「今年の七夕も雨になりそうだねえ」

梅雨の中休み、久しぶりの晴れ間。
この時期特有の湿気はあるものの、数日ぶりにその姿を見せてくれた太陽のおかげで、洗濯物は気持ち良く乾いている。
取り込んだそれらをドッピオくんと一緒にたたんでいた。
わたしの目線の先、テレビに映る週間天気予報の画面を見て、ドッピオくんが「そうみたいですね」と残念そうに眉を下げて笑う。
予報によると、今年の七夕の日は一日中雨らしい。
確か去年も雨が降ったような。
気のせいかな。
彦星や織姫のいる雲の上ではいつも晴れとはいえ、やっぱり年に一度のイベントなんだから晴れてほしいななんて思ってしまうのは仕方ないことだろう。

「だが日本では、旧暦の8月に祝う所もあるんだろう?」

パソコンのディスプレイから目を離して、ディアボロさんが頬杖をつく。
ピンク髪の見るからに外国人といった容姿のひとが、真面目な顔をしてそんなことを言う光景はなかなか面白い。
去年教えたことを覚えてくれていたことがなんだか嬉しくて、自然と笑みが浮かんだ。

「そうですよ、8月は晴れが多いし。……でも今月でも来月でも、どっちにせよわたし、特にお願いすることないなあ……」
「欲がないな」

ディアボロさんが肩をすくめる。
だって別に神頼みしなきゃいけないようなこともないし、いまのところ生活するのに不自由はしていないし……ああ、吉良さんやディエゴくんのために、金銭的な面でもう少し楽になれば嬉しいかな。
でもそれ七夕にする願い事じゃないよね。
「家計が楽になりますように」なんて短冊、雲の上の彦星や織姫たちも苦笑いするしかないだろう。
うう、世知辛い。

「ディアボロさんはあんまり死なないように、ですよね」
「どうせそれだろみたいな言い方はやめろ」
「違います?」
「ぐっ……」
「ボス! ボクも同じことを願います!」
「おお……ドッピオ、私のドッピオ……」
「ボス……!」
「時期的にそろそろ暑くないですか?」

ひしっと抱き合ってふたりの世界に入ってしまったディアボロさんたちを横に、さっさと洗濯物をたたむ。
やっぱりタオルがしっかり乾いてくれると助かるなあ。
この時期は除湿機が欲しくなってしまうけど、これ以上部屋が狭くなるのは困るし、梅雨が終わったら邪魔な置物になること必至なので我慢するしかない。
きっと冬になったら加湿器が欲しいって考えているんだろうな……、よし、終わり!
たたみ終わったものたちに、ぽんと手を置く。
あとはシャツとかにアイロンをかけなきゃ。
たたみ終わった山を崩される前に、タンスに入れておこう。
立ち上がって、押し入れのなかのタンスに収納していく。

「カーズさんは? なにか願い事ってありますか?」
「別段ない」

去年と同じお答えに、そうですかと苦笑する。
そもそもうちにいるひとたちはみんな、大抵のことは自分で叶えることが出来ちゃうものだから愚問ではあるのだけど。
不確かなものに縋る暇があるなら、自分の手で成し遂げてしまうだろうし。

暇そうにわたしを抱き上げてこようとしたカーズさんを、いまはまだだめですと宥めつつ手を動かす。
というか暇なら手伝ってくれても良いんじゃないですかね。

「プッチさんも去年と同じですか?」

たたんだものをタンスに入れて手伝ってくれるプッチさんに尋ねる。
ええと確か去年プッチさんが言っていたのは、

「そうだね、DIOの望みが叶うこと、あとは星に願うことじゃあないだろうがジョースターを根絶やしに出来たら言うことはないね」

そう言って穏やかに笑うプッチさんに、そうですかと引き攣った笑みを返すしかない。
さすが。
歪みない。
去年の願い事が叶わなくて良かった。
今年もプッチさんのものが叶いませんようにと、こっそり胸のなかだけで呟いておく。
神さまはやっぱり神父さまの願望を優先して叶えてくれるんだろうか……でも彦星も織姫も西洋のものじゃないし、なんて考えながら。

外出していて、いまうちにいない他の同居人たちも、去年と同じなんだろうなあ。
かくいうわたしもそうなんだけど。
だって、わたしの一番の願い事は、

「っわ、危ないですよ」
「星に願うより、我々に望んだ方が確実だと言っただろう」

背後にたったカーズさんから空いた右手を取られ、そのまま腰を抱かれて簡単に腕のなかへと収まる。
カーズさんの胸の下辺りまでしかない身長差のせいで、わたしの体はすっぽりと覆い隠されてしまう。
なにか言う前にぐっと引き寄せられて、洗濯物をたたんでいたさっきまでのようにまた床に座る。
後ろからカーズさんに抱き締められたまま。
ああ、もう、まだアイロンかけてないのに。
視界に入る長い深紫色の髪を引いて、まだ終わってないんですけど、と文句を言う。
それでも放してくれそうにないカーズさんに、もう、と溜め息をついて口を尖らせた。
そんなわたしを見て、向かいに座っていたディアボロさんがお菓子を差し出してきたので一口もらう。
あ、これ美味しい。

「ディアボロさん、これ美味しいですね」
「ん、ほら」
「あーん」

買い物に行ったときに、また買ってこようかな。
見上げれば、カーズさんも無言で口を開けたので一口差し出す。
もぐもぐと咀嚼しているのを見て、自然と頬がゆるんだ。
わたしはとても単純なので、たったそれだけのことで幸せになってしまうのだ。
この幸せが続きますようにと。
わたしの一番の願い事。
去年と同じ。
そしてきっと来年も同じ願望。
みんな叶えてくれるかなあ。

「わたしの一番の望みはこうしてみんなと一緒に居られますようにってことですけど、それはみんなが叶えてくれるし……んー、それ以外のお願いって特にないんですよね。……でも年に一度の七夕なんだから、折角だし乗っかりたいじゃないですか」

あっ、今年は短冊でもつくりますか? と笑いながら首を傾げれば、後ろから抱き締めるカーズさんの腕の力がちょっとだけ強くなった。
どうしたんだろう、まさかわたしの言葉が嬉しかったんだろうか。
もしそうなら可愛いなあなんて思いつつカーズさんの顔を見上げれば、わたしの目の端、こめかみ辺りに形の良い唇が小さく落とされた。
至近距離でニヤリと笑った顔はとてもきれいで、それでいて男らしくて、可愛いなんて言えないものだったけど。
カーズさんはご機嫌みたいだからまあいいか。

ちなみに、同じく上機嫌なディアボロさん、ドッピオくん、プッチさんを見て、その直後いつものようにやってきたファニーさんが気持ち悪がっていたのは余談である。
説明したらファニーさんも破顔して、嬉しそうにわたしの頬にキスをしてくれた。

吉良さんやディエゴくんが帰ってきて、日が沈んでDIOさんが棺桶から出てきたら、三人にもわたしの願い事を叶えてくださいってお願いしておこう。
きっと星よりも確かに、成就させてくれるだろうから。

願うのは星にではなく
(2015.07.04)
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