「あ、ぁう……ン、だんな、さまぁ……」
降り注ぐ甘ったるい声色は脳髄をとろかす毒のようだ。
仰向けに寝転がった張の上で白い裸体が踊る。
同じく一糸纏わぬ彼にまたがり、なまえが汗みずくの柔腰をくねらせた。
深更の寝室、広いベッドの中央ではなはだ淫らな舞踊が上演されていた。
彼女の動きに合わせ、ずちゅ、ぢゅぷっと粘っこい水音が鳴り、張は荒っぽく息を吐いた。
視線を上げようものなら、咥え込んだ肉茎を味わうように目を伏せ、熱っぽい吐息を忙しなく繰り返しているなまえのとろけたメスの顔を眺められる。
男の上で崩れ落ちることなく、挿入たままゆったりと柳腰をよじらせたり、まるで味わうようにくいくいと前後に波打たせたりと、女は騎乗位奉仕に余念がなかった。
なにしろ御手ずからたっぷり育てた愛鳥である。
淫蕩な腰遣いはこの上なく、ともすれば搾り取られそうだった。
と、おもむろに張は手を伸ばし、ぺたんと座り込んでいる膝を押して開かせた。
主人の手に抗うことなくなまえが両膝を立てれば、凶悪なまでに膨らんだペニスをずっぷり咥え込んだ、卑猥なM字開脚を披露することになった。
否応なしに接合が深くなる。
なまえはあられもなく仰け反って後ろ手を張の膝へ置くと、両の爪先を外に向けた大股開き、乳房を突き出すような格好で腰を揺すり立てはじめた。
「あッ、はぁっ、おなかの、前のほうっ……あたって、るぅ……! 〜〜っぁ、んっ、は、あぁっ……!」
「ッは、よっぽど具合が悦いんだろうな。咥え込んだところが糸引いてるぞ」
眼前へ供される絶景に、悠然と横たわった男は満足そうに口角を歪めた。
指摘に違わず、幾筋もの糸を引いた熱い蜜液をはじめ、腰を浮き沈みさせるたび浮く恥骨の筋も、はしたない上下運動に合わせてたぷたぷと揺れ弾む乳房も、献じられる肢体はすべてを露わにしていた――執拗な抽挿により白く泡立ってしまった分泌液でぬらぬらと濡れ光る肉幹から、彼女自身さえ目にしたこともないだろう、限界まで広げられて健気に剛直を受け入れている膣粘膜まで。
「ぁ、うぅ……そんなッ、あァっ、あぁンっ」
ふしだらな開脚ピストンと、ばちゅっばちゅっと肉のぶつかる淫音は下品極まりない。
しかし淫らな奉仕とは裏腹に、恥じらうなまえの瞳は尚以て愛らしさを損ねることはなかった。
柳腰をつかんで無理やり突き上げたい欲求をいたずらにもてあましながら、張は絶妙な粘膜の具合と腰遣いを楽しんでいた。
なにしろこちらがまったく動かずとも、上に乗った奥床しい女が、熟練の娼婦も及ぶまい貪婪な腰振りを披露しているものだから。
「ん、んぅ……ア、はあっ、ふ、ぅう……だんなさま、もッ、っ、きもち、いい、ッ、ですか……?」
腰を使って上下に抜き挿しする痴態を悠々閑々眺めていると、当のなまえがたどたどしく尋ねてきた。
奉仕する側だというのに、どうやら自分ばかり喜悦に呑まれているのではと不安になったらしい。
憂い顔を笑い飛ばしてやりたかった――本気で言ってるのか、と。
知らぬは当人ばかりというやつだろうか。
嬌羞を含んだ濡れ声ひとつ、雄を煽るには十二分なのだと教えてやろうかとも過った。
しかしながらあれこれ論うよりも更に有効的な返答を彼は知っていた。
殊更に呼吸を乱し、余裕を欠いて「っ、ああ、」と言すくなに頷いてやると、案の定、それがなによりの肯定だったらしい。
恥ずかしげに眉を垂らしてはいるものの、なまえは心底嬉しそうに微笑んだ。
羞恥よりも主人が快楽を得てくれる喜びの方が勝るのだ。
「ふ、あぁ……っだんなさまも、きもちよくなってくださると……あっ、あ、なまえ、っ、なまえね、うれし、ですっ……、あァあんっ、あッ、ぁんっ、ね、きもちよく、なってぇ……!」
嬌笑を浮かべる飼い鳥による、卑猥極まりない騎乗位律動。
汗で下品なほど濡れ光る裸体が悩ましく跳ねるのを賞翫していた張維新は、抽挿の合間、やおら機嫌良く傍らへ腕を伸ばした。
ナイトテーブルから拾い上げたのは、重さ三十グラムにも満たないブルーの箱だった。
手にした「ジプシー女」を認めた途端に、それまでの喜色から一転してなまえの顔がくしゃりと歪んだ。
憂色は快楽によるものではなく、悲しみで胸を痛めているのだと如実に示していた。
どうせ、自分よりも優先されたと煙草に嫉妬しているのだろう。
しかし傷心の小鳥より比類なく徒々しい男は、ジタンを拾い上げたのとは反対の手を彼女へ差し伸べた。
豊かな黒髪を握り引けば、おのずとなまえの顔が近付いた。
口付けを賜るのだと期待したのだろう。
猛々しい硬度を保ったままの肉竿がそれまでと異なるところを掻き回したか、「ぁふ、」と鼻にかかった甘ったるい吐息を漏らしつつ、なまえはゆるんだ頬を安易に寄せてきた。
「ぅ、……?」
しかし愛らしい唇に与えられたのは紙巻きだった。
なまえははじめ、口唇に差し込まれたものがなんなのか理解できなかったらしい。
ミスマッチな煙草を添わせたままあどけなく首を傾げた。
なんとなれば、張は二重箱から取り出した煙草を引き寄せた口唇へ挟み込ませたのだ。
短いフィルターを咥えてきょとんとまじろいでいるなまえを仰ぎ、男はやさしく微笑んだ。
「点けてくれよ、なまえ」
――いつも通りに、と。
女の口元を――咥えたジタンを指す主人を、もし仮になじることができたとして、果たしてなまえにどんな選択肢があったというのか。
「っ、う……」
両の手指では足りぬ年月、そばに侍ってきた小鳥である。
数え切れないほど繰り返してきた行為だ、それでなくとも張の命令をどうして拒否できるだろう。
しかし剽げた笑みは、つい反発してしまいたくなるほど憎らしかった。
なまえは、サングラスに邪魔されず拝することのできる主人の面様を見下ろし、なまえは眉根を寄せた。
厚い唇がそうして悪戯っぽい笑みを浮かべていると、いつだって小鳥の胸は痛いほど高鳴り、慕わしい思いが堪えきれないものだった。
どこか悪戯好きの悪童を思わせる笑みは多分に愛嬌を含んでいたが、とまれ指示は愛嬌という範疇に収まるはずがない。
なまえの黒目はきっと責めなじる光を宿していたが、とろけた瞳では迫力もなにもあったものではない。
恨めしそうに見下された張は、深まる己の笑みが大層ひと悪いものだと自覚していた。
なにせ、ただでさえ楚々としたなまえの顔が心憎そうに睨めつけてくるさまは、その実、男の嗜虐心を掻き立てる媚態にしかならないのだ。
使い慣れたライターを渡してやると、ふるえる繊手がぎゅっとそれを握った。
促すように口角を上げれば、なまえは泣くのを堪えるように、すんと洟をすすった。
不平を訴えるかのように、膣肉がいっぱいに埋め込まれたペニスをきゅんきゅんと締めつけてくる。
「く、ぅう……ッ、ふ、」
深々と貫かれたまま懸命に呼吸を繰り返すなまえは、とうとう腹を括ったか、はたまた諦念に至ったか、のろのろとライターを手繰った。
すこしでもし損じれば下で寝そべる主人へ害をなしかねないとあっては慎重にもなるだろう、伏し目で手元を注視した。
そのときやにわに、不埒な思いつきが男の脳裏を過ったのは、常になく真剣な彼女の相形のせいに違いない。
理も非もなく戯れに邪魔してしまいたくなるのに要する訳合いはない――悪辣な男なら尚更だ。
いきなりとちゅっと突き上げると、案の定、手元以外への注意が疎かになっていたらしく、「ッ、あァっ!」と切羽詰まった悲鳴が降ってきた。
非難する眦は悩ましげな被虐の色に染まっており、たどたどしく「あぶないからだめ」と諌めるしかめっ面は、見下ろされている状態と相まって新鮮だ。
睨んでくるなまえに「邪魔して悪かった」と降参を示すよう片手をひらひら振った。
口元を指し示してどうぞと続きを促せば、なまえはやはり泣きそうな表情で、唇を――煙草を噛み、ライターを自ら寄せた。
「ん、ぅ……」
女の乱れた黒髪、しどけなく火照った柔肌、咥えた煙草と手元を見つめる伏し目は、すべてがゆめ幻のように淫靡だった。
気怠げに伏せられた花瞼に張が数瞬見惚れたことなど露知らず、哀れな小鳥はゆっくりと慎重に火を点した。
口のなかにわずかに広がる独特の苦味に、ゆるんだ思考のまま素直に眉をひそめた。
肺に入れぬ程度になまえが浅く吸った――折も折、張は女の柔尻をつかみ、腹奥をうがつようにぐっと突き上げた。
「〜〜ッ!? くッ、うぅ"ッ……ふ、ゥっ、」
それは強襲と呼ぶにしくはない。
すくなくとも激しく咳き込んでいるなまえにとってはまぎれもなく不意打ちだった。
漏れる苦鳴は嬌声には程遠い。
なまえは不意を――膣奥を突かれ、火を点けるためだけの浅いひと呼吸のつもりが、ライターのみならず、健気にも咥えたものを落とさぬよう、咄嗟に深く吸い込んでしまったようだった。
突き立てられ、自重も相まって、熱く膨れた切っ先で体の最も奥深くをぐりぐりと擦られたとあっては、不意打ちを食らったなまえが混迷の極みに突き落とされるのも当然だった。
唾液が気道に入りでもしたか、誤嚥したように嘔吐いてさえいた。
「はっ、ァ"……」
張も思わず呻いた。
苦しげにげほげほと咳き込んでいるなまえは意識していないだろうが、一際強くぎゅううっと締めつけられては堪らない。
不随意に収斂する膣襞のうねりは極上で、危うく強制的に搾り取られるところだった。
顔をしかめて、息も絶え絶えに喘ぐなまえを見上げるも、彼女もそれどころではないらしい。
滲んでいた涙がとうとうぼろっと溢れ落ち、虹彩ごと溶けんばかりに落涙していた。
瞳は虚ろに宙へ向けられており、この錯乱っぷりではこちらがどんな表情をしていようとまともに視認していないだろう。
張は曖昧な意識を引き戻すように、なまえと名前を呼んでやった。
「……お前になら火傷のひとつやふたつ、負わされても惜しかなかったんだけどな」
こぼれた嘆息は、あるいは本心からのものだったかもしれない。
強襲の余韻に加えて、酸素欠乏でぼうっとしている彼女が果たしてきちんと聞き取れたか否か、確かめる気にはならなかったが。
不足した酸素のせいか、過ぎた喜悦のせいか、なまえは目の焦点どころか上体までぐらぐらとふらついていた。
忘我の境地を示すように、張を見下ろしながら紫煙燻らすなまえの顔は、どこか恍惚としたものを湛えていた。
いとけない唇と、男の煙草。
哀れなほど涙を溢れさせる双眸と、汗みずくの姦濫な肉体。
年端もゆかぬ幼な子めいた表情と、未だ雄の肉竿を咥え込んだままの秘部――紫煙を纏わせたなまえのなにもかもがアンバランスで、だからこそ妙な情感に満ちていた。
えも言われぬ佳景に、我知らず唇が吊り上がった。
見目のうつくしさは明々白々、俗耳に入り易いものだ。
しかし平素の貞淑そうな金糸雀の澄まし顔を、今生最も知り及んでいる飼い主だからこそ、殊更に目もあやな眺めだった。
「ッ、うぁ……だんなさまぁ……ふ、ぅ、」
葉巻とまがう香り高い白靄が立ち上り、ふるえる手が、どうぞとジタンを差し出した。
わずかに湿ったフィルターを口にすると、ようやくニコチンとタールにありつき、ふうっと深く煙を吐き出した。
張の堂に入った所作に、朦朧としつつもなまえは見惚れたらしい。
依然としてはらはらと涙を降らしつつ「あ……」と濫りがわしい声を漏らした。
腕を伸ばし、それはそれは優しい手付きで紅涙を拭ってやる。
良くできたと言わんばかりに頬を撫でられ、いじらしい小鳥は涙目のまま微笑んだ。
(2022.06.15)