(※「地獄の花」同設定)




「あ、……」

男の声はかすれ、途切れ途切れだったが、まぎれもなく情欲に支配されていた。
なまえは微笑みながらケイの詰め襟を外した。
女の指にはそぐわぬ硬い襟は、恨めしくなるほどあっけなくその下の皮膚を差し出す。
仰け反った白い咽喉は、その繊細さに反比例するかのようにくっきりとおうとつを露わにし、己が性をふるえながら主張していた。
浮いた喉が上下するさまは、思わず絞め上げてしまいたくなるほど淫靡である。

「っ、は……あのねェなまえ、俺はこんなことまで、頼んだ覚えはないん、だけ、どッ……!」
「ふふ、お気になさらないで。兄さまは自分が気持ちよくなることだけ、考えていてくださいね……」

女の声は溺死を誘う怪物のたぐいのものだった。
細い腕に抱き寄せられ、甘やかすように、甘やかされるように、たっぷりの頬ずりと共に囁かれる。
「兄さま、兄さま……」と甘怠い声が男の四肢を――正しくは三肢・・を捕らえた。
抵抗も虚しく、屹立した肉棒をぬかるんだ膣孔がずっぷりと咥え込む。
ケイは全身をふるわせて女の肉筒がもたらす悦楽に、ひとつ目をぎゅっとつむった。
あたたかい泥濘にも似た感触に、理性も思考もどろどろに溶けていく。
仰向けに寝そべったケイの上へ乗っかり、なまえは胎を満たす雄の杭にそれはそれは満足げに息を吐いた。

腰を上下させれば、ばちゅ、ぱん、と肉と肉のぶつかる音が高く鳴る。
結合部からは糸を引くほど愛液が溢れ、男の股座を汚していた。

「あっ、う、なまえ、なまえっ……!」
「あらあら……っ、ふふ、にいさま、よだれが」

だらしなく舌を垂らし、開きっぱなしのケイの口からはとめどなく唾液と嬌声が漏れていた。
れ、となまえは舌を伸ばした。
滴る唾液をなぞって嚥下する。

びくっびくっと頼りなく痙攣する右腕は、バランスが取りづらいためだろうか。
空を掻くように揺れる右腕を、それはそれはいとおしげに目を細めてなまえは眺めた。
催したのはいつものようにケイの包帯をなまえが巻き直す最中のことであり、役目を持たぬ布がびらびら傍らでのたくっている。

薄い肩から伸びた腕は突然ぶつりと切り落とされ、断面は醜く肉が盛り上がっている。
目にして楽しいものではあるまいに、彼女はあろうことか可憐な唇を寄せた。
欠損部位をぞろりと舌の腹でねぶられ、思わず腰が跳ね上がる。
懸命に女の胎を突き上げる無様な腰の動きに、肉竿を咥え込んだなまえは笑い声にも似た嬌声を高くほとばしらせた。

「あ、あ、は、ふふっ……ね、にいさま、ッ、きもちいい? 良いのですよ、きもちよくなって……。生理現象だもの、っ、仕方ないのです。あ、んっ……さあ、なまえのなかに、ひ、あぁっ、存分に……射精して」

なまえのなかはあたたかいでしょう? と笑いながら腰を振るさまは、決して愛らしくなどない。
舌なめずりをして吐精を促す女の顔は、下から見上げていると一切衆生なにもかもがどうでも良くなってくる。

「なまえ、だめ、だめ、やめて、僕、もう、――ぁ、ああっ!」

肺腑の空気をすべて絞り出して声をあげる。
腟内へ挿入させられ、搾り取ろうと浅ましく蠕動する隘路のせいで、最早相貌までもどろどろに溶けたケイは気付いていまい。
己れを指す語が、遠い昔のそれに返っていることすらも。

「ああ、いけません、兄さま、傷つけたいわけではないのです」

不規則にがちがちと鳴る歯が、薄い唇へ些細な裂傷を負わせていた。
咎めるように、並びの悪い歯へ、白い指を挿入されれば、もう。
呼吸が危うい。
溢れた己れの唾液で窒息してしまいそうだった。

女のやわい指を噛みちぎってしまうのは、きっと容易だった。
ぶつりと肉を噛みちぎる感触と、口内を満たすだろう血液の味が、さながら幻肢痛じみてケイの口腔や鼻腔を襲ったが、しかし彼の細顎に力が入ることはついぞなく、さもそれが勝利の証とばかりになまえは唇を吊り上げた。
正視を躊躇うほどに淫猥な笑みに、ケイは残った左腕でなまえの柔腰を力いっぱいに掴んだ。

「あ、ああっ、っ、ふふ、にいさま、にいさまぁ……」

喜びになまえが薄い背をしならせる。
耳にすれば脳髄ごと焼け爛れんばかりに淫蕩な声が、男の精を求めて上擦る。
とうとうなまえの胎の奥深くへ射精しながら、ケイは「もし仮に払い除ける両腕があったなら、自分はなまえを突き飛ばしてでも止めていただろうか」と考えていた。


(2021.10.22)
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