1
固い蕾の年頃より愛寵された女が、主人の声ひとつで昂ぶるさまは、躾と呼ぶにしくはない。
それはまぎれもなく躾だった。
間近で指示を与える主の声を聞くや否や、なまえの背筋にぞくりと痺れのようなものがはしった。
受話器を耳に当てているために、通話中の会話は耳元で囁かれているかのようだ。
ただでさえ張維新の声音は、なまえの理性や思考を完膚なきまでに打ち砕いてしまう人並み外れた力を有していた。
通達する男の声が平生より色濃く情欲を滲ませているのを察知したのはなまえをおいて他にいまい、彼女は膝から崩れ落ちてしまわなかった自分を褒めたいほどだった。
指示は簡明だった。
いわく「準備しておけ、なまえ」。
このところ多忙だったにもかかわらず、気忙しさを窺わせない鷹揚な舌端はそのままに、あと二十分程度で一旦本社ビルへ戻る旨を淡々と告げていた。
なんの「準備」か嫌というほど知っているなまえは、かすかにふるえる声で「はい、旦那さま」と従順に答えた。
パブロフの犬じみて既に火照りはじめた肢体を認めるほどに、羞恥を捨て切れてはいなかった。
2
他者の目にわずらわされるおそれがない層楼の天辺にはカーテンがない。
一日で最も苛烈な昼下がりの陽光は、最上階のペントハウスの隅々まで明々と照らしていた。
シンプルな、それでいて粋を極めた閑雅な閨は、見る者が見れば感嘆の溜め息を禁じえなかっただろう。
しかしながらノックもせず紅閨を侵した男は瀟洒な調度には目もくれず、あえかな声に導かれるように真っ直ぐ寝台へ足を運んだ。
「あ……ん、ぁ……」
ベッドから途切れ途切れに聞こえてくるのは、か細い、しかしまぎれもなく発情した女の嬌声だった。
とうに仕上がった鳴き声に、張維新は目を細めた。
光彩陸離たる天日に仇するように一分の隙なく着込んだ黒いスーツは、白日青天、明るい室内でその濃さによっていや増しにコントランストを強くした。
黒々とした影像は、彼こそが唯一無上の主人と知らしめるかのようだ。
明るい寝室をのんびりと歩みながら、さすがの彼も口の端が吊り上がるのを自覚せざるをえなかった。
煙草が添う弧は薄い二日月だ。
鷹揚にジタンを燻らす男の目当ては、甘い濡れ声の犯人だった。
最上の調度品で構成された閨房のなかでも一等絶美なる小鳥が彼を待設けていた。
降り注ぐ陽光により白さを増した眩い寝台に満ちるのは、花の芳香を圧倒するメスの発情香だった。
ひとりで悶える肉体は、健康的な美ではなく、ゆめ幻のように淫靡な情感を漂わせていた。
はだけたバスローブから華奢な肩が覗き、同じく露わになった腿がぴくっとふるえる。
目をつぶり、自ら秘所へ手を伸ばして自慰に耽っていた女――なまえは、物音か、香りか、あるいは主人の存在に促されたか、ぱっと目を開いた。
「っ、だ、だんなさま……」
ベッド脇に佇立していた飼い主を視認した途端、なまえの紅味のさした頬が更に熱を上げた。
その顔にはありありと、いつの間にと書かれており、彼を思い描きながら自ら膣内へ抜き差ししていた指がびくりと引き攣った。
元より全き主の気配や行動を完璧に察知しようなどと、大それたことは考えていない。
しかしきつく目を閉じていたとはいえ、これほど接近されても気付かないなんて――そんなに自慰に夢中になっていたのだろうか。
などとなまえが考えているのが、張には手に取るようにわかった。
千度近くの火を点した紙巻きを指の先で上機嫌に弄いながら、頬どころか耳や首元まで赤く染めたなまえの総身を見下ろすと、ふっと深く紫煙を吐き出した。
「いい格好だな、なまえ。――電話でも言ったが、取れる時間が限られてる。その様子じゃ聞くのも野暮かもしれんが……いい子で待ってられたか?」
主人の言葉に、なまえは心底恥ずかしそうに目を側めた。
所有者たる張へ彼女が否やを唱えられようか。
羞恥に身をすくませたなまえは、それでも従順に「はい、だんなさま」と頭を垂れた。
最早腕を通すだけになっていたバスローブを脱ぎ、一糸纏わぬ姿になると、主人へ尻を向けてベッド際で四つん這いになった。
シーツに顔をうずめ、高く掲げた尻たぶを両の手でつかむ。
尻を上げて突き出した卑猥な姿勢のまま、細い指が躊躇いがちに「そこ」を割り開くと、くちゅりと粘性を帯びた水音が鳴った。
上気した太腿へ牝蜜が滴り落ちた。
「きちんと、じゅ、準備できたか……だんなさま、確かめて、ください……」
秘裂をくぱりと掻き分け、恥ずかしい場所がすべて男の前へ捧げられる。
ひくひくと脈動しているナカを示すように、なまえは自ら細い指を突っ込んで熱くぬかるむラビアを開いてみせた。
被虐のポージングは犯してくださいとでも言わんばかりの――否、それ以外のどんな意味を持ちえるだろうか。
発情を示す粘液が姫割れから垂れ、つっと糸を引いた。
ぐっしょり濡れそぼった薄紅色の膣襞も後孔もなにもかも丸見えの四つん這いが、午後の陽光のなかで場違いな卑猥さに輪をかけていた。
元々、すくなからず欲を催したがゆえに指示した「準備」だ。
眼下の光景に目眩を覚えたのは至極当然だった。
不自由な体勢のまま健気にふるえているなまえを見下ろして、張はもうひと呼吸だけ深く吸うと、まだ長さの残った煙草をベッドサイドの灰皿へ放った。
供されたそこへ指を含ませてやれば、蜜壺はきゅうっと男の指を食い締めた。
「ん、あっ……」
「ああ、よくこなれてるな。待たせすぎたか? この具合なら、お前の指じゃあ足りなかっただろ」
「は、はいっ……旦那さまのおかえり、ふあぁ、ぁ……なまえ、はやくって思って、ましたぁっ……!」
旦那さまのためにお待ちしていたのに、と懺悔する女は、しかし隠しきれない期待と快楽に丸い尻を振って悦びを示した。
獣じみたありさまに、飼い主たる男は「まあ、遅くなったこっちにも非はあるからな」といけしゃあしゃあ嘯いた。
「あ、ありがとう、ございますっ……! っ、ああぁ、旦那さまの指ぃっ……ぁ、きもち、いぃい……」
男の指を包む媚粘膜は熱くぬかるみ、ふわふわとやわらかい。
それでいてきゅっと異物を締めつける絶妙な加減ときたら、そこらの男ならば我を忘れて粗末なモノをぶち込み、一心不乱に腰を振っていたに違いない。
具合を知る者なんぞ今生ただひとりしかいないのは言うに及ばず、雄を悦ばせるためだけにある極上の仕上がりに、張は満足げに喉を鳴らした。
熱を上げたやわらかい女の感触を楽しむ。
理想的な丸みを描く尻を撫でてやると、指を咥え込んだ隘路が喜ぶように収斂した。
夭夭たる柔肌の感触から、シャワーを浴びたばかりらしいことが窺えた。
電話を切った直後、軽く湯浴みをしてベッドで飼い主を待って――多忙な主人からすぐに犯してもらえるように「準備」していたのだろう。
羞恥に上気した総身にはしっとりと汗が浮き、瑞々しさは、性欲どころかなぜだか食欲すら刺激されてしまいそうなほどだった。
くちゅくちゅと膣粘膜の締めつけを楽しみながら、首元を縛めるネクタイをもう片手でゆるめた。
「これならすぐに挿入られそうだな。なあ、なまえ?」
蜜孔から指を抜くと、なまえは濫りがましい吐息を漏らしながら「ふぁ、う……はい、だんなさま……」と頷いた。
ベッド上で腹這いの姿勢になると、立ったままだった男のトラウザーズへに手を伸ばした。
頭を垂れて、硬いベルトとは対極にあるたおやかな手が、魔法のようになめらかにそれを外した。
垂れかかってきた髪を耳へかけつつ、なまえはくつろげた男の下肢へ唇を寄せた。
「失礼します、……っん、んぅ……」
勃ち上がりつつある雄の肉杭は、清楚な――たとえば、丁度、眼下へ跪いているような女には、およそさらすことすら躊躇われるほどに猥雑かつ凶悪な様相だった。
しかし当のなまえは瞳を浅ましくとろけさせていた。
むわりと広がる雄のにおいに、堪え性のない口は早速ぽかりと開いて唾液まみれの柔舌を覗かせた。
甘い菓子を前にした少女のように眦を下げて、硬くなりつつある先端へ、甘えるようにちゅぷちゅぷと愛らしいキスを送る。
唾液を纏わせた口唇が雁首へ絡んだ。
馴染ませるように舌でぐるりと亀頭を舐り、湿らせてすべりを良くした肉棒が、火傷しそうなほど熱い口腔粘膜へ迎え入れられた。
「ン、ん"ぅ……ぅ、くっ……!」
――いつの間にか、随分としゃぶり好きに育ったな。
躊躇いなくどころか、喜んで即尺する愛玩物を見下ろして張は思わず息を詰めた。
下品な音を立ててむしゃぶりついているなまえは、はじめは雄杭の輪郭を辿るように、ねっとりと舌を絡めていた。
手指とはまた異なるやわらかさの舌がにゅぷにゅぷと肉竿に絡み、裏筋のくびれをやさしく甘噛みし、奉仕される男はぞわぞわと総毛立つ感覚に襲われた。
が、いまや鈴口を圧迫するのは細い喉だった。
苦しいだろうに、指示せずともなまえは自発的にぐぽぐぽと咽喉奥でペニスを扱いていた。
太い幹へ頬擦りせんばかりの即尺奉仕を披露する女のとろけ顔は、正視に堪えないほど淫らだった。
幸福と陶酔が混じり合った表情のなまえを見下ろし、張はかけたままだったサングラスをようやく外した。
俯仰どれひとつとっても憎らしいほど洒脱な男は、いつになく荒っぽい仕草でそれを放った。
上目で見上げていたなまえは、喉奥を圧迫されて生理的に潤んでいた瞳をますますとろかした。
面輪を隠すサングラスに邪魔されず、主人を拝することができて余程嬉しいらしい。
恍惚としてくぐもった吐息を漏らしながら、尚以て献身的に口淫に没頭した。
彼女のしたいようにさせていたなら、大方そのまま口内へ射精させられていたに違いない。
とはいえ折角準備させたのだ、使わない選択肢はないだろう。
「ほら、なまえ――」
あたかも彼女を慮るかのように、男は「口だけじゃあ足りんだろ」と嘯いた。
完全に勃起した陰茎を貪婪な唇から引き抜けば、とろぉっと粘度の高い唾液が糸を引き、女の瞳が期待に揺れた。
しかるに悪辣な甘言とはいえ、男のセリフは一から十まで的確だったのだ。
フェラチオの余韻で口の端から唾液を垂らしたまま、ベッドに跪いて飼い主を見上げるさまは、成る程「愛玩物」と称するに相応しい。
平素、清純な笑みを浮かべているなまえの途方もなく淫猥な顔は、見慣れぬ者が――張維新以外すべての人間が当てはまる――目撃しようものなら己の目を疑うに相違なかった。
しゃぶるものを取り上げられて物欲しげにゆるんだ口唇を論うことなく、ふっと満足げに笑った。
促してやると、躾けられた為様でなまえはまたころりとベッドにうつ伏せに這った。
最前のように腰を上げて犯してもらいやすいよう尻たぶをつかんだ。
「だ、だんなさま……、口だけじゃ足りないなまえに、っ、もっときもちいいの、ください……」
さすがの淫蕩さと褒めてやるべきか、口腔奉仕の間、放っておかれた隘路は水気を失うどころか、ますます蜜雫を溢れさせて主を急かしていた。
後背位の姿勢のまま先端を含ませると、互いに濡れた粘膜同士がぷちゅっと卑猥な水音を派手に響かせた。
切っ先が熱い蜜孔に包まれただけで快感が膨れ上がり、男の腰の奥が焦げつきそうなほど疼いた。
赤く隆起した怒張も爛れんばかりに猛っているにもかかわらず、熱い柔肉にふれただけで溶け崩れそうな熱に襲われ、我知らず「は……」と吐息が漏れた。
「なまえ……っ、おい、崩れるなよ」
「ぁ、あぁっ……ッ、ご、ごめ、なさ……っ、ふ、ぁあ……」
腹のなかを埋める肉竿の感触に、女が四つん這いの姿勢を崩しそうになっていた。
グロテスクなほど膨らんだ剛直はそれだけ受け入れるのに難儀するのだ。
が、主人に咎められると、なまえは落ちてしまいそうになる下肢を懸命に強張らせて、挿入しやすいよう尻を掲げていた。
ようやく太い雄幹が奥まで至り、彼女がふうっと満ち足りた溜め息をついたのも束の間のことだった。
「っ! あっ、やぁああぁっ、まっ、まって、ひぁあっ……だんなさまぁッ」
張ははじめから駆け引きなしの強烈なストロークをなまえの腹奥へ叩き込んだ。
いくら待ち望んでいたとはいえ、強襲じみた激感をお見舞いされては堪らない。
仮借ない衝撃に、なまえは大きく目を見開いて必死に背後を仰ごうとしてきた。
「今更待てができると思ってんなら、は、ッ、性根が悪いぜ、なまえ」
「ち、ちが、あぁッ、だって、く、ぅううっ、はげしいっ……! ア、ぁふ、お腹のおく、そんな、突いちゃ、あ、〜〜ッ、」
軽口へ反論しようとするなまえをばちゅばちゅと後ろから突いてやれば、強制的に発声器官が揺らされ、哀れにも鳴禽は甲高い鳴き声を堪えられなくなってしまった。
激しい律動のたび体のみならず言葉まで淫らに跳ね、きゃんきゃんと高くあがる善がり声は、獣の交尾じみた体勢と相まって、正しく浅ましく発情した雌犬そのものだ。
最奥までうがたれ、ぶつかるごとに丸い尻が卑猥にたぷたぷと波打った。
一糸纏わぬ姿のなまえとは対照的に、張は先程ネクタイをゆるめたばかり、サングラスを外したばかりだ。
風体はまるで無理やり犯されているようで、なまえはその差異にすら興奮がいや増した。
本来、彼女が好んでいるのは、素肌同士で隙間なくぴったりと密着しての交接だ。
しかし肌をかすめる主の服の感触にすら、いまのなまえはひどく昂ってしまっていた。
なにしろ肌をかすめる衣擦れは、あたかも「雅兄闊歩」とまで謳われる伊達男にそれだけ余裕がないと教えてくれるかのようだったからだ。
「あッ、は、あぁあっ、きもち、いぃっ……! 旦那さまっ、なまえ、きもい、いいれすぅっ……」
断じて部外者が足を踏み入れられない深窓で、なまえはあられもなく嬌声をほとばしらせた。
激しいピストンに合わせて揺れる肉体と嬌声で、言葉通り「気持ちいい」「嬉しい」といっぱいに体現していた。
抱く女には困らないにもかかわらず――あるいはこの大廈に用向きがあったのかもしれないが――、それでも張がわざわざ自分を選んでくれたのがなまえはこの上なく嬉しかった。
彼女にとって先程までの自慰はあくまで準備、単なる作業であり、快楽を得るためのものではなかった。
しかしいまは他ならぬ主が――平生、軽妙洒脱なさまを揺らがせもしない張維新が、昂ぶっているのを隠しもせず、荒々しく息を乱してなまえの肉体を貪っている。
身体のみならず思考すらをも圧倒的な喜びで満たされ、なまえは笑みを浮かべて男の好き勝手に揺さぶられていた。
ただしその笑顔は平生の清らかさには程遠い。
快楽に目蓋が重くなり、半眼となった笑みには恍惚と――被虐を噛み締めるような淫靡なものが滲んでいた。
「なまえ、寝転がって良いなんざ一言も言ってねえだろ」
「く、うぅ……はい、っ、ご、ごめんなさ、ッあぁっふ、ぅう……ッ」
柔腰をつかんでいた張は、懸命にシーツを握り締めている彼女を見下ろしてふむと一計を案じた。
どうやら過ぎた喜悦に体勢を保っていられないらしい。
ぐっと最奥を突くとすぐに腰が落ちてしまうのだ。
主人の言いつけに背くまいとなまえも必死になっているものの、最早自分の体ひとつ思い通りにならないようだった。
「あう……ぁんっ! ご、ごめ、なしゃ……だんなさまの、おっきいの……は、ぁう……おく、当たるとぉっ、きもち、よくて、たおれちゃ、ン、あァ……」
なまえばっかり気持ち良くなってごめんなさい、と泣き言を漏らしているが、だらしなく間延びした善がり声は快楽に溺れているのを隠せていなかった。
ベントオーバーの姿勢のまま、手慰みにばちんと尻を叩くと、「ひぁあっ!」と甘ったれた悲鳴が高くあがる。
軽く殴打してやるたびに、連動するようにきゅっと媚孔が締まった。
雄を知る特有の悩ましさを纏わせた白い双丘は、いつしか手の跡にほんのり赤く色付いていた。
どうしても崩れてしまう柳腰を見かね、張は華奢な両肩をぐいとつかんだ。
無論、寝そべらせての交合も悪くはない――どころか、それはそれでなまえがあられもなく乱れることを飼い主は熟知していた。
とはいえ強制的に背を反らさせた際の反応が良いのもまた事実だ。
「なまえ、ほら起きろ……膝で立てるか?」
「ふ、あぁあ、うぅ……はい、っ、でき、できますっ……」
情欲に駆られた男の声音は、一応問いの形こそ保っていたが、命令以外のなにものでもない。
薄い両肩を背後からつかみ、なまえの上体を否応なく起こさせた。
体格が大きく違うこともあり、膝立ちというには少々無様な体勢になってしまう。
くっと反った女の背筋が引き攣るようにふるえた。
「く、ぅうッ、あ、あぁァんっ、」
激しい抽挿のたび、体勢のせいで、ばつばつと肉と肉がぶつかる打音が派手に鳴る。
張に両肩をつかまれたまま、なまえは背どころか喉すらもくっと反らしていかにも苦しそうに身悶えた。
この体勢ではずり上がって逃げることも、身をよじることも不可能になってしまい、役に立たない腕がゆらゆら揺れていた。
つかまったりすがったりできるものを失い、なまえは突き上げられる衝撃をそのまま腹奥で受け留めるしかなくなった。
擦り上げられる柔襞もそうだが、熱い切っ先によって打ちつけられる子宮口は、胎の快感神経を直接えぐられるかのようだ。
なまえはくしゃりと顔を歪めた。
ちかちかと視界が明滅するのは、眩い白日のせいばかりではない。
このままでは体どころか頭までぐずぐずに煮え崩れてしまいそうだった。
主人のもので満たされる感覚が、泣きたくなるほど心地良い。
反対に、抜かれるときはいやだだめと駄々をこねたくなるほどつらい。
それが一往復ごとに繰り返される。
ピストンのたびに強制的に相次ぐ充足と喪失に、ともすれば意識も自我もなにもかも打ち捨ててしまいそうになる。
脳髄まで溶かされそうな錯覚に恐怖すら覚えるのは、なまえにとって当然のことだった。
「あッ、あ"あァっ……! うぅ、ッ……あ"、アっ、ひ、っ、――」
「なまえ? なまえ、――はー……おい、まだトぶにははやすぎるんじゃないか」
律動の合間、ほとんど意味を成さない喃語しか吐けずにいた唇が、危うい呼吸をこぼしはじめた。
飼い鳥の状態や機微に比類なく聡い男は、乱れた呼吸のままに溜め息を吐くと、挿入していたモノを一旦抜いてなまえを仰向けにさせた。
真正面から見下した女の顔はとうにどろどろにとろけていた。
淫らな瞳が飼い主に焦点を結んだのは、やや遅れてのことだった。
己を見下ろす張に気付くと、容赦のない蹂躙により忘我の境地に追いやられていたとみえ、なまえはふわふわと微笑んだ。
それでも途中で「おあずけ」されたのが不思議らしい。
膣内へ直接射精してもらうのが大好きな女は「どうしたの」とでも言いたげにあどけなく首を傾けた。
力が入っていない細足を開かせて再び挿入してやると、あたかもほんの一時とはいえ留守にしていたことを責めるように、ねだり上手の蜜壷がきゅうきゅうと締めつけてくる。
不満を訴えるような甘襞の極上の締めつけに男はまた低く呻いた。
休息と呼ぶには程遠いが、挿入したまま動かないでいると、咥え込んだ雄杭を甘やかすように、急かすように、狭隘な肉襞がうごめいている感触がよく伝わってくる。
さながら味わうかの如き動きに、張は女の下腹を見下ろした。
この薄い腹の向こう側に己のモノが収まっているのだと思うと、すこしく興味深く――さしたる理由もなく、なまえの臍の下辺りをてのひらで撫でた。
「ん、ぇ……だんなさま……?」
主が動きやすいように足を開いて両の膝裏を自ら抱えていたなまえは、ぐずる幼な子めいて眉をたわめた。
腹を撫でられる感触がくすぐったい。
なにをしているのだろうと男の行為をぼんやり受け入れていたなまえは、次の瞬間、目を見開いた。
「ひッ、あぁッ!? だ、だんなさまっ、なに――ッ、やだやだっ! あァあっ、あッ、ぁんっ、やめっ、おなか、押しちゃ、あぁぅッ、〜〜やらぁ"っ!」
悲鳴の音域がこれまでになく甲高いものになる。
目を白黒させているなまえは、一瞬、なにが起こったのか理解できなかったらしい。
びくんっと大仰に肢体が跳ね、張は愉悦により思わず口角を歪ませた。
なめらかな腹をてのひらでぐっと押すと、その向こうの、硬い剛棒の感触が伝わるようだった。
ここまで挿入っているのだという感触が興味深く――なにより、普段は物わかりの良い小鳥がいやいやと駄々をこねて暴れるさまは新鮮かつ、堪らなく嗜虐心をそそられるものだった。
悪辣な笑みを浮かべた男は、下腹を圧迫したまま律動を再開した。
「ひぁああっ、ア"、あッ、おなか、らめってぇっ、ゆってるのにっ……! あ"あぁあッ」
享楽的にうっすらと笑う男とは正反対に、なまえは半狂乱で頭を振り、必死に逃げ惑っていた。
ただでさえ脆弱な女の力、糅てて加えて、相手は己が生死を賭けた鉄火場を数知らず踏み越えてきた梟雄である。
敵うはずもないのは自明だ。
にもかかわらず意味のない抵抗をやめられない程度には、なまえは耐えがたい喜悦に呑み込まれているようだった。
「〜〜ッ、あぁあ"あぁ、だめだめだめ、まって、や、ぁああっ、でちゃ、出ちゃいますっ、」
「あー、そりゃ確かに駄目だな。俺まで汚れる。忙しいって言ったろ?」
「ふ、うぅぅっ……! らめ、あ、ア、おねが、だんなさま、そんなにしちゃ、やらぁっ……!」
臍の下辺りを内から外からぐりぐりと擦られ、圧迫され、なまえは裸体をがくがくと跳ねさせるしかない。
腹を押さえられていると、女の体内から覚えのある感覚が湧き上がってきた。
絶頂とはまた異なる、切羽詰まった官能――俗に潮吹きと呼ばれる衝動は、一度タガが外れると、ぷしゅ、ぷしゃぁっと断続的に飛沫を噴き出てしまうものだった。
水浸しの惨状は粗相をしたかのようで、事後、なまえが耐えがたい羞恥に襲われるのも一度や二度のことではかった。
――出してしまいたい、楽になってしまいたい。
欲求が全身で渦を巻き、なまえは圧迫されている下腹のみならず全身を引き攣らせた。
首を振って「だめ」と悶絶している彼女はほとんど恐慌状態だった。
なにしろいま醜態を披露してしまったなら、自分はともかく、主人の揶揄混じりのセリフに違わず、覆い被さっている彼まで汚してしまうのは避けられないのだから。
そんななまえの煩悶を知ってか知らでか、気随気儘に揺さぶる男は「っは、耐えろよ」と野卑に息を荒げて笑った。
「腹んなか、目一杯締めつけて催促してくるな……イッたか?」
「あ"ぁっ、ちがッ……あっ、ひっ、も、ずっとぉっ、イッて、イッてゆ……! やぁあ"ァっ――も、やら、いきたくな、いぃっ……」
「ッは、そうか、そりゃ良かった、な……っ、はぁっ」
絶頂に跳ね上げられたまま戻ってこられないのだと訴える女はとうに呂律も怪しい。
懸命に耐えるように噛み締めたちいさな歯は、かちかちと不規則に鳴っていた。
怪我を負わないように、張が口内へ指を差し入れてやるのは容易である。
なにせ主人の体へ傷を付けない愛らしい小鳥のことだ。
たとい己の唾液で溺れようとも従順に嘴を開いてみせるだろう。
しかし片手は彼女の腹を押すため塞がっている。
もう片方は、逃げたがる柳腰を捕まえるのに忙しい。
それに、過ぎた快楽により身も世もなくパニックに陥っているさまはひどく愛らしい。
平生、つんと澄ました顔の金糸雀だからこそなおのことだった。
セックスというより排泄行為と表した方が相応の交合とはいえ、肉体、射精欲のみならず、精神的な諸種の欲を満たし尽くすなまえに男は際限なく煽られた。
責め苦から解放してやるつもりは毛頭ないものの、代替案として、張は意識を繋ぎ留めるように「なまえ、」と繰り返し名を呼んでやった。
とまれ張維新の声ひとつにすら悦楽を得てしまう彼女は、取り繕うこともできない悲鳴じみた鳴声をあげるばかりだったが。
彼の下で、飼い鳥は汗みずくの姦濫な肢体をしなる柳めいて反らせた。
「もうだめ」と限界を訴える鳴き声とは裏腹に、その腰使いは吐精を促すメスのものだ。
わざわざ「出すぞ」と声をかけてやらずともつぶさに感じ取っているのだ。
脈動する剛杭が滾りをほとばしらせるのを。
硬い蕾の頃から日に月に開花せしめた愛鳥の身体は、攻撃的といっても差し支えないレベルで精のトリガーを引いてくる。
灼熱の肉茎に征服された媚粘膜がひっきりなしに痙攣し、引き摺り込まれるようだ。
子宮近くの媚粘膜が雁首にまでぬちりと吸着してこられては、どんな雄も堪えようがない。
張は、悶絶する柔腰をしっかり抱え、一滴もこぼさぬよう結合を深くした。
なまえからねだるように見上げられ、顔を歪めた男は胎の最奥を白濁液で叩いた。
「ぁ、ッ、〜〜っ!」
なまえはそれまでの甲高い嬌声とは反対に、声にならない悲鳴をあげた。
待ち望んでいた精液を膣内いっぱいにぶちまけられ、膣内射精の衝撃で意識が飛びかける。
彼女の思考とは関係なく、孕みたがりの子宮が、雄の精子を一滴残らず嚥下しようと浅ましい収斂を繰り返した。
絶頂から降りてこようにも、胎を満たし尽くす濃厚なザーメンの熱に更に快楽を得てしまう。
ぐったりとベッドに崩れ落ちた女を一望し、張ははあっと大きく息をついた。
だらしなくアクメ顔をキメた女を縁取るのは乱れきった黒髪で、交合の激しさを物語っているかのようだった。
陰茎を引き抜いた後も不随意にびくっびくっとふるえる容態から、未だ法悦の余韻に囚われているのだと如実に伝わってくる。
――目にも耳にも鼻にも毒だなと嘆息した。
咲き誇る白百合めいた濃密に香る裸体を前に、素肌同士で重なって濡れた肌を啄み、やさしく噛んでやりたいという欲求に、男が襲われるのは道理といえた。
しかしながらいくら後ろ髪を引かれようとも、左手首の腕時計は既に刻限を告げていた。
独り言じみて「時間だな」と呟くと、さして期待していなかったが、「はい……」とかすれた声が返ってきた。
如才なくというには程遠いものの、それでも倒れ伏していた女がのろのろと身を起こした。
なまえは卑猥にぬらぬらと濡れ光るペニスを咥えると、とろけた顔のまま舐めしゃぶり始めた。
白濁汁に自分の分泌物が混じった口味に顔をしかめるでもなく、緩慢な舌使いとはいえ清掃口淫に余念がない。
残滓を搾るようにぢゅっと先端を吸い上げられれば、名状しがたいこそばゆい感覚に、思わず男の下肢が痙攣した。
「はあ、っ……なまえ、」
「ん、ぅ……だんな、さまぁ……」
見下ろせば、たっぷり注がれた精液がなまえの下肢から糸を引いて垂れ落ちていた。
湯気でも立ち上りそうな熱いスペルマを膣から滴らせながら、なまえは射精したばかりの肉棒を舐め清めている。
猥雑極まりない光景と刺激に年甲斐もなくまた兆しかねず、張は、はッと荒く息をついた。
姦濫な唇から萎えたモノを引き抜いた。
「いい子だ」と頭を撫でてやると、男にとっては他愛ない後戯でも、狂おしいばかりの絶頂の余韻から抜け出せずにいるなまえにはオーガズムが引き延ばされるような心地らしい。
その証拠に、幸せそうに「あ……」と吐息を漏らし、膣蠕動に合わせてくぢゅっと白濁汁がいまもこぼれていた。
張は放っていたサングラスを拾い上げ、ゆるめただけのネクタイを軽く締め上げた。
きっちりと整えられた黒髪には毫も乱れは見当たらない。
彼はその足でバスルームで身支度を整え直すつもりだったが、息も絶え絶えなありさまのなまえとは対照的に、そのまま部下たちの前へ出ても差し支えない完璧な風貌である。
「また戻るときは連絡する。なまえ、いい子で留守番できるな?」
「はい、なまえ……いいこで、おるすばん、できます……」
たどたどしく主の言葉を反復するさまはいとけない幼な子のようだった。
やわやわとした声音のまま「いってらっしゃいませ、だんなさま」と微笑んだ飼い鳥に、張は返事代わりにまた頭を撫でてやるとさっさと寝室を後にした。
扉が閉じるや否や、なまえは弛緩したがる四肢に抗わず、中途半端に起こしていた身を寝台へ投げ出した。
身じろぎするだけで下腹に甘怠い鈍痛がはしり、未だに体どころか気もそぞろだった。
余程奥に射精されていたらしく、時間をかけてまたも膣内から粘液が溢れてくる感触に、なまえは「は、ぅ……」と声を漏らした。
後処理もせずこのまま寝てしまうのは良くないと理解していたが、指一本動かすことすら億劫で、それどころかとろとろと目蓋が下りてくる。
シャワーを浴びて着替えをし、乱れたベッドを整えなければならない。
目を刺す白日も、このまま寝転がっている怠惰を許してくれそうになかった。
張が滞在していたのは――体を重ねていたのは、時間にしてたかだか数十分程度のことだっただろう。
しかし理性とは裏腹に、依然として呼吸は荒く、全身は思うようにならなかった。
気が違ってしまいそうなセックスをつい今し方したばかりだというのに、甘い微睡み――というにはいささか狂乱の過ぎる名残りへ手招かれるままに、なまえは目を閉じて「旦那さま、はやくお帰りになるといいのに」と微笑んだ。
ベッドで飼い主の帰りを待つのは「いい子で留守番」の範疇に入るだろうから。
(2022.04.14)