「君のことはJOJOからよく聞いていて、ずっと会いたいと思っていたんだ、」

会えて光栄だよシニョリーナ、とウインクされ、ときめかない女の子が果たしているだろうか、いや以下略。
澄んだ瞳で真っ直ぐに見つめてくる正統派イケメンに、胸の高鳴りが止まらない。
し、仕方ない、原作を読んでいた頃から好きなキャラクターだったから……!
女の子好きする爽やかな笑顔を惜しげもなくわたしに向けるイケメン、もといシーザーのグリーンの瞳に胸がどきどきした。

思い返すこと数分前。
一人で外出中に歩いていると、突然わたしを呼び止める声があった。
どこからかふと春のにおいが漂ってくるような、そんな穏やかな日。
桜は少しだけ盛りを過ぎはじめていて、道路には無骨なコンクリートを隠すように花弁たちが敷き詰められている。
もし握ることが出来たら崩れこぼれてしまうんじゃないかと思うくらいに春の日差しは柔らかく、日向にいると汗ばむくらいに暖かな陽気がじんわりと体温を上昇させた。

そんななか唐突にわたしを呼び止めたのは、偶然通りかかったらしいジョセフだった。
これって運命だと思わねぇ? と、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべて言うジョセフに、はいはいとおざなりに返しつつ、わたしの目は彼の同行者にくぎ付けだった。
また新たなジョジョキャラに出会えたことに興奮しつつ、彼、シーザーが微笑んだ。

「JOJOのヤツがなかなか会わせてくれなかったのも仕方ないな、こんなに愛らしい女性を他の男に紹介するのは確かに惜しい」

……お、お世辞と分かっていても、これは恥ずかしい……!
歯が浮くようなという形容は彼のためにあるんじゃないかと思うくらいキザなセリフに、頬が勝手に熱を持つ。
というかジョセフはわたしのことをどんなふうに彼に言っていたんだろう、それも気になる。

返事をしなければと焦るものの、興奮と羞恥で思考がぐるぐるするばかり。
ああ、顔が熱い。
いつもはよく動く口を恨めしく思いながら黙っていると、ジョセフがにやにやと笑いながらわたしの顔を覗き込んできた。

「なによ、なまえってばシーザーみたいなのがタイプだったわけェ?」
「えっ、ちがっそんなんじゃ、」
「あれまァ残念、シーザーちゃんはタイプじゃあないんだって」
「ああもうっ、ジョセフ!」

悪戯っぽい笑顔で人の揚げ足を取るようなことを言うジョセフを睨みつける。
イケメンだからってなんでも許されると思うなよ……!
遥か頭上で愉快そうに笑っている彼をじとっと睨んでいると(高身長の二人を見上げすぎて、正直さっきから首が痛い)、ふいにその整った顔がぐいっと横へ押しのけられた。
突然のことに、瞬きをひとつ。
変な方向に首を曲げさせられたジョセフが、痛ェーッ! と叫び声を上げたけれど、そちらに気を取られる前にシーザーがずいとわたしへ歩み寄った。

「……し、シーザー、さん?」

作中で誰も彼のことを敬称をつけて呼ぶことがなかったからだろうか、そう呼ぶのにはなんとなく違和感があったけれど、一応初対面の人に向かって名前を呼び捨てにすることは少し憚られる。
恐る恐るそう呼びかけると、キラキラと太陽の光を反射して輝くブロンドの髪を揺らし、シーザーがにっこり笑った。
相手に好意を持たせるには充分すぎる威力を持つ笑顔。
きっとそれだけでたいていの女の子は落ちちゃうだろうってくらいに。

いまも偶然、通りかかったお姉さんが、ぽーっと頬を赤らめて目を奪われていた。
次いでわたしを見て、途端に眉を顰める。
なんであんな女が、という心の声が聞こえてきそうだ。
幸か不幸か、その一連のパターンは同居人たちと外へ出るとよく遭遇してしまうことなので、悲しいかな、慣れてしまっている。
とはいえ険しさを帯びた視線を容赦なく投げ付けられて、良い気持ちになるはずもなく。

冷静にそこまで考えると、ジョセフを遠慮なく押しのけてずいっとわたしの方へ近寄ったシーザーは、きらっきらの笑みのままわたしの手を取った。
ごく自然な動作に反応が遅れた。
さすがというかなんというか、手慣れた所作に目を見開く。
驚いて反射的に手を引こうとしたけれど、決して痛くない絶妙な力加減で握られたそれはなぜか外せない。
……うっかりときめいちゃうシチュエーションに言葉が出ない。

でも、とりあえず手は放してほしい。
パーソナルスペースのおかしいひとたちと一緒に住んでいるせいで、近い距離にも、触れたり触れられたりするのにも、慣れていると思っていたけれど、なんだろう、なぜだかひどく落ち着かない。
というか、一番の理由は道行く方々(主に女性)の目がとても痛いからだと思う。
ほら! すごく視線が刺さる! 放してくれると嬉しいんだけど……!

「シーザーさんだなんて、他人行儀に呼ぶのはやめてくれないか、君に呼んでもらうためにおれの名前はあるんだ」

イケメンに手を握られてそんなに熱っぽく囁かれたら、誰だって舞い上がってしまうだろう。
しかもそのイケメンは前々から好きなキャラクターときた。
ご多分にもれずわたしも頬が熱い。
イケメンずるい。
ひらひらと桜の花びらが落ちてきて、それがブロンドの髪にあまりにも映えるものだから、一瞬見惚れてしまった。
ちなみにシーザーに押しのけられたジョセフはといえば、彼の甘ったるいセリフに胸焼けすると言わんばかりに、ゲーッと顔を顰めているのが視界の端で見えた。

以前のわたしだったら、こうして舞い落ちてくる桜の花びらよりも簡単に、きっと恋に落ちてしまっていたに違いない。
淡い桜色の風が頬を撫でて、小さく息をつく。
彼に握られた右手の指先では、一昨日吉良さんに塗ってもらった春らしいレモンイエローのマニキュアが、太陽の光を反射してきらめいた。
以前のわたしと違うところ、残念ながらいまのわたしには、ほんのちょっぴり慣れというものが備わっていて。
主に帰宅すればいつもと変わらず居るだろう同居人たちのせいなんだけど。
模範的なヒロインになれるものならなってみたい、なんて考えていたのも懐かしい。
上手く口は動かないけれど、思考は思ったよりはっきりしているらしく、落ち着いてそこまで考えることが出来た。
……ジョセフの辟易すると言わんばかりの様子が目に入って、少し冷静になれただけかもしれないけれど。

「……お言葉に甘えて、シーザーって呼ばせてもらいます。あの、ええと、シーザーみたいな格好良いひとにそんなこと、言ってもらえるのは嬉しいけど、」

嘘をついてしまう罪悪感で目を逸らした。
足元には桜色の絨毯が敷かれている。
わたしの右手を握るシーザーの手に、自由な左手を添えてやんわりと外させた。

「……あの、ごめんなさい、こういうスキンシップには……その、あんまり、慣れてなくて」

遠慮がちにおずおずとそう言えば、整った顔が途端に申し訳なさそうに曇った。
触れ合うことに慣れていない訳じゃない。
でも、さすがに往来でこの状態は、主に女性陣の目の敵にされている感がさっきからひしひしと伝わってくるので御免こうむりたい。

彼のような真っ直ぐで誇り高いひとに嘘をついてしまった罪悪感で目を逸らしたけれど、彼らはわたしが恥ずかしがっているだけだと勘違いしてくれたらしい。
シーザーは、気に障ったならすまない、あまりに君が魅力的すぎて堪えきれなかったんだと、恥ずかしげもなく流れるように続け、優しい笑みで謝罪した。
断られて気を悪くするんじゃなくて、断ったこちらを嫌な気持ちにさせずあくまでも立てるような言葉に、感心すらしてしまう。
さすがのスマートさに、そっと嘆息して笑みを浮かべる。
すると、追いやられていたジョセフが「オレのこと忘れてもらっちゃ困るわお二人さ〜ん」と割り込んできた。

「ハァーイ、そこら辺でストップよんシーザーちゃん。これ以上歯がガッタガタ浮いちゃうようなセリフ聞かされてると、頭が痛くなってくンのよ」
「あァ? なんだとこの野郎」
「だいたい、なまえを見付けたのはオレで、声をかけたのもオレなの。お、わ、か、り? 横恋慕なんて良くないんじゃないかしらァ〜?」
「横恋慕ってなんだ、彼女はお前の恋人って訳でもないだろ、間違いなく」
「間違いなくってどういうことだ! この先どうなるか分からねぇだろ!」
「ないね、絶対にない」
「なにィー!?」
「っ、ふふ、もう、二人とも落ち着いて」

喧嘩腰だけど仲が良いんだなあと強く感じるやり取りに、自然と笑みがこぼれる。
堪えきれずくすくす笑っていると、二人がわたしを見て目を瞬かせた。
その頬はうっすらと色付いている。
日のまともに当たるここは、確かに少々汗がにじむくらいに暖かい。
わたしの笑い声で会話を途切れさせてしまったせいで、ほんの数瞬、静けさが降ってきた。
さっきまでの言い争いが嘘のように口をつぐんでしまった二人を見て、彼らのやり取りを笑うだなんて失礼だったかな、と慌てて緩んだ笑顔を引っ込める。

「……あの、ええと、」

どうしたの、と問おうとしたとこで、咳払いをしながらジョセフがわたしに笑いかけてきた。

「そういえばなまえ、これからオレらメシ食いに行くとこだったんだけどよ、なまえも一緒にどう?」
「そうだな、なまえさえ良ければだが……どうか君の時間をおれにくれないか? もっと君と一緒にいたい」

人懐っこい笑顔と、きらきら輝く笑顔を向けられてそう言われれば、断るなんてこと出来っこない。
さっきまでの沈黙が嘘のように、二人は格好良い笑みを浮かべて代わる代わるわたしを促す。
願ってもいない素敵なお誘いに、満面の笑みで頷いた。

「ふふ、嬉しいな、お邪魔じゃなかったら是非!」

そりゃあもう普通なら知り合いになることすら難しいんじゃないかってくらいにいい男二人にエスコートされて、嬉しくない訳がない。
春の陽気のように浮かれ、二人と笑いながら道を歩く。

そうだ、吉良さんに今度マニキュアを塗ってもらうときは、こんなきれいな桜色にしてもらおうかな。
貝殻の膜面のように曖昧で淡い色をした風が吹き抜けて、春の香りを穏やかに運んできた。
その風に乗って、雪よりも速く、優しく、桜の花びらが落ちてくる。
二人の姿越しに見えるそれがとてもきれいで、一瞬、目を奪われた。

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(シェイクスピア『お気に召すまま』(1600頃)より)

(2015.04.24)
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