(※死後、精神的(?)NTR、凌辱、嘔吐、本誌情報を含む)




「性欲はね、間脳下垂体の判断によって左右されるんだ。中枢神経系のなかで下垂体なんてものは、恐ろしく小さなものなんだよ。そうだな、君の手の小指の先くらいのサイズさ。たかだか一グラム程度の部位が分泌するホルモンによって、人間が支配されたり欲望を感じたりするのは、フフ、面白いと思わないかい? ――まだ脳と呪力の関係についての研究は道半ばだけどね。とはいえ、ある程度の生理現象も、加茂家の赤血操術の応用でコントロール出来るんだ」

服膺ふくようした経文をなぞるように澱みなく、甘やかに、男は囁いた。
もしも音に香りがあるなら、沈香アグル阿芙蓉オピウムを連想させる声音だった。
文節のひとつひとつ、抑揚の端々、たなごころを指すほど了然と言行すべてに嘲弄を滴らせた男は、なまえの腰を掴んだまま、ぐっと最奥を突き上げた。

「は、ぁあっ……! っ、うっ」
「生殖はなにしろ確率論じみた面もあるものだから、試してみたいことがあってね。まあ、百五十年くらい前にも取り組みはしたんだが、判例の希少さもあって再現性に乏しいんだよ」
「っ……! くっ、」
「喜んだらどうだい。惚れた男の顔と体だろう? 君、夏油かれが死んでから誰とも寝てないようだし、久しぶりだろう」

にい、とさも愉快げに口角を吊り上げた「夏油傑」に、なまえは身も世もなく怯え、狂乱せんばかりに抵抗した――のも数時間前のことである。
はじめは、やめて、放せ、と拒絶を繰り返していた気丈な唇は、男の目に似た細い月が東の空に躓く頃には、かすれた声で、おねがい、たすけて、と惨めに許しを乞うばかり。

なまえはベッドにうつ伏せに組み敷かれ、獣の交尾のような後背位で胎内を犯され続けていた。
己れの身体すら支えていられなくなった両の腕はかくりと折れ、シーツに顔をうずめるしかない。
尻だけを上げた四つん這いという姿勢は屈辱的で、穴にしか興味がないとばかりに、ぐちゃぐちゃに乱れたなまえの着衣は、しかしシャツのボタン、スカートのホックさえ外されていなかった。
彼も袈裟を脱いだだけ、肌蹴た襦袢も足袋すらも、四肢を通したままである。
濡襞を擦り上げる肉棒の生々しい音と、大仰な衣擦れの音が耳に障り、ひどく不快だった。

雄を咥え込まされたなまえの膣孔は、既に二度も射精され、抽挿ちゅうそうをスムーズにしていた。
背後から男の大きな手で腰を掴まれてはいたが、もし仮にいま解放されたとしても、足腰も立たぬなまえでは到底逃げられまい。
――幾夜もふたり共寝したベッドで、得体の知れぬ男に抱かれるのは、名状しがたい嫌悪感と恐怖を生んだ。

「うう……ぐっ、ぅっ」

律動に合わせ、乱れた吐息がこぼれる。
なまえは唇を噛み、嗚咽を押し殺した。
輪郭を曖昧にしたまま揺れる視界で、眼前の赤い染みがぼやけた。
噛み締めていたために唇が切れ、シーツを汚していた。
四つん這いの姿勢で長時間犯され、摩擦により膝もひりひり痛む。

重なるように涙が落下し、赤い染みがじわりと滲んだ。
目敏く敷妙しきたえを汚す血液に気付いた男は、「破瓜気取りかな。まあ“私たち”の初夜のようなものだからね」と笑った。
柔和かつ慇懃な口調は、しかし彼女の知る夏油のものとは僅かに異なる。

深山幽谷の学び舎に集い、たった四人の同級生たちと過ごした青い春。
淡い恋心を交わし、手に手を取って世界から離反したあれから十年。
家族と呼ぶ存在も増え、彼の理念の元、昨年起こした百鬼夜行の日――あの日、夏油傑は死んだはずだった。
ふたりの同輩、彼らの大切な友人の手によって。
昨年十二月二十四日、京都にて作戦行動の一端を担っていたなまえは、死に目に会うことあたわず、遺体すら韜晦とうかいして久しい。
果ての見えぬ深い悲しみに暮れてはいたものの、大切な家族たちと共に、生きていかなければと懸命に心を奮い立たせていたなまえの前に現れたのは、彼と瓜二つ――否、寸分違わずそのもの・・・・の男だった。

らぬだにこの濁世、理非曲直を判ずることなど愚かとはいえ、――照覧あれ、死んだはずの男が蘇るなど!
ならば額の縫い目は、荊冠の聖痕か。
しかしながら与えるのは赦しでも救済でもなく、憎悪や嫌忌の情、恐怖や苦痛ばかりであるならば、悪鬼羅刹やら怨霊怪異の類やらと相違ない――文字通り。

「っ、あ……ぅっ」
「そういえば、君、一度も“傑”って呼んでくれないね。操立てのつもりかい? 遠慮せず、存分に呼ぶといい。夏油かれ以外に抱かれたことはないんだろう?」

誰が呼ぶか。
そう直截に罵ってやりたかったが、口を開いてしまえば無様な悲鳴がこぼれかねぬとあっては、なまえはただシーツに顔面を擦りつけるしかなかった。
突き上げられるたび、結合部から、射精された男の体液が、ぐちゅ、ちゅぷ、と粘性を帯びた水音と共に溢れる。
自らの体内から垂れる体液の感触のおぞましさに、なまえはぎりぎりと奥歯を噛み締めた。
直接、胎に精液を放たれるのは、初めてのことだった。
十代の頃からいつも夏油はきちんと避妊をしてくれていた。
彼の死後、こんなもの・・・・・の精を注がれるなど到底受容できるべくもない、顔を真っ青にして譫言のように、いやだ、射精さないで、と繰り返して暴れる彼女に、夏油と同じ顔をした男は――否、夏油の顔で、男は「安心しなよ、体液は夏油傑のものだからね」と卑しく囁いた。
涙や汗に汚れるなまえとは対照的に、典雅さすら感じられる微笑で。

「うッ、……くっ、あ、はあっ! あっ、ぁんっ、やぁっ、やめてぇっ」
「やれやれ、君は口を開けば、やめろ、いやだばっかりだね。ある程度は男を煽るけど、そればかりだといい加減、興醒めというものだよ」

背後から口腔へ指を突っ込まれ、塞ぐことの出来なくなった唇から、嬌声と唾液がだらしなく溢れた。
そうして後ろから突き上げられようものなら、強制的に発声器官が揺らされ、なまえ自身の意思を裏切って姦濫かんらんな悲鳴がほとばしる。
ぱちゅぱちゅと音を立てて蜜口の浅いところをほじくられながら、あだおろそかに「夏油かれもそうなんじゃない」とアドバイスじみたことを言われ、彼女は顔を歪めた。
そんなことなど知っている、お前でなければ、と反論すら出来なかった――ふいに、ごちゅ、と最奥をえぐられ、なまえはまた「いやぁっ」と嬌声をあげた。

持ちうる稀有な能力に驕ることなく近接戦闘にも長けた夏油の指は、その涼やかな容貌とは裏腹に、武骨に節くれ立ち、指の腹の皮膚は厚い。
至りて無遠慮に突っ込まれた指、思いきり噛み切ってやりたかったが、しかし肉体は他ならぬ愛した男のものとあっては、顎に入る力など浅ましい前戯のようなもの。
甘噛みめいて彼の指を啜り上げる悪果を招き、男はよみするように、あるいはなみするように微笑んだ。

「反応が悪くなってきたな。……そうだ、折角こうして久しぶりに逢瀬を果たしたんだから、昔話・・でもするかい? 入れ替え後の私の脳に肉体の記憶が流れ込んでくるのは珍しくはないんだが、夏油かれはどうやら余程君のことが心配らしいね。――君は、術師、非術師問わず、人間が行う最も普遍的な“縛り”を知っているかな」

問いかけはしたものの、なまえの答えなど端から求めてはいまい。
男は薄い弧を描いたまま、度し難い問わず語りを滔々とうとうと続けた。

「最も普遍的な“縛り”――それはね、君の左手の薬指さ。私がこの体を手に入れたときには夏油かれのものはなかったが。フフ、どこに行ったんだろうね。結婚指輪。さっきからこの肉体が扱いづらいのは、――はてさて、君との“縛り”に引っ張られたかな」

なまえの口腔へ突っ込まれていた男の指が、するりと下りた。
シーツを握る左手に触れられ、雷に打たれたかの如く、びくっと女の身が引き攣った。
高熱に浮かされたように茫洋と白んでいた意識、なまえの瞳に光が戻る――鮮烈なほど、明確な恐怖・・が。
久しく反応のかんばしくなかったなまえの怯えるさまが、余程お気に召したか。
男は訳知り顔で「昔話でもするかい、って尋ねただろう」と嘯いた。

「ええと、なんだったかな、“死がふたりを別つまで”、だっけ?」
「ひッ、」

弦月に割れた薄い唇。
宿世すくせ今世すべての罪業を煮詰めたかの如き、忌わしい嗤笑ししょう
なまえは血でぬめる口唇をわななかせながら、こうべめぐらして肩越しに凌辱者を見上げ、心の底から後悔した。
男は笑っていた。
場違いなほど、穏やかに。

――正式な届けを役所へ出せるはずもなく、縁定えんさだめの宣誓は、互いの存在だけがなによりのよすがだった。
結婚式はふたりきり。
陋習ろうしゅうの残る古い村から連れ出してきた、少女たちが寝静まった深夜。
集合住宅の小さなベランダで、月明かりの下、互いに言葉と指輪を交換しただけの、ささやかな。

――やめてやめてやめて。
叫喚は音になり損ねた。
ふたりの――いまではなまえだけの、一等大切な思い出を、野花かみばなを手折るより易しく踏みにじる男は、彼と同じ声で睦言を囁いた。
――「“死がふたりを別つまで、君を愛するよ、なまえ”」。
生理的な嫌悪感にぞっと肌が粟立ち、気色の悪い脂汗が総身に浮く。
眼前が真っ暗に塗り潰され、なまえは反射的に口元を押さえた。
嘔吐しかけた。

しかし懸命に吐き気を堪えるなまえに頓着することなく、男は律動をやめなかった。
揺さぶられる。
突かれる。
世界がぐらぐらと酩酊しているかの如き不快な浮遊感に襲われ、溺れた者が縋るようになまえはシーツを鷲掴んだ。

なまえの手を覆うように、上から男のてのひらが重なる。
男性らしくごつっと浮き出た中手骨が、目にさやか。
指と指を交互に絡め、男はなまえの左の薬指に光る指輪を撫でた。
慈しむように大きな手にすっぽりと包まれ、怖気おぞけが走る。
今生、誰よりも、あるいは自分の身よりも見慣れた彼の左手には、男の言う通り指輪はない。
――意図せず脳裏によぎった。
指輪を交換したあと、こうして手を握られて「こうやって見ると女の子のちいさな手だな」とくすぐったそうに笑った夏油の顔が。
なきだに十代の頃――自分たちの生活だけではなく、少女たちを養育せねばならないとあっては、みだりに貯金を崩すことも出来まい。
高価とはいえぬ結婚指輪は、しかし今生において最も尊く、美しく、月明かりを受けてぴかぴかと輝いていた。
覚えている。
あのときの彼の表情を。
あのとき交わした言葉を。
あのときの喜びを。
あの月夜、光り輝いていた指輪は、しかしいまは男の手に隠されてよく見えない。
面映ゆい心地で、照れ隠しに「わざわざこうして見ないと、女の子って分からないの」と憎まれ口を叩いていた、いとおしい思い出を否応なしに彷彿とさせられる。
お前が触れて良いものではないと叫ぶことが出来たなら。
――いっそいますぐ殺してくれと、なまえは骨の髄まで沁みるように願った。

「……あれ、“わたしも愛してる、傑”って答えてくれないんだ。あのときみたいに・・・・・・・・

悲しいね、忘れたのかい? と優しく微笑んだ「夏油傑」に、なまえはとうとう嘔吐した。
ふたりで眠ったベッドに、吐瀉物が散る。
えた臭気が寝室に立ち込め、吐精された臭いと混じる。
背骨が軋み、目がくらむ。

最早、絶望に顔色どころか表情もなくしたなまえは、ただ犯されるだけの肉といった有り様。
吊り上がった弦月が、興を削がれたとばかりに「善がってばかりの女も飽きるけど、それにしたってつまらないな」と吐き捨てた。

同窓のともがらのように、死をもってして夏油傑を終わらせることが出来たなら、これ以上の苦患は生じないだろうか。
しかしながら口内の指すら噛めぬなまえは、その強さを持ち合わせなかった。
弱いことは不幸だろうか。
強いことは幸福だろうか。
なまえは「夏油傑」に抱かれながら、十年以上会っていない同級生のことを考え、また込み上がってきた嘔吐感に抗うことが出来ず、暗い色の胃液を吐いた。
生温い吐瀉物により衣服が肌に張り付く心地の悪さは、筆舌に尽くしがたいものだった。
切れ、擦れた唇が、爛れたように痛む。
最早シーツどころかベッドは廃棄せねばなるまい、汚物に塗れきったこの寝台で眠ることなど出来ようか。

このベッドで数え切れぬほど迎えたふたりの朝の記憶が、どうしても思い出せなかった。
これ・・は「夏油傑」ではない、しかし、声も顔も眼差しも、髪も耳もピアスも喉も肩も腕も手も腹も腿も膝も足も爪先も、肌も香りも、呪力も術式も、なにもかもが、――違う、でも、だって、これは違う、違う、これは誰だ、――

「……っ、あ」

ばちんとスイッチを落とすように意識が没した。

なまじ元術師、呪詛師として、肉体的にも精神的にも研鑽していたがゆえに、彼女は容易く失神したり壊れたりすることはなかったが、とうとう限界が来てしまったらしい。
おやおや、と苦笑した男は、膣粘膜に挿入していた陰茎をようやく抜き、うつ伏せたなまえの身体を引っ繰り返した。
血や涙、吐瀉物で汚れた女のかんばせは、正視に堪えぬほど醜い。
とうに喉はれ、危うい呼吸を繰り返すばかり。
泥のように崩れ落ちた雌の肢体が、時折びくっと痙攣する。
太腿には、たっぷり注がれ白濁した男の精が、つ、と垂れて淫らな筋を描いていた。
様相は、暗香疎影あんこうそえいと称するには――あまりにも。
目は天井を仰いではいるものの、どこを見ているのやら。
うすらと開いた双眸は光を失い、焦点も合わず、上翳うわひめいて靄がかっていた。

さながら白痴。
醜穢しゅうわい極まりない容体の女を見下ろす。
男は馬鹿にしているのを隠そうともせぬ声音で、ふふ、とやわらかく笑った。

「良かったね。夏油傑の子を孕めるかもしれないよ」


(2021.02.10)
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