(※大好評「病院が来い」シリーズ、まさかの再登場)
(※バカが書いたバカの感想)




「わたしたぶん、この映画のために生まれてきたんだと思う」
「さすがに親御さんに謝れ」
「だって、あんな……あんなもの見せられて……ウ、ウワァーーーッッッッ
「赤井捜査官を表現する語彙にだけは定評があったくせに死んでんじゃないわよ」
「うう……語り出したらはたぶん最低五日はかかるけど、宮子さん付き合ってくれる……? あっ、ちゃんとトイレ休憩とかは挟むよ!」
「なにその妥協しましたみたいな顔。腹立つ」
「だって……あんな……むりじゃん………………」

『緋色の弾丸』後の世界から、こんにちは。
暗転した舞台に力強く響き渡った「届け、遥か彼方へ」から、早二年。
泣いたり笑ったり叫んだり呻いたりしてなんとか耐えた二年。
こんなに世界は美しかったんだね。

「純黒や執行人のときみたいなコナンくんとの熱い共闘を期待していたら、己れの職責における行為だけ果たす、でもこの世に彼以外には絶対にできない高難易度どころじゃない狙撃をしっかり成功させる、"プロフェッショナル"ってものを見せ付けられちゃったよね……そうですよ、赤井秀一ってそういう男なんですよ。こちらの解像度の低さをまざまざと突き付けられましたね。彼に対する認識が非常に甘かった。反省している。総じて、みんなそれぞれ自分のフィールドで自分の最高のパフォーマンスを発揮するところ、WSGの目標に完全に則っていて震えちゃったな。これを2020年に公開するはずだったことを鑑みて、社会に対する作品としてのプライドを感じます。あと同じ脚本の方ということもあって、"対比"を強く感じない? 直接描かれたなかで印象的だったのは、執行人での降谷さんの仕事中の孤独な朝日、それに対して赤井捜査官の仕事終わりの家族を伴っての夕日とかかな。美しい緋色の夕焼けでしたね。あと、証人保護プログラムについては執行人でも扱っていて、あのときも犯人は真相を知らなかったせいで警察組織を恨んでしまったけど、今回、スターリング捜査官っていうひとつの答えを目の当たりにして、改めて思ったの。どんなにつらくても、わたしたちは選択を間違えないようにしたいって。毛利探偵もおっしゃっていたけど、利害関係がなくても赤の他人が束になってひとを追い詰めるんだよね。いまの時代。群衆心理におけるわたしたちへの、痛烈な"御座形な言葉も凶器となる、果敢無き人の尊厳"って歌詞、天才すぎない? 林檎先生に着いてきて本当に良かった。来葉峠で"狩るべき相手を見誤らないでいただきたい"って赤井捜査官もおっしゃっていたもん……すごいぃ……。個々人がそれぞれ信念を決して曲げずに、最終的に全員の行為によって事件を解決する展開、降谷さんの筋書き通りに配役を動かしていた執行人との対比も見事だったよね。あとは、世良さんっていう"仲間"とは違って、"協力者"と正反対に歩いて別れたラストとの違いもアツかったし、オタクはそういうのに弱いんですありがとうございます」
「うわ……突然しゃべったと思ったら、早口でなんか語り出した。気色悪い」

宮子さんがドン引きしている。
あっ、やばい。
もしかして口に出てた?
途中でストップ出来たから良かったけど。

精神的どころか、椅子を引いて物理的に距離を取った宮子さんへ「ゴメンナサイコワクナイヨ」と手招きした。
怯えさせてしまって申し訳ない。
折角WSG関連で死ぬほど忙しかったわたしのために、わざわざ時間を割いてくれたっていうのに。

さすがに自分の挙動がおかしくなっている自覚はある。
まあ、おかしくなっちゃうのも当然だよね!
あんなトップオブワールドの雄オーラ浴びちゃったら! ね!
それもこれもぜんぶ赤井捜査官が原因なので、仕方がない。
リニアの線路上、風が止んだあの一瞬、狙撃のタイミングで、呼吸を忘れていたのはわたしだけじゃないはず。
あの瞬間、本当に観客の皆さんいる? ってレベルで周りも静かだった。
耳が痛くなるほどの静寂ってああいうことをいうんだ。
魂で理解したもん。
わかる〜〜〜〜めちゃくちゃわかる。
みんなそうだよね。
たぶんあんなに心がひとつになることってそうそうない。

いまにも席を立ちそうな宮子さんへ「すみません、これでどうにか許してください……」と前売りチケットを恭しく贈呈する。
ムビチケって良い文化だ。
実質無料で映画を布教できるから。
ムビチケといえば、赤井秀一テディベア、ふわっふわで抱き締めながら泣いちゃった……。
かわいすぎて気が狂うかと思った……いのち……。
それにしても「テデ井」ってネーミングセンス天才すぎない?
誰が言い出したか知らないけどありがとう。

「あんたに押し付けられて、私も方々に配ってるからもう要らない」
「い、要らない!? なんで!? 大丈夫!?」
「大丈夫だから座れ、立つな、不審者。あんたそんなんで、映画館で静かにしていられたの?」
「上映中、呼吸も心臓も可能な限り止めてた気がする」
「きもちわる……」

個人的にAED購入して持参しなくて大丈夫かなって心配していたら、映画館みたいな公共の施設では常備しているらしいです。
福利厚生がしっかりしていますね。
使わずに済んで良かった。
いや、わたしにはたとえ三十回目の鑑賞だとしても、もしかしたら周囲のお客さんは初回かもしれないので、絶対に迷惑はかけないけど。もちろん。

ああ、はやく映画館に戻りたいな……。
そういえば最高音質を誇るドルビーシネマでマスタングのエンジン音を浴びると健康に良いんですよ知ってました?
重低音で内臓が振動するけど。
4DXは座りっぱなしで肉体が限界を迎えた頃に上映を挟むと、いい感じにめちゃくちゃ揺さぶられて疲労がリセットされるのでおすすめだ。
こりゃ健康寿命が延びちゃうの待ったなしだな!

「ほんと……すごかった……。なんかね……"赤井秀一"が……おっきな画面にいっぱいいた……」
「そっか………………」

なんかしゃべろうとして脳が溶けた。
なに言っているかわたしもわからない。
赤井捜査官が宇宙一最高ってことしかわからん。
それだけ理解していれば人生百点満点中五億点獲得だからまあいっか!

「――やはりここにいたか」
「ヒッ」
「あら、赤井捜査官。ご休憩ですか?」
「いや、なまえがここにいると降谷くんに聞いてね……こら、なまえ、逃げるんじゃない」
「赤井捜査官に"逃げるんじゃない"って言われて、逃げられる人間がこの世にいるはずが……! わたしは持病の悪化により少々席を外させていただきますが。あとちょっと優しい声音で繰り出される"こら"ってやばくない? 死人が出ちゃうから封印してほしい」

早口でそうまくし立てながら華麗にクラウチングスタートをキメようとしたら、愚鈍なわたしの二手三手どころか百手くらい先を読んでいらっしゃる赤井捜査官は、わたしが逃走しないようぎっちりと腕をつかんだ。
はわわ……赤井捜査官の大きな手がわたしに触れている……!
まってまってまってこんな公共の場で、そんなこと、だめでしょ許されませんよこんなこと……!
神がわたしなんぞにふれてしまったら時空が歪んでビッグバンとか生じそうなので、可及的速やかに解放してほしい。
宇宙の危機がここで起こっている。
世界平和をきっとみんな願っているんだぞ!!!!!

「あんたの言動よりはずっと一般的だと思う」
「もしかしてまた口に出してた? ごめんそろそろわたしも怖い。それより宮子さんたすけてこのままだと心臓が破裂する。赤井捜査官のせいで二階級特進しちゃう。ご褒美ですありがとうございます」
「すみません、赤井捜査官。この子、頭がおかしいんですけど、本当にお付き合いしていて大丈夫なんですか?」

心底不可解げな顔で、宮子さんが赤井捜査官とわたしとを交互に見比べながら尋ねた。
正直、宮子さんの言いたいことは理解できる。
わたしもどうして赤井捜査官とかいう神に関わることが出来るのかぶっちゃけよくわかってない。こわいね。
ていうかわたしもまだ現実が受け入れられていない。
まあ身体は既に受け入れちゃいましたけどね☆ ってハア〜〜〜も〜〜〜やだ〜〜〜〜!
わたしだってこんなくだらない親父ギャグみたいなこと考えたくないんだよ本当は〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!

つらい落ち着きたいたすけて気が狂いそう。
折角こんなに近くで赤井捜査官を浴びているのに全力で逃げたい。
身に過ぎた贅沢さに耐えられなくて肉体が爆裂四散しそう。
映画を経て尚一層、直視しているとだめになっていくのがわかる。
頭が。
もう既にだめだったって? 知ってる。
むり。来世でまたお会いできたらいいな。

変な汗が滝のように滲み出したかなり社会的に厳しい様相のわたしとは裏腹に、今日も今日とて最高の意味を新鮮に更新していく赤井捜査官は、涼しいお顔で、ふ、と笑った。
深い眼窩が目元に陰を落としていて、出会ったばかりの頃より幾分か穏やかなラインを描くようになった頬がゆるむ。

「ああ、少なくとも俺はそのつもりだが。彼女にはどうにも逃げられてばかりいてね……恥ずかしがり屋なんだろうか。なあ、なまえ?」

ヒンッッッ(死)

肩をすくめながら、赤井捜査官が同意を求めるように流し目を落としてきた。
まともに直視してしまったわたしは死んだ。
そりゃそうだ。
超絶どちゃくそウルトラ格好良すぎて格好良い以外の言葉をお願いだからわたしに教えてほしい崇めたてまつる団体を早急に創設すべきでしょこの国はなにをやってるんですかどうかしてるわ国宝に指定すべきでしょいや世界遺産ふざけるな宇宙一だわこの世に存在する基準なんかじゃ到底計ることなんて出来ないほどに尊いの権化もう尊いって言葉すらほら陳腐だけどなんて言い表せばいいのかわたしなんかじゃわからないから赤井秀一を賛美するのための新しい言語をつくるべきなのでは????

グッバイ現世。
いい人生でした。
安らかな笑顔を浮かべて永眠したわたしは、その後、無事に赤井捜査官に連行されることになった。
――「悪いが彼女を借りても?」「どうぞどうぞ。煮るなり焼くなりお好きにしてやってください」「宮子さん!!?????」云々。

無情にも、宮子さんはひらひらと手を振ってわたしたちを見送っていた。

「……なまえにもらったチケット余ってるし、私も『緋色の弾丸』観に行くか」


(2021.04.21)
- ナノ -