張は頬を歪めるようにして笑みを浮かべた。
なまえの元来貞淑そうなかんばせがそうして発情した動物じみてとろけているさまは、はっとするほど凄艶だった。

なまえは張維新チャンウァイサンのもの。
どう扱おうが、なにをめいじようが、彼の自由だ。
そんな当然のことを、身をもって証明している女の憐れさ、淫猥さ、いじらしさときたら。
桃色に上気した顔や首筋、極上の甘露もかくやとばかりに瑞々しい汗、伝い落ちる酒、纏わり張りつく黒髪、粟立ちふるえる腕や手指、荒い呼吸に合わせたぷんと弾む乳房、嬌羞きょうしゅうと快楽にくねる腰、悩ましげな曲線を描く臀部や太腿、罪深いほどか弱い指先が開いてみせる陰唇――快楽に溺れたメスはその汗みずくの裸体を猥雑にくねらせ、見る者すべてを煽り立てるのにあまりある淫蕩さでもって、飼い主の目を楽しませていた。

「あっ、ああぁっ、はぅ……はぁっ! んっ」

男を知る特有のなまめかしさを備えたなまえの腰は、不規則にびくっ、びくっと跳ねていた。
そのたびにたわわに実った乳肉が、そそるように甘く揺れた。
両手を蜜壺に伸ばしているせいで、意図したわけでないものの、なまえ自身の腕によって乳房は寄せられていた。
理想的なまるみを帯びた柔乳が谷間の影を深くし、身悶えるたびたぷんと量感たっぷりに弾んでいる。
谷間へ垂れた酒がわずかに溜まり、それがまた筆舌に尽くしがたいほど卑猥だった。

「ひぅ……ッ、また、ひぁあっ! だんなさまっ、だめ、もう、なまえっまたイッちゃ、いっちゃうぅっ、いって、いいれすかっ……」

もしもそれすら禁じられたらどうしようかとなまえは怯えたものの、飼い主はさして興味もなさそうに、とんっと灰皿へ灰を落としながら「ああ、良いぞ」と許可を与えた。
男の素っ気ない声音に、更に涙がこぼれるのを堪えられない。
しかし最早耐えがたいほどに彼女は追い詰められていた。
許しをたまわったなまえは、あられもなくくっと喉を反らして、痛いほど張り詰めた秘豆を押し潰すように擦りあげた。
酒のせいだけではない、溢れた熱い蜜液は、いつの間にか両手首までしとどに濡らしていた。

「ぁあッ、ありがとぉございますっ、いく、いっちゃ、ひぁあんっ、だんな、さまぁっ! 〜〜ッ、あ、ひあぁあッ……!」

聞くに堪えない、浅ましいメスの嬌声だ。
ぎゅっと爪先が丸まる。
他でもない飼い主の視線も、絶頂の一因だった。
ぶるぶると内腿が跳ね、思わず脚を閉じかけてしまう。
しかしそれは主人の命令に背くことだ。
なまえの脚を踏み押さえている、ひとを足蹴にするためにあるかのような硬い革靴の感触も、それを許さない。
絶頂に霞んだ意識のなかでも主の命令に従おうと、なまえはほとんど無意識に奥歯を噛み、揺れる膝を懸命に堪えた。

「ぁ、はあっ……! はーっ、はー……、ぁう……はっ……」
「随分良さそうだなあ、なまえ。――今日はこのままひとりあそびだけにしとくか?」

問いというには、声は多分に揶揄を含んでいた。
ふっと紫煙を吐き出しながら張が首を傾げた。
どろどろにとろけた顔貌と思考で、はふはふと懸命に呼吸していたなまえは、その瞬間、男の言葉に打たれたように、ぴくっと肩をふるわせた。

「……ッ、や、やらぁ……やなのぉっ」
「嫌? なにが嫌なんだ、なまえ」
「う、……っ、いじわるをおっしゃらないで、……もう、なまえをいじめないで……」

絶頂の余韻に潤んでいた瞳が、悲哀を孕んで光った。
なまえはもどかしい疼きにさいなまれていた。
先程から何度達そうとも、否、絶頂へ至れば至るだけ、きつく収縮する隘路が寂しいと訴えかけてきていた。

体勢的にも肉体の構造的にも、自分では膣口の浅いところしか刺激することができない。
指だけでは届くところに限界がある。
なまえは焦れったく腰を揺すった。
いつも胎を埋めてくれる、食い締めるものを求めて、きゅうっと空洞が収斂した。
自分の指先を咥えさせるも、その差異にかえって辛くなってしまう。
もっと奥まで来て、と誘う媚襞が貪欲に蠢くものの、彼女にはどうしようもない。

腰の奥で甘く焦げつくような飢餓感に、焦燥ばかりが募っていく。
主が火を点けた肉体が、主を求め、疼き、耐えがたい渇望をもたらしていた。
この世でただ唯一と慕う男が目の前にいるというのに、ひとりで自らを慰める真似をしているのはひどく惨めで、寂寥せきりょうすら感じた。
なにせ呼吸すら許されないような口付けから解放されて以来、一度も張にはふれられていなかった。

「っ、も、やだぁ……さわってください、だんなさま……。なまえ、ひとりできもちよくなるの、やら……だんなさま、もう、」

他に乞う言葉を持たぬ女は舌足らずに泣いた――「あなたにふれてほしいの」と。
発情したメスの鳴き声だと遅れて自覚するものの、そんな後悔と羞恥に頓着している余裕などとうにない。

胎を這い回る疼きは、ますます酷くなっていた。
いつものように奥を乱暴に揺さぶってほしくて堪らなかった。
どうしたら飼い主はふれてくれるのだろう?
ひとりで感じる快楽など、寂しいだけなのに。
許容量を超えた羞恥と喜悦と、身に纏うアルコール臭に酩酊した意識は、最早なりふりなど構っていられなかった。
なまえは自分ではどうすることもできない衝動と苦悶に泣きながら、相も変わらず憎らしいほど言笑自若げんしょうじじゃくなさまでジタンをくゆらしている張の顔貌を仰いだ。

「だんなさまぁ……っ、おねがい、どうか、」
「は、堪え性がねえな……」
「ぅ……ごめ、なさい……っ、なまえにさわって、くださいっ……! は、ぁっ、おなかのなか、あつくて……ぅ、さみしいんです」

主に呆れられたくない。
けれどはやく満たしてほしい。
どちらも彼女の嘘偽りない本心だった。

聞き分けの悪い幼な子のように惨めにしゃくりあげれば、憐れんでくれたのか、それともようやく満足してくれたのか。
彼女の左足を踏みつけていた革靴がとうとう放された。

冷たく硬いテーブルの上で長時間同じ姿勢で強張っていたなまえの肢体は、とうに限界だったらしい。
全身の関節がひどく痛んだ。
特に下肢はなまえ自身の意思を裏切り、ローテーブルの上でぺたんと座り込んだまま、立ち上がるどころか床へ脚を下ろすこともできず、ひくっと無様に痙攣するばかりだった。

「うぅ……だんなさまぁ……」
「わかったわかった、ほら、泣くな」

空になったグラスが卓上の、彼女の横へ置かれた。
なまえがぐすぐすとべそをかいていると、抱き上げられ、上等なスーツが汚れてしまうのも構わず腿の上へ乗せられた。
グラスを持っていた男の指先は冷たく、なまえはふるりと肌をわななかせた。
涼しげな顔をしている張とは反対に、脳髄まで煮崩れそうになっていた女の肉体は火傷しそうなほど熱い。

黒くきらめく瞳が、涙と共に溢れてしまいそうだった。
真っ赤になってしまった目元を見下ろし、張は、ふっと苦笑した。

「後で冷やさないとな。……そのうち溶け出しちまうぞ」

そっと指先で目尻をぬぐわれ、なまえは強張っていた四肢から力を抜いた。
ふれてくれる男の手は、いままでの威圧感が嘘のようにやさしい。
焦燥と怯えの滲んでいたなまえの顔に、安堵したようなあどけない微笑みが浮かんだ。
もう、耐えがたい恥辱の時間は終わったのだと思った。

平生の聡いなまえならば、サングラスの奥の張の双眸がちっともやさしくなどない・・・・・・・・ことに気が付いたかもしれない。
残念ながら、いまの彼女にそこまで察知しろとは無理な要求だったが。
穏和な指先になまえがほっとしたのも、束の間のことだった。

「〜〜ッひ、あ"あァっ……!」

突然の強すぎる快楽に、なまえは思い切り仰け反った。
眼前でちかちかっと星が舞う。
ほころんだ蜜口へ、ぬるぬると硬いものが擦りつけられたかと思えば、――有無を言わさず、熱く滾った肉棒が腹奥にまで突き立てられていた。
衝撃は子宮が突き上げられるようだった。
腹から下が溶けてしまいそうな錯覚すら覚える。
豊潤な花蜜に任せ、狭隘な襞をこじ開けるようにして、太い屹立がずっぷり腹奥にまで至っていた。
内に溜まりに溜まっていた淫汁が、みっちりと挿入された異物に押し出され、ぶちゅりっと下品な音と共に噴き出た。

容赦ない不意打ちの急襲に、なまえは白い背を弓なりに反らして総身をがくがくっと痙攣させた。
重たげに伏せられていた目蓋はまなじりが裂けんばかりに見開かれ、ちいさな口ははくはくと空を噛んでいた。

「ぁ……! あ、ぁ……」
「はぁー……そんなに待たせたか、っ、ナカがしゃぶりついてくるぞ」

なまえは、耳元で荒く囁かれた男の言葉を解することは敵わなかった。
ただ、張の声が、鼓膜越しに自分を犯しているという事実だけおぼろげに認識していた。
朦朧とした意識では、いつ彼がベルトを外し、トラウザーズをくつろげていたのかすらも判然としなかった。

既に幾度か達し、なまえ自身の指によりゆるみほぐされていたとはいえ、挿入のため奥まで慣らされていたわけではない。
ただでさえ太く硬い雄の肉杭は、挿入されているだけで、無理やり胎のなかを拡張させられているかのようだ。
熱い剛直の脈動を身体の内側で感じたなまえは、びくんっと背筋をふるわせた。

「っ、はー……そんなに締めるなよ、なまえ」
「ぅ――ああぁ……ン、ぁ……」

欲にかすれた、腹底へ重く響く声で囁かれる。
しかしなまえの可憐な唇は、意味を成さない喃語なんごしか発せずにいた。
ずっと求め続けていたとはいえ、あまりに強すぎる快楽――否、快楽というより暴力的な衝撃に、なまえの目の前が真っ白に弾けた。

やにわに倒れ込んできたなまえの体を、張は悠々抱き留めた。
どうやら意識が飛んでしまったらしい。
張の上でなまえは糸が切れた人形のようにぐったりとうつむいている。
華奢な肢体はともすればふれることに躊躇いを覚えるほど脆くおぼろげだったが、その柔肌を食い破る悦びを知っている男は、遠慮なくそのやわらかさを堪能していた。
なにしろこの浮き世において、この女は今生、自分だけのものである。

酒と汗に濡れた肢体は完全に力が抜け、にもかかわらず規格外の肉竿によってくつろげられた隘路は、決して彼を離そうとしなかった。
雄をずっぷり咥え込んだ雌孔はとろとろにこなれ、律動を急かすように幹の根元から先端まで、緩急を付けて締めつけてきた。
たっぷりの淫液を絡ませた膣襞は、舐めしゃぶるように執拗に裏筋や鈴口を刺激している。
挿入したものの動かさず、馴染んできた極上の膣孔が絡みついてくるさまを楽しんだ。

弛緩したなまえの肉体をこちらへもたれかけさせたまま、張は歯型の付いてしまった煙草を灰皿へ放った。
フーッと熱っぽい息を吐きつつ、サングラスとネクタイを取る。
男のぎらついた瞳は獣が獲物を狙うのに似た鋭さで、射すくめんばかりにおのれの女を見下ろしていた。

首元のボタンもひとつふたつ外したところで「なまえ、」と呼びかける。
しかしぐったりとうつぶせたなまえの反応はない。
やれやれと嘆息した張は、おもむろに女の細い顎を持ち上げた。

「ほら、なまえ、起きろ」

ばちんっと派手な打音が鳴った。
まるい頬へ平手を食らわしたてのひらを、なまえの背へ回してやる。

「――ぅ、あ……? ぇ、だんなさま、」

なにが起こったのかわからない、と涙と唾液でぐちゃぐちゃになった女の顔に書いてある。
なまえは「う、」と幼児じみた仕草で、じんじん痛む頬をてのひらで押さえた。
頬を殴打されて内側が歯に当たってしまったのだろう。
口の端から血が垂れそうになっていた。
可憐な唇が赤くぬめっている。
ぱちぱちまばたきしているさまは、文目あやめもわかたぬ幼な子のようだった。

その様子を場違いなほどやさしげな眼差しで眺めていた張は、ふっと口角をゆるめた。

「ッ、ひあ"あァあっ! やらぁっ、まってぇ、やぁッ」
「はっ、そう泣くなよ、酷いことしてる気分になるだろ?」
「ふ、うぅ……も、ひど、ひどいことっ、してゆぅっ! あっ、あンッ」
「ああ、足りないか? じゃあもっとしてやろうな、っ」
「ちがッ、ちがうのぉッ、あ、ふあ"ァっ」

軽口を叩きながら、両の膝下に腕を回して、男を誘うためだけにあるかのようななまえのまるい腰を乱雑につかんだ。
抱えた肢体を、自慰用の性玩具よろしく遠慮なく上下させれば、無理やり脚を開かされたなまえはがくがくと身悶えた。
ばちゅばちゅっと肉のぶつかる猥雑な音が高く鳴る。
想定されていない激しい律動に、ぎ、ぎっとソファが軋んだ。
自重もあって最奥を容赦なく叩かれ、なまえはされるがまま、抽挿ちゅうそうに合わせて張の上で淫らに跳ねてみせた。
過剰な悦楽を与えられてなまえの顔が崩れていく。

自分の煙草と酒の香りを纏った女の肌が、玉のように光っている。
誘われるままに張が喉元へ噛みつけば、口のなかになめらかな質感、そして酒の味が広がり、理性だの思惟しいだのが恐ろしくなるほど溶かされる心地がした。
痛みのため、そして喜悦のため、雄を咥え込んだ女の胎が、ぎゅうっと収斂した。
捕食される――生き物として本能的な恐怖に、とうにまともな思考など飛ばしたなまえが、断続的にびくびくと身をすくませた。
ふるえる声で「たべちゃだめ」と泣いている。

たどたどしく悲鳴を漏らす小鳥の脆弱さ、憐情心を掻き立てるさまときたら。
はっと息をつけば、思いの外荒く、獣じみた吐息がこぼれた。
なまえの嬌声さえずりは、ひたすら雄の嗜虐心を満たし、そして同時に、もっと欲しがれ、とけしかけていた。
平生、清純ぶって澄ました金糸雀カナリアの顔がどろどろにとろけているさまは、ただそれだけで張を昂らせた。

揺さぶる合間、それまで一度もふれていなかった、律動に合わせ重たげに揺れる乳房の先端を舌でいらってやれば、悲鳴じみた嬌声が高くあがる。
硬く尖った乳頭をぎりぎり苦痛を感じない程度に、しかし決して甘くはない強さで嬲る。
揺れ弾む白い双球を甘噛みされて、これ以上ないというほどきつく締めつけていたナカが更に甘美に引き絞られた。

「ひぃいんッ、や、それらめぇっ! だんなさま、やらぁッ」
「ッ、ああ、そうだな……こういう時はなんて言うんだ?」

まろやかな膨らみは律動に合わせ、悩ましげに形を歪めた。
時折思い出したように、いたずらにぎゅっと硬くしこった乳首へ歯を立てられる。
その気まぐれのような淫らな刺激に、なまえは一々敏感に反応してしまう。
男の手で淫猥に育てられたやわらかな乳房を存分に嬲られ、下腹をひくつかせて身悶えた。

「あ"あぅ、〜〜ッ! ぅ、きもちいいぃ……! きもち、いぃのありがとぉござひ、ま、あぁっ! らめぇッ、ぁんッ、あたま、ふあぁうッ、おかしく、なりゅ、ぅっ……!」

閉じることもできずゆるゆると開いたままのちいさな唇からは、発情しきったメスの嬌声と、嚥下しきれない唾液とがだらしなく垂れていた。
つたなく「嫌」と「気持ちいい」を交互に吐く口が愛らしく、いとおしく、憎らしく、そして可哀想・・・で、張は赤い唇をおのれのそれで塞いだ。
ぶわりと口腔に、そして鼻腔に血の味が抜けた。
いままで彼の味覚嗅覚を占領していた、濃い紫煙と酒の味を塗り潰すかのようだった。

それに気付いたのか、なまえは嬉しそうに瞳をとろとろと潤ませ、唇を擦り合わせて積極的に口付けをねだってきた。
律動の合間、唾液を流し込んでやれば、喜悦に目尻をとろかせながらこくこくと飲み下している。
それだけで射精欲を促すような、鼻にかかった甘ったるい女の嗚咽が途切れ途切れに漏れた。

口付けたまま、張は喉奥だけで笑い声をこぼした。
羞恥と快楽に悶えつつ、命じられたことを懸命にこなそうとする憐れな姿も嗜虐心をくすぐられたが、やはりこうして悦楽に溺れ一心に求めてくる媚態には、支配欲を、所有欲を、満たされる。
堪らなくそそられた。

「はッ、寝てた間も腹んなか動いてたが……ッたく、いまの方がキツいな、っ」
「あ"っ、はぁあぅッ、ごめ、なしゃ、ぁあぁぁッ……! なまえ、きもちよくてぇ、っ、かってに、うごいちゃ、ぁあアっ」

言葉通り、さかんに蜜襞はうねり、肉茎に媚びて吸いついていた。
肉とは思えないほど硬い感触が、どれだけ締めても容赦なく隘路を拡げ、ぐ、ぐっとへそ側のざらつた部位、神経の密集した入り口までをもえぐるように擦っているのだ。
あまりの喜悦に、なまえはほとんど無意識に、力の入らぬ両脚を張の腰へ巻きつかせていた。
太腿でぎゅっと腰を挟めば、外もナカも締めつけられた男が低く呻く。
なまえが背を反らせば、下りてきていた子宮口にぐぷっと雁首がハマるような錯覚すらした。

「は、ぁ"っ……なまえ……」
「ッ、だんなさまぁっ……!」

いつも人を食ったような軽妙な口ぶりで、洒脱な笑みを浮かべる張が、荒くなまえの名を呼び、快楽を堪えるように眉根を寄せている。
精悍な顔がそうして歪んでいると、えも言われぬ色香を帯び、女の腹奥がぎゅっと甘く収斂してしまう。
ほんのすこし乱れた黒髪が頬に当たってくすぐったい。
なまえは浅ましくどろどろにとろけた笑みで張を見上げた。

ぬぢゅ、ぐぷっと結合部からは淫らな水音と肉のぶつかる音が生々しく響く。
抽挿ちゅうそうが荒く、単調なものに変化した。
平生の余裕をかなぐり捨てた男が、なまえの腰を強くつかみ、指の痕を刻んでいた。
火傷しそうなほど熱い亀頭が、ぐぐっと最奥を埋めんばかりに笠を開く。
馴れ親しんだ射精の予感に、膣襞が歓喜した。

「あ、は……っ! ぁ"あんッ、あぅ、おなかのなかッ、あついぃっ……!」

独り善がりに揺さぶられ、なまえは大きく背を反らして身悶えた。
遠慮も配慮もなく、自分の意思も関係なく、ただ道具のように身体を使われていると、ひどく興奮した。
最奥を強く突かれるとかすかな痛みはあるものの、その疼痛すらいとおしく、主のために、主の快楽のために役立っているのだと思うと、頭の奥がぼうっと霞み、直接的な喜悦ばかりではない、窒息してしまいそうな幸福感に包まれた。
肉体的な快感を追うのは容易いが、張が自分で快楽を得てくれているのだと思うと、精神的にも深い法悦に襲われる。

もっときもちよくなってほしい、もっとわたしで――と、欲深い女が陶酔の笑みを浮かべた。
白い細腕を甘えるように男の首へ回し、抽挿ちゅうそうに合わせ甘やかすように腰をくねらせた。
細胞すべてが、腹奥を叩いてくれる精液の感触を欲していた。

「ッ、なまえっ、」
「あ、ぅあぁんっ! だんなさまぁっ」

真っ赤な口唇が「なまえのなかにだして」と舌っ足らずに鳴いた。
罪深いほど甘ったるくとろけた虹彩が男の瞳を射止め、急かすように潤み細められる。
張は、その熟れた視線ひとつでゾクゾクするほど煽られた。
眼差したったひとつで雄を煽るすべを持つ魔性は、酒と煙草、そして発情したメスの香りを全身に漂わせ、主を誘い甘くとろけている。
なまめかしい腰がゆらゆらと揺らめいていた。
張は焼き切れ爛れそうな意識で、荒く嘆息した。

――唐突に、わるいおんなだ、と思った。
理不尽な心証だと理解している。
告げればきっと、なまえ本人も否定するだろう。
しかし、不快感も、憤怒も、厭世感も、情欲も、主のなにもかもを、欲し、甘やかし、呑み込まんとする――心地好い泥濘へ沈むのにも似た情感を与える魔性、これを悪い女と呼んで差し支えなどあるものか。
張維新チャンウァイサンが仕込み、躾け、開花させた女は、大輪の被虐の花を咲かせ、いまを盛りとばかりに咲き誇っている。

「ッ……ぅ、なまえっ、」
「〜〜っ!」

唸るような呻き声と共に名前を呼ばれ、なまえはびくんっと仰け反った。
男のかすれた声に凄絶な色香が滲む。
まるでそれがトリガーだったかのように、彼女も絶頂へ達してしまう。
逃がさぬとばかりにきつく抱き締められ、その状態で熱い飛沫が内壁に叩きつけられた。
強制的に胎を満たすザーメンに、なまえは何度も小刻みに痙攣した。

「ぁ、は……、ぁー……」

なまえは絶頂から降りてくるのに少々時間がかかった。
だらしなくゆるんだ唇は、薄く開いたままだ。
ふわふわとした脱力感に覆われていたなまえは、そのまままた気を失わんばかりだった。
圧倒的な幸福感は爪先まで焦げついてしまいそうなほどだ。
腰や尻に食い込む張の手指さえ、甘やかな愛撫のようなものだった。

しかし残念ながら、快い微睡まどろみへ落ちるのは、今度は許されなかった。

「こーら、なまえ、寝るなよ」
「ぁ、え……」

張の大きな手が、ぐっとなまえの細顎をつかんだ。
絶頂の余韻のせいで焦点が合わない彼女は、痛みによりかすかに覚醒した。

「なあ、なまえ。一回で終わると思ったか?」
「ぇ、――……ぁ、や、やらぁ……、こわい、だんなさま……もう、」

恍惚に混濁した思考でも、この責め苦がまだまだ続くのだと理解したらしい。
いまのいままで忘我の境地で男の精を注がれていたというのに、なまえは泣きそうな顔で「いや」とあどけなく細首を振った。
空腹のときの食事は美味だ。
しかし食欲であれ性欲であれ、許容量を超えても尚逃げられぬ餌は苦痛となりる。
あんな気もふれんばかりの絶頂を更に与えられるなんて、それこそ気がふれてしまいそうだ。
なまえは怯え、なりふり構わず男の元から這い出ようとした。

無論、ひ弱な抵抗など小鳥がついばむようなもので、呆気なく大きな手で引き摺り戻されたが。
つかみそこねた男のシャツが、なまえの指の形に淫らなしわをつくった。

「ふ、……煽るなって言っただろ、最初に。なまえ、覚えてるか?」
「ひぁ……やら、ぁ、だんなさま、」

這うようなバリトンにそう囁かれ、なまえは痺れに似たなにか爪先からぞわぞわと駆け上がってくるのを感じた。

愛嬌すら感じられる、丸い双眸と垂れた太眉。
配慮など欠片もない、乱雑に彼女の顎や腰をつかむ傲岸なてのひら。
不自然なほどやわらかな低い声音。
遠慮なく首筋へ噛みついてくる歯。
追い詰めるかのような情け容赦ない淫らな攻め手と、対極にあるかのような柔和な口調で向けられる命令。
到底、同じ男から発されているものとは思えないちぐはぐな容態と現況に、なまえはますます涙を溢れさせた。
とうに体力は限界だった。

たすけて、と口にしたような気がしたが、果たしてそれは誰へ向けたものだったか。






ぐったりとベッドに横たわっていたなまえは、髪をすかれる感触でようやく目を覚ました。
分厚いカーテンに遮られて陽光は彼女の肌へ届きはしないものの、日はそこそこ高く昇る時刻らしいことが見て取れた。

ねやには嵐のような昨夜の交歓が色濃く残っていた。
いささか髪ももつれたまま、なまえは視線だけで主を見上げた。
全裸でぐったり伏したままの彼女とは対照的に、張は既に身支度を終えていた。
サングラスは外しているものの、平生通りの出で立ちである。
浅くベッドに腰掛け、なまえを見下ろしていた。

「あー……大丈夫か、なまえ」

多少なりとも負い目を感じているらしい。
ばつが悪そうに情けなく眉を垂らした男へ、なまえは「これが大丈夫に見えますか」と憎まれ口のひとつでも叩きたいところだった。
残念ながら、ひりひり痛む喉はそれを許してくれなかった。
口を開こうとしたところで、頬の内側が疼痛を訴える。
そういえば頬を張られ、切れてしまったのだったと思い出した。

あのあとも、部下たちの立ち入る居室の惨状――脱ぎ散らかした衣服や、こぼれた酒やら噴いてしまった潮やら様々な液体・・で汚れたテーブル周辺等々――をそのままにすることをどうしても嫌がった彼女は、「ンな心配ができるなんざ、まだまだ余裕だなあ」と軽薄極まりなく笑う張によって、酷くいたぶられた。
余裕など皆無だったというのに。
その後、風呂場へ移動し、またそこでも散々嬲られた。
なまえが惨めに許しを請えば、ますます楽しげに辱めを与えてくる男の笑みは、どう考えてもサディストのそれに違いあるまい。
以前、女を痛めつける趣味はないと主が言っていたようになまえは記憶しているが、絶対に嘘だ。
気を失えば強制的に目覚めさせられ、罰と称して許容量を超えた快楽を与えられ、また飛んでの繰り返し――どう考えても拷問の一種ではないのか。

まさしく満身創痍で、弛緩した身体はなまえ自身の言うことをちっとも聞いてくれなかった。
身じろぎすら困難ないまは視認できないが、吸い痕や噛み痕にはじまり、強く握られた指の痕、些細な傷のひとつやふたつ負っているのは間違いない。
容赦なく突かれた腹の奥はひどく重く、高熱を出したときのように全身の関節が鈍痛を訴えていた。
張を見上げようとすれば、首にぴりっと鋭い痛みがはしった。
だるい腕を叱咤して手をやれば、噛みつかれたうなじに固まった血がこびりついていた。

「……」

じとっとした半眼で見上げる。
散々な容態の彼女に、張は苦笑しながら流れる黒髪をやさしく撫でてやった。

「おかげで久しぶりによく眠れたよ。ここ最近の面倒事も、落とし前の算段が付いた」

囁く声音は軽やかで、主の言葉になまえはなんとかゆっくり微笑んだ。
ここ数日、積もり積もっていた仕事の鬱憤や嗔恚しんいを、吐き出す先が余所ではなく自分であるというのなら、なまえにとって僥倖というべきだった。
この身がすこしでも主を癒すことができたというのなら、至福というものだ。
不満などあるはずもなかった。
重く軋む全身では見送りもままならないため、もうすこし手加減してくれればと望みはするものの。

やおら腕時計にちらと目線を落とした張へ、なまえは名残惜しく目を細めた。

「……いってらっしゃいませ、だんなさま」

辛うじてそう口にした。
かすれた声はごくちいさなものだったが、張には届いたらしい。
ふっと笑う気配がした。
幼い子をあやすように額へ軽く口付けられる。

「はやめに戻ってくる。――その後で、せいぜいご機嫌取りをさせてくれ」

額から唇を離し、至近距離のまま、ベッドの外では許されないような甘さを孕んだ男の囁き声が降ってくる。
気がふれんばかりに快楽浸けにされた肌が張の声音にかすかにざわめいたものの、なまえはやっとのことで「楽しみにしています」と告げて微笑んだ。

サングラスをかけながら男が立ち上がった。
有象無象すべて呑み込まんとばかりに黒い裾が、夜のようにうつくしく翻る。
惚れ惚れしてしまうその威容は、いつもの張維新チャンウァイサンのものだ。
昨夜着為きなしていた怒気の代わりに、匂い立つような貫禄と洒脱さとを纏った「雅兄闊歩ウォーキン・デュード」に、女はやわらかく目を細めた。
最後にもう一度だけ彼女の黒髪を撫で、飼い主は閨房けいぼうを出て行った。

その広い背をうっとりと眺めて、直後、なまえは意識を手放した。


(2020.03.21)
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