エンカウント小説 | ナノ

ロ世紀の対決(前編)


ぐるぐる回る洗濯機をぼーっと見つめながら肩を回せばゴキッと聞いたことのない音がなってしまった。びっくりして辺りを見渡すけど誰もいなかったのでセーフ。女子高生から聞こえる音じゃないよこの音。マネージャー業がこんなにも大変だなんて知らなかった。
香穂ちゃんにどうしても!と頼まれてマネージャー補助として付き添うことになった地方のレース。大量のボトルに飲み物を入れて運んだり、洗い物をしたり補給食を用意したり自転車まで運んだりして、レースが終わって宿についてゆったり出来ると思ったら今度は大量の洗濯物に追われるなんて聞いてないです。聞いてたら断ってました。あの時の私に教えてあげたい。「靖友のこと間近で応援できるよ!」という香穂ちゃんの甘い誘いに乗ってしまったバカな私に。忙し過ぎて荒北くんの応援なんて全然出来なかったですよ。多分普通に来てた方が応援できたよね?私今日のために荒北くん応援うちわを作って持ってきてたのにそんなもの出す暇もなかったけど。どうして?
でもまぁ、普通に応援に来るだけだったらこんな地方まで泊まりで1人で来ることを許されなかっただろうし…仕方ないか。うちわは後で荒北くんに直接見せようかな。いや、でも明日のレースの途中でチャンスがあるかもしれないしまだ隠し持っておこうか。
ぐるぐる回る洗濯機をを見ながらぐるぐるとそんなこと考えていたらピーピー音が鳴って洗濯が終わった。洗濯物を取り出してカゴに押し込んでから、ヨイショと両手でカゴを持ち上げてよたよたと廊下を歩いて進んで行く。マネージャーって本当に大変だ。香穂ちゃんってすごい。


「あ!江戸川!」
「ひ!?」


廊下を歩いていたら突然大声で名前を呼ばれてビシッと姿勢が正しくなる。そのせいで両手から落ちていくカゴ。スローモーションに見えるくらい散らばっていく洗濯物たち。あーあ。やってしまった。でもまぁ仕方ない。だって今の声は私の大好きな、今日1日ずーっと聞きたかった声だったし。


「オイ何ぶちまけてんだヨ!」
「荒北くん!」
「ちゃんと片付けてからこっち来い!」
「いいの!?」
「おもしれーもん見せてやっから早く来いヨ!」
「はい!」


私が進もうとしていた方向とは別の方向にいたのは荒北くんと新開くん福富くん、そしてあと知らない人が2人こっちを見て困った顔をして立ち尽くしている。誰だか分からないけど、とりあえずその場にしゃがみ込んで散らかしてしまった洗濯物を急いでカゴの中へと戻していくことにした。あーもう、早く片付けて荒北くんのところに行きたい!今日のレースの感想も伝えたいし私が用意したボトルについても感想をもらいたいし、いやそんなことより話したいこともたくさんあるし!
焦ってしまうとなかなか作業が進まずにもたもたしていると、横から白くて細い手がそっと差し伸べられてきた。顔を上げれば、パッチリして可愛らしい大きな瞳と目が合う。


「大丈夫ですか?」
「えっ、あ、ありがとうございます…すみません」
「いえ。洗濯物大変ですよね」


ニコニコ笑って一緒に洗濯物を拾ってくれる女の子はどこかで見たことあるような気がするんだけど…どこだっけ?綺麗な金髪におっきな目とおっきなおっぱい…んー…


「あ!トイレ!」
「え!?と、トイレ?」
「あの、インターハイの時にトイレで会った…ような…」


そうだ思い出した。去年、インターハイを観に行った時にトイレの場所が分からず彷徨っていた私に声をかけてくれた優しい女の子。あの時は名前も聞けずただひたすら頭を下げることしか出来なかったけど、何で優しい人なんだろう!女神!と思ったのをよく覚えている。
目の前の女の子は大きな目をパチクリさせると、「あ!」と言って両手を叩いた。どうやら当たってたみたいだ。


「あの時はありがとうございました!」
「いえいえ!」
「そしてまた助けてもらっちゃって…」
「そんなの気にしないでください!っていうかそんな、顔あげてください!」


座り込んでいたのでそのまま地面に額を擦り付けるくらい深々と土下座をしてみたら女の子は遠慮がちに私の肩をトントンと優しく叩いてくれた。顔を上げれば困ったように眉を下げて笑っている女の子はやっぱり可愛らしい。そしておっぱいが大きい。どうしても目がいってしまって申し訳ない。
手伝ってもらいながらなんとか落ちていた洗濯物を全てカゴに詰め終えてもう一度両手で抱え込んで立ち上がる。そういえば荒北くんが呼んでたんだった。早く行かないと!でもその前に今度こそこの可愛い女の子の名前を聞かないと!くるりと振り返れば、女の子はこっちを見て不思議そうに首を傾げている。可愛い!おっぱいがおっきい!


「あの!もし良ければお名前を…」
「あぁはい!青八木一花です」
「青八木さんですね!私は江戸川沙夜です!」


ペコリとお辞儀をすれば青八木さんも同じようにお辞儀をしてくれた。2人してえへへと笑い合っているとふいに青八木さんがそう言えば、と口を開く。


「江戸川さんはどこかのマネージャーさんなんですか?」
「マネージャーではないんですけど…お手伝い的な…青八木さんはマネージャーなんですか?」
「はい!千葉の総北高校です!」


千葉の…どこかで聞いたことあるような気がするけど思い出せない。でもまぁどこの自転車競技部も大変なのは変わりないだろうに、マネージャーをやってるなんて偉すぎる。こんなに小さいのに、大丈夫なんだろうか?それとも私の体力がないだけなのか?慣れるものなのかなマネージャー業って。きっと青八木さんも自転車が好きなんだろうなぁ。
私ももう少し早く自転車のことを知ってたら荒北くんと同じ部活に…入ってないだろうなぁ。こんな邪な気持ちで続くようなお仕事じゃないし。それに別に自転車に乗ってる荒北くんだけが好きなわけじゃないし。でも自転車に乗ってる時の荒北くんはいつもよりも数百倍キラキラして見えるしカッコいいから間近で見たかったなって気持ちはあるけど、それはまぁ今後追々。多分大学生でも自転車続けると思うし、たくさんレースとか見に行けたらいいなぁ。


「江戸川さんはどこの…」


なんて、青八木さんが質問してくれたと思ったらそれを遮るようにドタドタと騒がしい足音と怒鳴り声がホテルの廊下に響き渡る。


「江戸川おっせーヨ!世紀の対決が終わっちまっただろーが!」
「あ、荒北くん!」


キーンと耳に響く荒北くんの声。わぁ、なんだかいつもよりテンションの高い荒北くんだ嬉しいなぁなんてこっちもテンションが上がる。荒北くんは基本2人でいる時よりも自転車部の人たちといる時の方がちょっとおバカで楽しそうだから、それを見れるのは嬉しいしそんな荒北くんも好きなので私にとってはなんてことないんだけど、目の前で硬直している青八木さんにとっては突然現れた顔がヤバくて声のデカい歯茎剥き出しの元ヤンキーでしかない。
私だけではなく青八木さんもいることと、自分の登場によって青八木さんがビックリしていることに気づいたのか、荒北くんは少しだけ気まずそうにぽりぽりと頬っぺたをかいている。


「えっと…誰ェ?」
「千葉の青八木さん!友達!」
「千葉の青八木はさっきこっちにいたぞ」
「え?」
「は?」


私と荒北くんが頭の上にハテナマークを浮かべていると、固まっていた青八木さんがそっと手を挙げた。


「それは多分…兄かと…」
「…オメーの兄ちゃん睨めっこが強ェか?」
「睨めっこ…?えっと、多分…」
「じゃあそれだな」


なぜか意思疎通ができている荒北くんと青八木さん。私だけ訳がわからず荒北くんと青八木さんを交互に見つめていると、ぱっちり目があった荒北くんが私のおでこをバチンと指で弾いた。痛いけど、やっぱり荒北くんはどこか楽しそうだから見ているこっちも楽しい。いつもより表情豊かな荒北くんを見るとこっちまで笑顔になってしまうから恋する乙女は不思議である。おでこのデコピンなんてどうでも良くなっちゃう。思わず溢れてしまう笑顔に、荒北くんはいつもならぐにぐにと頬っぺたを引って「何笑ってんだ!」って怒ってくるはずなのに、今日はそんなの気にせずがっしりと私の肩に腕を回してズルズルと引き摺るようにして廊下を進んでいく。何これ!何ですかこのボーナスステージは!?


「今世紀の睨めっこ対決やってたんだヨ!江戸川がオッセーから終わっちまったけど…この後第二回戦だ!」
「睨めっこ?」
「そう!無敗の鉄仮面フクちゃんと総北の秘密兵器!表情を捨てた男青八木の対決!」
「ブフッ!」


荒北くんの言葉に、青八木さんが吹き出してしまった。お兄さんに対して失礼だったかな?と思ったけどでもその割には絶対今、この子笑ったよね?笑ってたよね?


「あ、す、すみません…」
「オメーの兄ちゃんマジ強いな!良かったらお前も見に来いヨ!」
「え!?私も良いんですか?」
「ギャラリーいた方が盛り上がンだろ!」


私の首をがっしり抑えつつも振り返った荒北くんがチョイチョイと青八木さんを手招きしている。青八木さんは少しだけ悩むそぶりを見せたけれど、なんやかんや好奇心に負けたようでちょこちょこと私たちの後ろをついてきた。
女子にも優しい荒北くんはカッコいいけど!青八木さんも荒北くんのことが好きになっちゃうからあんまりカッコいいことするのはやめてほしいよ!本人は何にも気にせず楽しそうな顔してるけど、うーんそんなお顔もかっこいい!好き!


「いやーマジ青八木逸材すぎたからチーム戦にすることにした!」
「よく分かんないけど荒北くんが楽しそうで何よりだよ!」
「江戸川さんは荒北さんの彼女さんだったんですね!」


ニコニコ笑う青八木さんがそう言うと、ピタリと私と荒北くんの時間が止まる。

彼女さん。私が、荒北くんの、彼女。

めちゃくちゃいい響き!そうです!そうだよね!?私が荒北くんの彼女です!


「ハイ!荒北くんの彼女の江戸川沙夜です!」
「声デッケーヨバァカ!」


ドンっと背中を思いっきりどつかれて、不意打ちに耐えられず私の手からまたもや洗濯物たちが飛び立っていく。あ、これやばいな。


「ァァアアアア!洗濯物がぁー!」
「ちゃんと持っとけっつったろ!」
「…手伝います」
「ほんと!ほんとごめんね青八木さん!荒北くんが照れ屋なせいで!」
「人のせいにすんな!」


私たちのやりとりを見て、少し引き攣った笑みを浮かべた青八木さん。いや、本当に申し訳ない…ごめんなさいしか言えない。









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