東堂さんと夕暮れ時の教室




清廉潔白。誰から見ても真っ直ぐで綺麗で、色で例えるなら白だ。かっこいいだけじゃない。美形ってだけじゃない。真っ直ぐで、どんな時でも正しくあるべき姿を見せるのが東堂尽八という人。
みんながウトウトしてしまう昼休みすぐの古典の時間も、尽八の背筋は真っ直ぐ伸びている。綺麗な人。正しい人。でもそれが当たり前だから、それが嫌になったり疲れたりすることはないんだろう。尽八を見てるとそう思う。


「かっこいいよね、尽八」
「ム…なんだ急に」
「いや、改めて思ったの」


みんながいなくなった放課後の薄暗い教室で、2人きり。
日誌を書いている私の向かいにいる尽八は退屈そうにくるくると前髪をいじってぼんやり外を見つめていたけど、私がそう言うとチラリとこちらを向いた。
尽八は目も綺麗だ。スッと切長の目は濁りがなくて、こっちが何考えてるか全部見透かされてしまうんじゃないかなんて馬鹿みたいなことを考えるくらいに。
先生も、先輩も同級生も下級生も他校のファンも、みんなみんな東堂尽八をなんやかんやで評価している。真っ直ぐで、正しい人だと。

でも私は知っている。2人でいる時の尽八はそんなに良い子ちゃんでもないし、口数も多くはない。


「沙夜」
「なに」
「キスしたい」


グッと尽八の顔が近づく。鼻と鼻が触れてしまいそうな距離で見る尽八の顔はやっぱり綺麗でかっこいいけど、言ってることはそうでもない。
だってここは学校で、教室。みんなの知っている東堂尽八はそんなこと言わないはず。
女の子には皆平等で、高校生らしからぬ落ち着いた佇まいをしているから、ファンの女の子たちが影で「東堂様に下心なんてないのよ!」と騒いでるのを見た時は、鼻で笑ってしまった。あーあ。彼女たちに言ってやりたい。
そんなことない。尽八だって、ただの男子高校生なんだって。


「みんなの東堂様には下心がないんじゃないの?」
「なんだそれは」
「女の子たちが言ってたよ」
「…そうだな。オレは正しい道を歩まねばならんからな」


そんなこと言うくせに、尽八の長い指が私の頬っぺたを撫でる。そのまま添えられて、さらに近づく顔。今度はまつ毛が触れてしまうような距離になる。口を動かせばそれこそキスしてしまいそう。

東堂尽八は由緒正しき家に生まれ、礼儀作法にも厳しく、真っ直ぐに正しく育てられた人だ。間違ったことはしない。いつだって正しくて、進むべき道を進んでいく人。

そんな人が私の前でだけは、オトコのヒトになるこの瞬間が好き。


「いけないことじゃないの?これ」
「…さぁ。仕方ないだろう。したい」


尽八が目を閉じるのを見届けてから私も目を閉じる。唇に優しく触れた熱。あつくて、とけてしまいそう。
一度触れて、離れて、もう一度キスをする。


「好きだ、沙夜」


こういう時だけ、そんな熱のこもった目をする尽八が私も好きだ。私に恋をしている。私のことがほしいって顔をしてる。

私しか知らない東堂尽八が、好き。


「もう一回して」


ねだるように、尽八の首元に手を伸ばして私から引き寄せる。
机ごしなのがもどかしいけど、それにも少しだけ興奮してるのはきっと、私だけじゃない。





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