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ロ世紀の対決(後編)


ギャンギャン騒ぎ立てる荒北さんと、それに怯むことなくデレっと目をハートにしながら洗濯物を拾い集める江戸川さんはまるで継母とシンデレラのよう…いや、この場合シンデレラが継母にメロメロなのはおかしいか。そんな対応されて、普通は傷ついたり怒ったりしそうだけどこの2人はそうならないらしい。さっきお友達になったばかりだけど、江戸川さんは多分メンタルが強い。もしかしたら荒北さん関係だけかもしれないけど、私が江戸川さんだったらあんな風に眉毛も目も吊り上げて怒鳴られたらその場で泣き出してしまいそうだ。いくら好きな人だからといってもあの目つきと声は怖い。

好きな人…もし手嶋さんだったら…なぁんて。考えようとしてやめた。手嶋さんはあんな目をして私を見たりすることは絶対にないと、何となく分かる。

だけど江戸川さんの相手はあの荒北さん。もちろん私はレースの時の荒北さんしか知らないけれど、荒っぽくて口も悪くてちょっと輩っぽいイメージが強い。そんな荒北さんに彼女さんがいるのもビックリだしそのお相手がこのちょっぴり残念…残念は失礼か。なんて言えばいいんだろう。明るい?感じの江戸川さんだっていうのにもビックリしてしまった。まぁ確かに、私が知ってるのはあくまで自転車に乗っている時の荒北さんであって私生活では何か違うのかもしれないけど。いや、いまさっきまでの出来事思い返してみると荒北さんは自転車に乗ってる時とそんな変わりない気もする。顔も怖いし声も怖いし口も悪かった。少しだけ空気は柔らかい気もしたけど。
そんなことぼんやりと考えていたら、洗濯物を拾い終わった江戸川さんがよっこいしょと呟きながら立ち上がって私を見るとニコリと笑ってくれる。


「青八木さんごめんなさい、ありがとう」
「あぁ…いえいえ」
「?どうかした?」
「いえ、大したことじゃないですよ」
「年下に呆れられてんぞ江戸川」


考え事をしていたのが顔に出ていたらしく、心配そうに私の顔を覗き込んでくる江戸川さん。慌てて両手を振って何でもないことをアピールするけど、荒北さんが余計なひと言を言ったせいで江戸川さんの眉間にグッとシワがよる。
え、もしかして怒らせた?残念とか思ってたのも顔に出てたとか!?


「青八木さん…」
「えっ、ち、ちがいます!決してそんな!残念とかは、」


顔を寄せて、メンチを切ってくる江戸川さん。ヒッ!?さ、流石荒北さんの彼女…さっきまでの和やかな雰囲気とは一変して顔が怖い。周りの温度が下がってるような気さえする。
思わず一歩後退れば、江戸川さんは一歩近づいてきて逃げ場がなくなる。終わった。私、もしかしてビンタとかされるんだろうか。


「青八木さんさぁ…もしかして」
「ヒィ!ご、ごめんなさ、」

「荒北くんのこと好きになっちゃった!?」

「ひっ!?う、うるさ…」


キーンと耳に響くような大声で叫ばれて、もはや何て言っていたのか聞き取れないレベルで耳が痛いけど…え?なんて?私が?荒北さんのことを好きなんじゃないかってこと?どうしてそうなった?


「ウルッセェンだヨ!」


混乱してる私とメンチ切ってる江戸川さんの元へズカズカと大股で近づいてきた荒北さんが、江戸川さんの頭をバチコンと殴りつける。ものすごく痛そうだけどこっちもそれどころではない。


「痛いよ荒北くん!」
「オメーが悪い!何言ってんだバカ!」
「だ、だって青八木さんマネージャーなんだよね!?今まで荒北くんのレースとか見てるんでしょ!?それで今のオフの荒北くんまで見たら好きになっちゃうでしょ!?」
「お前基準のクソな思考回路を人に強要してんじゃネェ!」


今度は荒北さんはと顔をぐいぐい近づけて熱弁する江戸川さん。荒北さんはそんな江戸川さんのおでこに手を置いているのである程度距離は保たれているものの、チラリと見えた荒北さんは恐ろしい顔をしている割に耳が赤く染まっているけれど、素直にそんなことを言うほど私もアホではない。正直、この2人にこれ以上巻き込まれるのはごめんだ。何ならもう帰りたい。早くお部屋に戻って幹ちゃんとババ抜きがしたいしお風呂にも入りたい。


「あれ?一花ちゃん?」


あまりの心細さに泣き出しそうな気さえしていたら、突然聞こえてきた大好きな声。

なんでこの人は、いつもいつも私が来て欲しい時に見つけてくれるんだろう。よく知った声に顔を上げれば、取っ組み合ってる荒北さんと江戸川さんの向こうの影からひょっこりと顔を出してこっちをじっと見つめている手嶋さんがいる。そしてその背後には、同じく私の大好きなお兄ちゃんも。


「手嶋さぁん!お兄ちゃぁん!」
「どわっ、ちょ、え、どうした?」
「…何でそんな変な顔してるんだ」


思わず駆け出して、2人にそのまま飛びつくようにダイブすれば手嶋さんが少し遠慮がちに私の背中に手を添えて支えてくれた。変な顔って…お兄ちゃんひどい。そして何だかとっても恥ずかしいことをした気がするけどそれどころではない。ようやく安心できる人たちに会えてホッとして、気を許したら本当に涙が出てきてしまいそう。
そんな私の心情を知ってか知らずか、手嶋さんとお兄ちゃんは顔を見合わせるとぽんぽんと頭を撫でてくれた。優しく撫でられると安心する。おそるおそる顔を上げれば手嶋さんが困ったような顔をして私を見つめていた。

あ、ほら、やっぱり。手嶋さんは荒北さんみたいな鋭い目で私を見ることなんかない。いつだって優しくて甘やかしてくれるから、私はそれが少しだけ嬉しくて、少しだけ怖い。だってそんな目で見られると、ほんの少しだけ期待してしまう。もしかして、手嶋さんも少しは私のことを好きでいてくれてるんじゃないかなぁ…なんて。


「一花ちゃん?何かあったのか?」
「…あ、いや!何でもないんです!」
「そうか?その割にはその…なんつーか半泣き状態だったけど」


そう言われて、慌てて手嶋さんから距離を取って自分の頬っぺたに両手を当てる。ぺたぺた触ってみるけど涙は流れてないはず。え、もしかしてお兄ちゃんの言う通りものすごく変な顔をしてたのかな私。だとしたら恥ずかしすぎる!お兄ちゃんなら全然良いけど、手嶋さんだけには見られたくない。いつだって完璧で、なるべく可愛くした私を見てもらいたいのに。
しゅんと肩を落としていれば、私の身長に合わせるようにして手嶋さんが腰を屈めて私の顔に自分の顔を寄せてきた。


「荒北さんに、何かされた?」


多分、荒北さんに聞こえないようにだと思うけど囁くような小さな声は心臓に悪い。ドキドキうるさい心臓の音が聞こえないように両手で胸を押さえてコクコクと頷くことしかできない私。だって、顔が、近い!私が少しでも動いたらどこかとどこかが触れてしまいそうなくらいの距離だ。


「ホント?」
「は、はい。あの、江戸川さんと荒北さんが私のことも誘ってくれて…それで…着いてきたんですけど…」
「あぁ…そうだったのか。江戸川さんって?あの人?」


手嶋さんが指をさした先を視線で辿れば、こちらに歩み寄りながらもまだギャンギャン騒いでいる荒北さんと江戸川さんがいる。
江戸川さんが何かを叫んで、それに対して荒北さんが吠えて江戸川さんのおでこを勢いよく叩く。廊下に響き渡る声と乾いた音。だけどどうしてか、2人とも楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。江戸川さんは言わずもがなだけど、なんやかんやで荒北さんも江戸川さんから見えないようにしてフッと笑っているのが遠くから見ていると分かる。あ、荒北さんもあんな優しい顔ができるんだ。


「江戸川さん、荒北さんの彼女さんなんですよ」
「…え!?マジ?」


手嶋さんは目を丸くさせて驚いているし、隣にいたお兄ちゃんも珍しく目を見開いて固まっている。そうだよね、そうなるよね。だって2人にとってはあの箱根学園のエースアシスト、野獣荒北靖友というイメージしかないだろうし。私ですらあんな荒北さんを見て驚いたんだから、2人はもっと衝撃的だろう。


「そっか…俺はてっきり一花ちゃんが荒北さんに迫られてるのかと…」
「…え?」
「流石に荒北さん相手に正面から喧嘩ふっかけることなんて出来ねぇし、どうしようかと思ってたとこ」
「そんな!私が荒北さんになんて、ないですないです!」
「あ、ホント?良かった良かった」


手と首をブンブン左右に振って否定すれば、手嶋さんはニコリと笑ってくれたけどその顔は何だかいつもの笑顔とは違う気がする。何となく、ちょっと怖い顔をしているような…これはアレだ。ごく稀に見る悪手嶋さんだ。
もし、万が一荒北さんに迫られてましたなんて冗談でも言っていたらどうなっていたのか。想像するだけで背筋が凍りそうになる。そしてそれはお兄ちゃんも一緒だったらしく、手嶋さんのことを横目で見ては小さな声で「…純太」と呟いているのが私には聞こえた。


「何があったなら言ってな。俺が助けるからさ」


ぽんぽんと頭を撫でながらそんなカッコいい台詞が似合うのは手嶋さんくらいだ。
やっぱり手嶋さん、カッコいいなぁ。尊敬とかももちろんあるけどそれだけじゃ物足りないくらいに、私にとって大切な人になってしまっている。手嶋さんが笑うと私も嬉しいし、手嶋さんが悲しいと私も悲しい。手嶋さんには笑っていて欲しいし、私がそのお手伝いが出来たらいいなって思う。
もちろん、まだまだこんな私じゃ手嶋さんの支えになんてなれないのは分かっているけれど、少しでもいいから、私が手嶋さんの止まり木になれたらいいのに。


「な?言ったろ?最初からアイツ俺のことなんか眼中にねェンだヨ」
「なんで!?荒北くんはこんなにカッコいいのに!?」
「お前が何でだヨ!好きになられたら困るんじゃなかったァ?」
「それは困るけど好きにならない意味もわかんない」
「めんどくせぇ!」


…それは、荒北さんに同意する。
手嶋さんとお兄ちゃん、私と3人でこくこく頷けば江戸川さんはまたもや大きな声で「なんで!?」と叫んだ。


ちなみにこの後お兄ちゃんとアシストの手嶋さん、福富さんとアシストの荒北さんで睨めっこをしていたらまたもや江戸川さんがホテルに響き渡るくらいの大きな声で歓声を上げ、どこからともなくスタスタと廊下を歩いてきた箱学のマネージャーさんに全員でこっぴどく叱られたのはナイショの話。







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