一枚の写真を握り締め、心底愛おしそうに眺めて撫でさすりながら薄く笑んでいるその横顔は、まさしく亡霊とはこういう相貌をしているのだろうと理解、納得させるにはあまりあるほどの説得力と、なにも手の施しようがないのだという虚無感とを、考えるまでもなく強く彼に植え付けたが、しかしそれは今この場にいる彼ら二人にとってはさほど重要ではなかった。
そうして久しく白いベッドに横たわり写真を放さないでいるその姿は、やはり何度見ても慣れることなど決してなくひどく痛ましく、幾度目か分からない溜め息を深く吐くと、彼は低く、静かに言葉を落とした。

「――おい、聞こえているか?」

手にされた写真には、エジプトの晴天の下、男が五人と、女が一人写っていた。そして犬が一匹。
皆瞳は輝き、それぞれがそれぞれらしい笑顔を浮かべており、彼らの背後には空が藍を溶いたように澄み渡り、故郷の日本ではあまりお目にかかることの出来ないはっきりとした濃い青が印象的で、一つ二つ鱗のように浮かんだ白い雲が更にコントラストを強めていた。

各々が決意や覚悟を胸に歩んだ、たった五十日の旅の途中、皆で撮った写真だった。
彼にも見覚えのある、否、見覚えのあるどころではない、彼にとって、生き残った四人にとって宝のようなものであるそれは、死路へと旅立った彼らの姿を残しているものが極少なく、自分たち六人と一匹皆が揃っているものは言を重ねるまでもなく稀有だからこそ尚更、愛おしく悲しかった。
彼はあの旅を後悔したことなどなかったが、それでも。
男も、皆も、失ったものが多すぎた。

「なあ、」

もう一度呼びかけたものの、相も変わらず写真を食い入るように凝視する目は微動だにせず、写真を撫でさする指が止まることもなかった。
その聴覚にも視覚にも異常などなかったが、思考や感情が鈍麻、平板化し、顔の表情に動きを起こすことが出来ず、感情表現の一切が欠如しているのだと言っていた医者の言葉そのままに、ただひっそりと横たわっていた。

慈しむように写真を撫でるさまはあの日から全く変化がなく、それを見てきた彼はますます虚無感と絶望感を強めていた。
あの時、彼が諸悪の根源、一族を長年苦しませ続けた吸血鬼を倒したあの時から、そこだけまるで時が止まっているかのようだった。
彼が得たものは母の命、因縁と宿命の終わり、生き残った仲間との強固な絆、しかしながらそれでも失ったものは大きすぎた。
高潔な意思を持ち、自分の身に何が起ころうと後悔はないと覚悟していたとしても、唯一無二の旅の友や――そして生まれもった能力がゆえに、孤独のなか歩んできたそれまでの十七年の人生において、初めて心通わせた大切な“恋人”を、自らの手で守ることが出来ず、自身の眼前で死なせてしまったのならば、この容態も無理なからぬことなのかもしれなかった。
次第に冷たくなっていく恋人の死体を腕に抱いて、その間なにを考えていたのかなど今となっては男にも分からない。

彼ら二人しかいない白い部屋のなか、写真の表面をゆっくりと撫で指が立てるかすれた音を聞きながら、何度目か分からない溜め息を再度吐いて承太郎は静かに目を閉じた。
はじめたものは、終わらせなければならない。
そうしなければ死んでいった仲間たちに顔向けが出来ないのだ、自分も、こいつも。

「……思い出せ、考えろ。あの時のことを初めから」

悲しみや愛おしさ、希望に縋る足掻きやどうか救い出したいと願う苦しみ、様々な感情の溢れた、それでいて激情を必死に堪えて地を這うように低く響く声、それを聞いて、写真を一心に見つめていた瞳が久方ぶりに泣くように小さく揺れた。
もしかしたら、この時を待っていたのかもしれなかった。
彼も、彼女も。
おわりをはじめよう

(2015.06.30)
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