう口に出して振り返っても、そこに新開くんの姿はない。
私が作り上げた、都合のいい幻想だ。

だけど、スッキリした。


きっと私はずっとずっと、私を苦しめる新開くんのことが嫌いだった。





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