「うう、あっつい……しんじゃう……」

今晩は熱帯夜になるでしょう、と、とても可愛らしい笑みを振りまいていたニュースアナウンサーのお姉さんが言った通り、うだるような暑さは夜になってもちっとも収まらなかった。
熱気と湿気を大きく含んだ空気は、些細な身じろぎすら億劫に感じてしまう程にべたべたと重たい。
暑い。

わたしはキャミソールと太腿の殆どを晒す超ミニのホットパンツという、夏場の最終形態の服装だ。
ちなみに夏はまだまだはじまったばかりである。
いまの時期からこの格好だと、これからやってくる厳しい夏本番と残暑を無事に乗り切ることが出来るかどうか不安で仕方がない。
……いまからこれだなんて、駄目かもしれない……。
とはいえ暑いものは暑いんだから、やってられないというのが正直なところで。
現金な人間なものだから、こんな時ばかり普段は意識もしない地球温暖化やら異常気象やらを恨めしく思ってしまう。

いつもならキスマークとかを隠すため、最低でもTシャツと膝丈のショートパンツを着ているけれど……ちょっともう無理だ。
これは耐えられそうにない。
体のなかでぐるぐると回るような熱がうざったくて仕方がなくて、ごろんと何度目になるか分からない寝返りを打つ。
首に鬱陶しく張り付いた髪を、指先で払った。

不便なのは夜だけじゃない、この季節はどれほど暑くても外に出るときには薄手のストールが手放せない。
ファッションや日焼け防止のためなんてそんな真っ当な理由からではなく、ただ全ては首や胸元を隠すためという悲しい現実のせい。
そもそも悪いのは遠慮なくひとの身体に目立つ痕を残す同居人たちのせいだというのに、どうしてわたしがこんなに暑い思いをしなければならないんだろうか。
以前そう愚痴ってみたところ、隠さなければ良いだろうと元凶たちにばっさり切り捨てられてしまったのは記憶に新しい。
そういう訳にもいかないでしょ! と声をあげたものの、わたしの悲痛な叫びは簡単に流された。

……ああ、思い出したら無性に腹立たしくなってきた。
さっきから何度も寝返りを打つも寝付けず、腹立ちまぎれに近くにいた元凶その1を睨んだ。

「どうしたのだ、なまえ。そんなに熱い視線を送るとは」
「……カーズさんは涼しそうで良いなって思っただけですよ……」

うだるような暑さと滲む汗の気持ち悪さでぐったりして、否定したり言い返したりする気力すらない。
暑くて寝付けないんですと続けると、人間は不便だなと鼻で笑われた。
カーズさんの憎たらしいほどきれいな顔には汗ひとつ浮かんでいない。
見ていて暑苦しいと他のみんなに言われたため、頭の上の方で結われているた長い深紫色の髪は、安っぽい電灯に照らされてきらきらと輝いている。

そういえば原作で、ジョセフ・ジョースターによって火山の噴火口へと落とされた時も死なない程度には無事だったわけだし、この程度の気温や湿度なんてちっとも気にならないんだろうなあ。

――あっ、原作といえば!

「ね、ねえ、カーズさん、その環境に合わせて体を変化させることって出来るんですよね?」
「……ああ、可能だが」

厳密に言えば少々違うがそれがどうした、と、言葉を続ける究極生命体さんに泣きつく。
暑くて寝られないので、カーズさんの身体の温度を下げて冷たくしてくださいと。

当のカーズさんはといえばわたしの必死のお願いを面倒臭そうに一蹴して、冷たいものが欲しいのならばディアボロでも殺してその死体で良いだろうと、そんな恐ろしいことをのたまった。
いやいやそんな物騒な保冷剤は要らない! と顔を顰める。
更に恐ろしいことに、カーズさんが腰を上げてそれを実際に行動に移そうとするのをなんとか宥め、きゅっと手を握る。

「お願いします、カーズさん!」

目を合わせて必死にお願いすると(このお願いポーズに少々カーズさんが弱いことはわたしだけの秘密である)、少しの間逡巡して、諦めたのか溜め息をつきながらわたしのお布団に寝転がった。

「ほら来い、なまえ」
「やったー! ありがとうございます!」

お布団に飛び戻ると、しっかりと抱きとめてくれた。
ただでさえ狭いお布団はちょっとどころか大分窮屈になってしまったけれど、これだけ引っ付いていれば全く関係ない。
傍から見れば暑苦しいことこの上ないだろう。
しかしわたしはひんやりしているので知ったことではない。
涼しければ良かろうなのだー! とカーズさんの硬い胸筋に頬を寄せる。
ああ、ひんやり……。
熱を持っていたわたしの肌がゆっくりと冷たさを覚えていって、その心地良さに全身の力を抜いた。

「寒くはないか?」
「いーえ、むしろもっと冷たくても良いですよ?」
「あまり冷えすぎて風邪でも引いたら困るのはお前だろう」

呆れたように言いながら、わたしの顔にかかった髪を指先で耳にかけられた。
そのまま指通りを確かめるように、カーズさんの形良い手がわたしの髪をゆっくりと梳く。
大きな手の感触がうっとりしてしまう程に気持ち良い。
甘えるようにそれへ擦り寄ると、カーズさんの途方もなくきれいな顔が満足そうに笑みを浮かべた。
その笑みを至近距離で独り占め出来る特権に、わたしもくすくすと笑い声を小さく漏らした。
髪を梳いていた手は、わたしの頬をするりと撫でた。
そのとき微かに手が耳に触れ、くすぐったさにまた笑みをこぼすと、そっと優しく瞼に唇を寄せられる。
とろけるほど甘い感触、言葉にせずとも感じる愛しさに、くらくらと眩暈がする程の多幸感に襲われた。

「おやすみなさい、カーズさん」
「ああ、おやすみ、なまえ」

ひとりで寝るなんて、以前はそれが至極当然のことで、それ以外の選択肢すら思い浮かびもしなかったというのに。
いまでは誰かと一緒じゃないと、上手く眠れなくなってしまった。
この狭い部屋ではいつでも誰かしらの存在を感じることが出来るから、生活していくうちにそのことに慣れて当たり前になってしまったんだろうな。
それにわたしが眠るときは、大抵誰かが一緒にいてくれる。

なんて贅沢な、と思うけれど。
そうして甘やかしてしまうみんなが悪いんだと心の中で呟いて、抱き締められる腕の重みの心地良さにゆっくりと目を閉じた。
さっきまでの寝苦しさなんて思い出せないほど快適なその場所に、わたしはすぐに幸せな眠りに落ちた。




――すうすうと小さく聞こえる健やかな寝息を確認すると、カーズは少しだけ体温を上げた。
あまり体が冷えすぎてしまうと、先程言ったように軟弱な人間のなまえが体調を崩さないとも限らない。
そこまで考え至り、彼は己れの大した献身ぶりにおかしくなって低く笑みをこぼした。

少女は腕の中で、安心しきった寝顔を無防備に晒している。
触れ重なるなまえのやわらかな肌は、彼だけのためにつくられたものであるかのように、極上の触り心地を捧げていた。
離しがたい、離れがたい甘い毒のような依存性を覚え、浅く嘆息した。

自分は睡眠を必要としてはいないが、今日はこうして朝まで彼女を抱き締めておいてやろう。
目の前に晒された無垢な頬に、口付けを落とした。

真夏の夜の夢

瞼のキスは憧憬、頬へのキスは満足感ですね。
(2014.06.12)
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